「もし日本がお前の故郷だったら、同じことができるのか!!?できないハズだ。ゼオンを止めてくれ!!」
 清麿の叫びに、デュフォーは、少し沈黙してから答えた。
「お前の言いたいことはわかる。“なぜ人間が同じ人間を滅ぼそうとするのか?”だろ」
 それは違う、デュフォー。
 パートナーの言葉を隣で聞きながら、ゼオンは微かに目を伏せた。
 それは違う。違うのだ、デュフォー。清麿がいっていることは、そういうことではない。


 だが、人として育てられなかった者が、どうして人になれようか?



凍土の花



 アンサートーカー、全ての答えを出す者。決して間違わない存在。
 その凄さは、むろん、ゼオンとて承知している。ほとんどのことにおいて、デュフォーは間違えない。いまだ解明されていない千の難問を並べられたとしても、デュフォーはよどみなく、思考することさえなく、全てを解き明かすだろう。
 だが、それでも、デュフォーが間違えることはある。
 今が、まさにそれだ。
 清麿が問うているのは、人が人を殺す理由ではない。人が、同族である人を殺すことも、ときには滅ぼさんとする事も、ありえると清麿は認めている。認めた上で、それでも、相手が大切な存在であったら傷つけることはできないだろうと、そういっているのだ。
 滅ぼそうとすることができるのは、相手がどうでもいい他人だからであり、ここがデュフォーの故郷ならば、ファウードを動かすことはできないだろうと。
 ゼオンは微かに唇を歪ませた。清麿の問いを、パートナーが理解できないだろう事を、ゼオンはわかっていた。
 デュフォーには理解できまい。たとえこの地がデュフォーの故郷であったとしても、彼はファウードを動かすだろう。何のためらいも抱かずに。
 故郷を破壊できないのは、そこに大切な相手がいるからだ。家族や友人が暮らしている場所、あるいは誰もおらずとも思い出深い懐かしい場所、それを故郷と呼ぶのだろう。
 デュフォーには、何の意味も無い。
(故郷ならば傷つけられないだろうと言えるのは、清麿、お前がこの地で大切にされてきたからだ)
 家族に友人に、慈しまれ、愛されてきたからだ。
 不意に、ゼオンは、もし自分ならば王宮を攻撃できるだろうかと思い、手をきつく握った。
 できない、だろう。どれほどの怒りと絶望があってもなお、かの地を傷つけることはできまい。慈しまれることも、愛される事も無くとも、自分はいまだ、断ち切れずにいる。
 だが……、デュフォーはすでに、断ち切るという考えすらない。彼がたたずんでいるのは、深く暗い底だ。
 家族に売られた事も、その後十年近く、憎悪と狂気のただ中で耐え続けていた事も、今の彼にはどうでもいいことなのだろう。地獄の中で、ただ一つの光だった母親の存在さえ、今のデュフォーには他人に等しい。
 家族と他人は、同じ意味なのだ、デュフォーにとって。
 そしてデュフォーに、他人でない者など存在しない。この地に生きるあらゆる人間が、ただの人間という種族であり、蚊やアリと同じく、踏みつける事にためらいを感じない。自分自身すら含めて、人はただの人という無価値な生物で、そこに特別も例外もない。
 ゼオンはこみ上げる思いを、呼吸とともに押し殺した。
 清麿の問いを、デュフォーは理解できない。だから彼は、同族殺しについて問われているのだと解釈した。そうとしか考えられなかったのだろう。
 清麿のいう故郷など持たない彼は。


 人として扱われなかった者が、どうして人になれようか?


 ゼオンは、全ての感情を押し殺すように、胸の奥に力を込めた。
 眼前の者たちを嘲り見下して、低く笑う。
「デュフォーに救いを求めるとは愚かだな」
 愚かだ。長い時を実験動物のように扱われ、救いの光でさえまがい物でしかなかった彼が、どうしてお前達を助けると思うのか。
 彼が人を無価値と断ずることが、激するほどの罪か、清麿よ。
 ならばお前が彼に教えられるか?与えられるか?人の命があることの価値を!
  ─── いいや。
 清麿、お前には理解できまい、永遠に。



 人として育てられなかった者が、どうして人になれようか。
 人として扱われなかった者が、どうして人になれようか。






 だが、デュフォー。
 それでも、いつかお前の世界に、例外や特別が生まれるだろうか。
 凍土に咲く花が、温もりを取り戻し、氷を溶かす時が来るだろうか。
 お前が人であっても、人でなくともいい。その時を迎えることができるなら、オレは ─── 。









 台詞は全てコミックス27巻64〜66pから。