ゼオンはゆっくりと、周囲を見回した。
 目に映るのは、一面の焼け野原だった。緑は枯れ、大地には灰が積もり、乾いた風は息を奪っていく。焦土と化した魔界の中で、ゼオンは一人たたずんでいた。
(なぜ、こんなことになった)
 悲しみも怒りも突き抜けてしまっていた。命あるものはみな死に絶えたこの場所で、ゼオンはただ呆然と立ち尽くしていた。
 ここには王城があった。王都があった。活気ある城下の町には常に商人が行きかい、子供たちの笑い声が溢れていた。春には花が舞い、夏には虹が輝き、秋には木々が色づき、冬には真白の雪が都を包んだ。それらがすべて失われてしまったというのか。すべて滅んでしまったと?
(ああ、そうだ──── )
 麻痺したままの思考をあざ笑うように、戦いの記憶が流れ込んでくる。そうだ、都は燃えたのだ。百日を数えても戦は終わらなかった。一つの争いが千の戦いを生んだ。魔界中で戦火の炎が上がり、自分はそれを止められなかった。守るべき民も、兵も、みな死んだ。死なせてしまった。
 ゼオンはとうとう膝を突いた。乾ききった目からは、涙一つ流れなかった。
(──── 王は?)
 不意に脳裏をよぎった言葉に、ゼオンはハッと顔を上げた。そうだ、王は、ガッシュはどこにいる?死んでしまったのか?いいや、そんなはずがない。弟だけは、この身を楯にしてでも守ると誓ったのだ。自分が生きているのに、弟が死んでしまったはずがない。
 ゼオンは立ち上がり、もう一度、目を凝らして周囲を見回した。そして金の光を見つけて、歓喜の声を上げた。
(お前がいるなら、まだ終わりではない、ガッシュ!)
 王がいるなら、魔界も、自分も、まだ立ち直れるはずだ。……自分も?そこでふと首をかしげた。何かを忘れているような気がした。そういえば、自分はさっきから何を抱えているのだろう。こんなにもしっかりと、何を抱きかかえているのか。
 力を入れすぎて、固まってしまったような腕を、ゆっくりと解いていく。
(駄目だ。見るな。思い出すな! ──── ……なにをだ?)
 見てはいけない。思い出せば、今度こそ立てなくなる。警鐘のように心臓が鳴り響くのに、動きを止められなかった。ゆっくりと腕を解き、血に染まった布をめくる。
「…あっ、あああっ、ああああああ ────っ!!」
 立てなくなる。そうだ、その通りだ。なぜ自分は忘れていたのだろう。お前がそう望んだのか?
 デュフォー、オレはお前を守れなかった。




いつかの未来




 ゼオンは足早に、王宮の廊下を歩いていた。
 いつになく険しい顔の雷帝に、すれ違うものたちが一様に怯えた顔をするが、気にしている余裕はない。ひたすらに足を動かし、ある一室のドアを勢いよく開けた。
 簡素な官衣に着替えたデュフォーが、少しだけ驚いた顔をした。
「……どうした」
「…いや、出かけるところだったのか?」
「清麿に報告書を出しにいくところだ。いくつか打ち合わせることもある。……どうした」
「明日に延ばせないか。……夜も遅い」
 苦しい言い訳だと、ゼオンはひそかに自嘲した。太陽が落ちたとはいえ、就寝には早い時間だ。
 けれどデュフォーは、あっさりと頷いて、手にしていた書類を机に置いた。
「明日でいい。それで、どうした。継承の儀で何があった」
 ゼオンは答えずに、デュフォーを簡易ベッドに座らせた。その腰をしっかりと抱いて、太ももに顔をうずめる。だらしなく甘えた格好だとわかっていたが、恥ずかしさよりも恐怖が勝った。それに、今の自分の顔を、彼に見られたくはない。
「なにもない。……継承の儀は無事に終わった。今夜から、オレがベル一族の長だ」
「そうか」
「ただ…」
 いいかけて、口をつぐむ。すべてがまだ、あまりにも生々しかった。
(継承の儀など、しょせん形だけだと思っていたのだがな…)
 根回しはとうに済み、一族間でのお披露目も王への申し立ても、昨日で終わっている。もともと、ゼオンが一族の長となることは、ガッシュが王となった時点で決まっていたようなものだ。王は族長を兼任できず、ゼオンの力は、一族のほかの子供たちとはレベルが違っている。今日まで待ったのは、相応の年齢と経験を得てからにするべきだと、先代が判断したからだ。
(ハッ、なるほど、正しい判断だったわけか)
 継承の儀とは、魔界のすべての一族において行われる、長となる際の最後の儀式だ。長と、新しく長となるものの二人だけで行われ、その内容は当人たちしか知らない。
 てっきり、訓辞でも受けるのかと思っていたが。
 ゼオンは深く息を吐いた。受け継いだものは、訓辞といえば訓辞だった。万の言葉にも勝る、重い記憶。
 ──── あれは、かつての大戦の記憶だ。




 かつて、魔界は一度滅びたのだという。
 大昔の話だ。詳しい資料も残っていない。ただ、伝承によれば、かつて魔界には万を越す種族が存在し、万を越す争いが起こったのだという。
 それぞれの種族が、それぞれ己の国を持とうとしたのだとも言われるし、あるいは、種族間の差別がすべての元凶だったとも言われている。明確な原因はわからない。あえて推測するなら、原因だといわれること全てが、実際にあったのだろう。
 そして、魔界中を巻き込んだ戦いが起こった。
 大戦は、魔界中の命を食い尽くして終わった。わずかに生き残ったものたちが正気に返る頃には、緑は枯れ、大地は死に、瓦礫は死骸とともに煙を上げていた。見渡す限りの焦土であった。
 かつて万を越した種族は、そのときには、たったの百しか残っていなかったという。
 生き残ったものたちに、もはや戦いの意志はなかった。けれど、王は決めなくてはならなかった。絶対の王を。そうでなければ、また種族間の争いが起こることは目に見えていた。
 話し合いの結果、彼らは、次世代の子供たちに全てを託すことにした。生き残った百の種族から、百人の子供を選び、違う次元の世界へと送り込んだ。大人たちの意志も力も及ばぬ場所で、これからこの魔界で生きていくもの達だけで、王を選ぶがいいと。
 ──── そして、新たな王が誕生した。
 新王は、まず初めに、一つのことを定めた。このような悲劇を二度と起こさないために、記憶を操る術を持つ種族はその術を使い、持たない種族は高い魔力を持つ石を使って、この大戦の記憶を、次世代へと渡していくことを命じたのだ。
 全ての種族はその命令に従った。そして、今日まで続いているその儀式の名を、継承の儀という。




 デュフォーの、取りたてて高くはない体温が愛しい。半ば縋るような思いで、ゼオンは腰を抱く腕に力を込めた。
「……今回という今回は、つくづく、うちの一族の性悪さを思い知らされた」
「……そうか?ベル一族は、まともなほうだろう。権力への執着があまりない。お前や、陛下に口出しすることもない」
「そういう面ではな。政治においては、わきまえていると思うが……いや、違うな。あれは単に、身内が可愛いだけだ」
 今の自分がそうであるように、先代の族長もさぞ、王であった自分の兄が大事なのだろう。だからこそ、徹底して一族を抑えている。先王とガッシュに対して、不利な真似は一切させない。
 叔父である先代の笑みを思い出して、ゼオンは眉をしかめた。何が腹立たしいって、理解できるところだ。
 先代も、自分も、ベル一族の申し子のような気性をしている。冷ややかでありながら苛烈、目的のためには手段を選ばず、他者を踏みつけにすることにためらいがない。
 ガッシュのほうが異例なのだ。あんなにも優しい心の持ち主が、よくベル一族に生まれたものだと思う。
(継承の儀が、あんなふざけた代物になっているくらいだ。大昔からうちの一族はろくなものじゃない)
 記憶を、伝えればいいはずだ。ほかの一族はそのはずだ。記憶を操る術を持たない種族なら、おそらくは、魔石に残された映像を見るだけで終わりだろう。
 記憶の継承術に幻覚術を混ぜて、自分が大戦の当事者であると暗示をかけた上で記憶を見せるような、ふざけた真似をするのは、魔界広しといえどもうちの一族くらいだ。思い出すだけで、怒りを通り越して殺意すら沸いてくる。
(よくもこのオレに、あんなものを…!!)
 あんな光景を見せるなんて。憎しみで体が震える。よくもあんなものを見せた。
 焦土と化した魔界を見せられたことは、まだいい。一歩間違えればこうなるのだという警告だ。王族として、受け止めるべき責務だろう。あの瞬間の絶望はまだしっかりと心に残っているが、それは耐えてみせよう。
 だが、あれだけは許せない。あの幻覚は、この世で一番見たくないものを自分に見せた。
「……ゼオン、どうした」
「…大丈夫だ、なんでもない」
「手が、震えている」
「……大丈夫だ」
 かたくなに言い張ると、困ったような気配が伝わってきた。デュフォーは全てに答えを出すが、感情には疎い。育った環境のせいだ。
「……ゼオン、顔を上げろ」
 優しい命令に、のろのろと体を起こす。デュフォーは、酷い顔をしているだろう自分を見ても、特に表情を変えなかった。そしてそのまま、唇に唇を重ねた。
「デュフォーっ!?」
「気がまぎれたか?」
「まぎれたかって、お前…」
 真剣な顔で聞くことだろうか、それは。だがゼオンは、数回の瞬きの間に思い直した。
 今は夜だ。就寝には早いが、夕食は済ませた。残っている仕事は、明日でも間に合う。そしてここには、(仮眠用の簡易ではあるが)ベッドがある。
「…まだ、十分ではないな」
「そうか」
「だが、続きをすれば、忘れられるかもしれんぞ?」
 そう囁いて押し倒せば、デュフォーはかすかに笑った。
「……なら、忘れるまで、付き合おうか」
「お前な…、あまりオレを甘やかすな。阿呆になったらどうする」
 それは困るなと笑う唇をふさいで、ゼオンは明かりを落とした。
 突き動かされるように、彼の肌に口付けて、熱を落とす。細身の体に、貪るように触れていく。薄闇の中で得られる温もりだけが、唯一、痛みを和らげてくれた。
 たとえこれが、死ぬまで忘れられないだろう痛みでも。



















 自分自身の絶叫を合図のように、その暗示は解けた。
 急激に引き戻された世界の中で、ゼオンは耐え切れずに膝を突いた。全身から汗が噴き出し、あえぐようにして息を吸った。
「戻ったか」
 冷静なその声に、かっと目を開いた。ぐちゃぐちゃになっていた心が一つになる。気づけばゼオンは、先代に向かって雷撃を繰り出していた。
「元気なことだ」
 たやすく防いだ男を見つめて、ゼオンは低く笑った。笑うしかないというのは、こういう気分なのだろう。
「…うちの、一族の、性格の悪さを、思い知りましたよ…っ」
「息絶え絶えにいう台詞か、それは?しかしまあ、たいしたものだ。わたしの知る限り、先代も先々代も、三日三晩寝込んでいるからな。継承の直後に、殺意むき出しで雷撃を使ったような男は、お前くらいだろうよ、ゼオン」
「ありがたくもない…っ。よくも、あんなものを、見せた…!」
 抑えきれない憎悪に、指先から火花が散る。できることなら、目の前の男を焼き尽くしてやりたい。
「この世で、一番見たくないものを見ただろう?あれはそういう術だからな。…やめておけ、あの術を作ったのはわたしじゃあない。わたしを殺したところで消えんよ」
「わかってますよ…っ。だが…!」
 許せない。よりにもよって、彼の、死に顔を自分に見せるなんて。
 あの生気のない顔。死に温もりを奪われた、青白い頬。閉じた目。開かない唇。体はどこで失われたのか。
 デュフォーの首を抱いて、絶叫した。あの痛みを思い出すだけで、気が狂いそうになる。
「その思いを忘れるな。うちの一族はどうにも、一点集中型ばかりだからな。大事な相手以外は、たやすく切り捨てる。……だが、行き過ぎれば、守りたい相手まで失うことになる。それを忘れるな。今見たものを現実にしたくなければ、せいぜい頑張れ。まあ、そういう教えだな」
「……そんなこと、いわれなくとも、わかっていますよ」
 荒い呼吸を整えて、ゼオンは立ち上がった。先代にはもはや一瞥もくれずに、部屋を出る。
 ただ無性に、デュフォーに会いたかった。














 捏造満載ですみませんー!!どこからつっこんでいいか自分でもわからないくらい捏造です。最初はただ、魔界ってなんで国が一つしかないんだろーと考えただけなのに、気づけば捏造設定がわらわらと…