魔界に新しい王が立って、百年の時がたった。
 いかに王を定める理─── 百人の魔物が戦い、最後の一人が王になる ──── が強くとも、納得しない者は必ずいる。それゆえ新王の即位後、魔界では反乱が起きるのが常であり、それをいかに収めるかで王の力量がわかるといわれる。
 王に力がなければ、百年たとうと、五百年たとうと、反乱は収まらない。
 だが、今度の王は素晴らしかった。歴代の中でも最速と称えられるほど早く、魔界をまとめ上げて見せた。王が即位して百年で、王都は活気と花の溢れる都へと生まれ変わった。
 もちろんこれは、王だけの力ではなく、王を支える人々の力も大きかった。特に、魔王軍元帥である王の兄と、王宮を一手に掌握した宰相の力は大きく、民は彼らをこう褒め称えた。
 金色の太陽王、紫電の雷帝、そして夜明けの智神 ─── と。



夢見ごこち



 その紫電の雷帝であるゼオンは、朝から不可解な視線に晒されていた。
 普段、ゼオンに向けられるのは、畏怖か恐怖の眼差しだ。親しみやすい王の分まで親しみにくい、と冷静な分析をしたのはゼオンの愛する人であったが、ゼオン自身は向けられる視線がどうであれ気にならない。いや、気にならなかった、今日までは。
(だがこの、畏怖でも恐怖でもない、好奇心一杯の視線はなんだ ─── !)
 またガッシュが何かやらかしたのかと、内心でうめきながら、執務室のドアを開ける。するとそこには、ティオとキャンチョメが座っていた。ドアを開けたすぐそこに、なぜか正座している。
「ゼオン、話があるの」
「せめてソファに座れ」
「話を聞きなさい!あなたも座って!!」
 どうしてこの女は口から牙を出せるのだろうかと、百年前から思っている事をまた思いながら、ゼオンは仕方なく床に腰をおろした。
「私だってね、こんなことに口出ししたくないのよ!?恋愛は自由だと思うもの!!だけど、だけどね、いくらなんだって相手が悪いわよー!!」
「そうだよ、こんなことガッシュが知ったら、どうするんだよ〜」
「そうよ!ガッシュが知ったら、ただじゃすまないわよ!!今さら内乱を起こす気なの!?」
「いや…、ガッシュならたぶん、泣いて家出すると思うけど…、内乱とかじゃなくて」
「そりゃあね、惹かれる気持はわからなくはないわよ!!あなたみたいなタイプは、ああいうタイプに弱いんだって、みんないってたし!!でも、でも…!」
 俯いてしまったティオに、ゼオンは大きく溜め息をついた。
「オイ、一体なんの話 ─── 」
「ゼオンーーーーーー!!!!」
 背後のドアが、叩き破られる勢いで開いたのを、ゼオンはとっさに高速移動して避けた。危なかった。もう少しでドアと一緒に残骸になるところだった。
「どういうことなのだ!どういうことなのだお主イイイイイ!!」
 心身ともに大きく成長した王だが、こういうところだけは百年前からまったく変わっていない。目に涙を浮かべて、体中から放電している弟に、ゼオンは心底げんなりとした。
「お主、清麿と、うううううううう、浮気をしておるのかーーーー!!」
「するか。ガッシュ、なにをいっている」
「とぼけるでないイイイイイ!!!こっ、こちらには、れっきとした証人もいるのだぞ!!おおおおおぬしが、きよ、きよまろと、だだだだだ抱き合っていたというウウウウウ!!!」
「そうよ、キスしてるところを、女官が見てたんですからね!!」
「そ、そのまま、ゼオンの部屋に入っていったって、本当なのかい…?」
「キスうううううう!!!!????き、聞いておらぬぞ!部屋に、部屋に入ったなどと、聞いておらぬぞオオオ!!!」
 あまりに衝撃の事実に、ガッシュの眼が徐々に据わっていく。放電も静まり、代わりに、城一つ吹き飛ばせそうなほどの巨大な雷が、王の手のひらに浮かんだ。
「ゼオン、貴様、清麿と…、清麿と…っ!!」
「バカ、やめなさいよガッシュ!!そんなことしたって仕方ないでしょ!!」
「そうだよ!大切なのは清麿の気持ちじゃないか!」
 なにやら盛り上がっている三人を無視して、ゼオンは椅子に座った。羽根付きのペンをとって、書類にサインをしていく。
(やってられん)
 話の大筋はわかったが、濡れ衣をはらす為には、いくつか『したくない事』をする必要があった。こんなバカバカしい事の為にだ。まったく、冗談ではない。
(勘違いしたければ勝手にしていろ)
 どうせそのうち、清麿がやってくる。そう思ってペンを進めていると、ドアの残骸を踏み越える音がした。
「おーい、ゼオン、これなんだけどさ………なにやってんだ、ガッシュ」
「ききききよまろおおおおお!!!!なっ、なぜゼオンに会いにくるのだああああ!!!」
「仕事だからに決まってんだろ!」
「仕事!!?で、では、ゼオンと抱き合っていたというのも、仕事なのだな!!?し、しかし清麿、なぜそんな仕事をするのだ!!誰が命じたのだ!!ヌオオオオオオ、許さぬぞオオオオ!!」
「……ガッシュ」
「な、なんだ、清麿、ままままさか仕事ではなく、本気だとでも…!!?いいいいいやなのだあああ!!清麿!なんでもする!!悪いところは直すし、なんだって努力する!!だから清麿、私を捨てないでくれえええええ!!」
「こういうとき、あの本があればなーってつくづく思うよな。まあでも、なんでもするっていうならしてもらおうか」
 夜明けというより、漆黒なのではと思わせる智神はにっこりと微笑んで、やってもらいたいことリストを話しはじめた。
 次々と重なる無理難題に、聞いているティオとキャンチョメのほうが引きつっていく。だがガッシュは必死でメモを取っていた。
「──── ウヌ、わかったのだ!!必ずやり遂げて見せるのだ!!だから、もう二度と、ゼオンとだだだだだ抱き合ったりしないと約束するのだ!」
「もう二度と、ねえ…」
 清麿がちらりとこちらに視線を流すのを、ゼオンは綺麗さっぱりと無視した。
 仕事を早く終わらせたいから今日は一切関わらん、というゼオンの無言の主張に、清麿は小さく肩をすくめると、ガッシュの頭をポンポンと叩いた。
「残念だけどガッシュ、それはできない約束だな」
「きよまろオオオオオオオオ!!!!」
「一度目がないのに、もう二度ととはいわないだろ」
 パチパチ、と音が聞こえそうなくらい大きく、ガッシュが瞬いた。
「一度目が、ない…?し、しかし、清麿、城中の噂なのだ!雷帝と、智神が抱き合っていたと!!」
「あぁ、たぶん、そうなんだろうなあ…。まったく、ゼオン、デュフォーはとうとう変装までやり始めたのか?」
「髪を黒く染めただけだ。見間違えるほうがどうかしている」
「間違えもするだろ。オレと同じ背格好をしているのは、この城であいつだけなんだからさ。このうえ髪が黒かったら、十人中九人は間違えるぞ」
 それはゼオンの愛する人流にいうなら、頭が悪いのだ。そう思ったが、ゼオンは言い返さなかった。くだらない事を話すよりも、書類を進めたい。
「………デュフォーが…、帰ってきておるのか!?」
「ゼオンが抱きしめてたっていうなら、ほかにいないだろ」
「おお、そうか、そうだの!清麿のいうとおりだの!」
「なーんだ、デュフォーだったの。もう、びっくりさせないでよね」
「デュフォーの髪が黒かったら…、うん、誰でも間違えるよね…。デュフォーはあんまり顔知られてないし…」
 あんまりというよりはほとんどだ。王を決める戦いで深く関わったもの以外は、ほとんどデュフォーの顔を知らないだろう。
「久しぶりだのう!三ヶ月ぶりくらいかの?ゼオン、デュフォーはまだおぬしの部屋か?会いにいってもよいか?」
 ゼオンの眼に、雷が走った。
「駄目だ。まだ寝ているんだ。起こすような真似は絶対にするな」
「寝てるって、もうおやつの時間ではないか。そろそろ起こしたほうが ─── ひっ!なにをする!!」
 本物の雷が、ゼオンの指から走った。
「起こすな」
「ううう、わかったのだ…」
「まあまあ、ガッシュ。デュフォーにはあとで会いにいけよ。その前にしなきゃいけないことが山ほどあるだろ?」
 爽やかに清麿がいうのに、ガッシュはきょとんとした顔になった。
「なにかあったかのう?」
「駄目だなあ、ガッシュ。今さっきやるっていったじゃないか。今週分の書類を全部、今日中に片付けると」
「ひっ!?い、いやしかし、清麿、先ほどのあれは…」
「いったよな、ガッシュ?」
 鬼麿の降臨に、ガッシュはガタガタと震えながら頷いた。
「じゃあな、ゼオン、邪魔したな」
「ああ」
 王の首根っこを引きずりながら、清麿はドアの残骸に足をかけた。
 そして不意に振り向いた。
「ゼオン、……デュフォーに怪我は?」
「──── 聞く必要があるのか?」
 ペンを進める手をとめずに、ゼオンは尋ねた。
 清麿が、デュフォーの身を案じているのはわかっていた。普段はアンサートーカーの能力を封じているとはいえ、清麿は聡い。今の仕事にデュフォーをつかせる事に、最後まで反対していたのもこの宰相だった。
 デュフォーは諸刃の剣だ。その能力も、その心も。
 それでもゼオンは、彼を鞘に仕舞う気はない。
「いや、無事ならいいんだ。でもゼオン、これは宰相として言わせてもらうが…、俺は、デュフォーの能力は高く評価している。同時に、あの力が、城の中では活かせないこともわかっている。だが、王使と元帥のどちらかを選ぶとしたら、俺は元帥を選ぶよ。王使なら、まだ、代わりはきくんだ」
 清麿の目を、ゼオンは無言で受けとめた。
 清麿は知っている。デュフォーに何かあれば、壊れるのはゼオンのほうだ。
 だから、デュフォーという最高の王使を失ってもいいと、そういっている。傍において、守れと。
 だがゼオンは、ゆるく首を振った。
「デュフォーは自由だ。誰であろうと、アイツの自由を奪うことは許さん。オレ自身を含めてな」



 夕食を片手に自室のドアを開けると、銀と黒のまだらな髪をした青年が、椅子に座ってぼんやりとしていた。
「デュフォー、髪がおかしなことになっているぞ」
「意外に落ちなかった」
「お前、ものすごく適当に洗ったろう…。いいか、これを食べたらもう一度風呂に入るんだぞ。オレが洗ってやるから」
 デュフォーは小さく首を傾げ、ややあってからこくりと頷いた。その幼子のような仕草に、ゼオンは思わず顔を覆った。
(ぜったいに寝惚けてるな、これは!よかった、誰にも合わせなくてよかった…!)
 デュフォーはいつも、戻ってきてしばらくはこの調子だ。一週間くらいは平気で寝惚けている。城の外できちんと休んでいないのかと、心配になって調べたこともあるが、それなりに体を労わってはいるらしい。
 それでも、お前の傍に戻ってくると眠くて眠くてたまらなくなる、といったのはデュフォーで。
 ゼオンはもう、溜め息を一つついて、受け入れるしかなかった。
「ゼオン」
「なんだ」
「……ただいま、ゼオン」
 それは、デュフォーが昨日戻ってきてから、もう何度目かのただいまだった。
 ゼオンは夕食の皿をテーブルに置くと、彼の元へと歩みより、その顔を覗き込んだ。
「おかえり、デュフォー」
 愛していると同じくらい優しい響きで伝えれば、デュフォーは嬉しそうに笑った。





 デュフォーは寝惚けてます。