「り、離婚!?」
「だから大丈夫だって。いなくなっただけで離婚してたら、そもそもお前は生まれてないぞ、悟天」
「い、いなくなっただけって、おかしくない!?変じゃない!?いなくなったら普通それは別居っていうんだよ兄ちゃん!離婚まで秒読みだよ!!」
オレがテーブルをばんばん叩いてそういうと、母さんと兄ちゃんは顔を見合わせた。
「そーいわれると、そんだなあ」
「確かに。お母さんはよく別れませんでしたよねえ」
「いんや。おらだって思ったべ」
え?オレはぎくりとして母さんを見た。母さんは涼しい顔でお茶を啜りながら、穏やかな声でいった。
「悟空さが二回目に死んで、生き返んなくていいっつったときな。あんときはさすがにおらも、考えただ。生き返ってくれねえ悟空さに腹が立ったし、父親を亡くしちまった悟飯ちゃんが不憫でならなかったし、あとはまあ、いろいろとなあ」
「そ、そうだったんですか…」
わーお、十何年目にして明かされる真実だよ。兄ちゃんはちょっぴり汗をかいているけどオレの背中は汗だくですよ。こんな秘密をさらっといわれる日が来るなんて!怖い!
「悩んでたときに、悟天ちゃんがお腹にいるってわかってなあ」
おお、すごいじゃんオレ!さすがオレ!赤ん坊の頃から両親の離婚問題を防いでいたとは知らなかった。心なしか兄ちゃんの目に感謝の色が見えるぜ。
「おら、そんときとうとう決めただ。この子まで父なし子にするわけにはいかねえ。新しい旦那様見つけて、再婚しようと」
「えええ!!」
えええええー!!!イヤああ!兄ちゃんの目に殺意が見えるうう!!
「おっとうにいい人を探してもらってなあ。子供好きで、優しくて、でっかい畑持ってる人と見合いするはずだっただ。顔もなかなかハンサムだったんだぞ?悟飯ちゃんも悟天ちゃんも、おらがあの人と再婚してたら、格好良い父ちゃんができたはずだ」
「ボ、ボク、お父さんのこと十分格好良いと思ってますから!!」
「ジェットフライヤーも持ってただ」
「ジェットフライヤーくらい、オレがトランクスからちょろまかしてくるよ!」
離れた場所に座っているトランクスが、首を縦にぶんぶん振るのがわかった。ブルマさんなんて慌ててカプセルを探してる。そりゃそうだよ。地球の救世主、宇宙最強の男といわれる父さんが、ジェットフライヤー持ってないから離婚されるなんて、情けなさ過ぎるよ!泣けてくるよ!
肩でぜえぜえと息をする息子二人に向かって、母さんはおっとりと笑った。
「なに慌ててるだよ。おら結局離婚しなかっただべ?見合いの日になあ、ばっちり化粧して、きれいなドレス着て、なのに玄関までいって思っちまっただ。もし悟空さが帰ってきたら、明日明後日に帰ってくることは絶対にねえんだろうけど、もし何年かして、悟空さがただいまーって帰ってきたら、おら、悟空さに飯作ってやりてえなあって」
くすくすと笑って、母さんはいった。
「それで結局、見合いはパーだべ。惜しいことしただよ」
ああ、親愛なる親父殿、あんたはほんとにラッキーだよ。こんなに愛してくれる人はそういないよ。規格外な父さんをつかまえた母さんも、ラッキーといえばラッキーなのかもしれないけど。
つまり、あれだ、似合いの夫婦だってこと。
心配したオレが馬鹿でした。あーあ、この年で両親の惚気話を聞かされるなんて、やってられないよ!オレのデートは潰されちゃったのに!
「でも、それをいうなら、悟飯ちゃんだってよくグレなかっただべ」
母さんが小首をかしげていうと、兄ちゃんはのんびりと笑った。
「ボクだって、グレようかと思いましたよ。というか、実際グレてみました」
「兄ちゃんがグレたの!?」
正直にいおう。オレはこの世で兄ちゃんほど怖い男はいないと思っている(女性ならブルマさんが一番怖いけど)。
一番頼りになるのは兄ちゃんだが、一番怖ろしいのも兄ちゃんだ。父さんの仲間は口を揃えて『悟飯は優しい。一番穏やかな性格だ』というし、オレも違うとはいわないけど、でも、弟のオレに対する容赦のなさといったら!トランクスに同情されるくらいなんですよ、マジで!!
その兄ちゃんがグレたなんて…!この世の終わりだ。
「ボクもやっぱり、父さんが二回目に死んだときですね。父さんを死なせた自分が許せなかったし、父さんに会えないことが辛かったし、まあ、どうしようもない気持ちだったので、どうにかして父さんに生き返って欲しかったんですよ」
あー、わー、どうしようオレ。なんていおうオレ。十何年間、この話題に触れずに来たんですけどオレ。生まれて以来触れずに来たんですけどオレ。
そりゃオレだって子供の頃は思ったよ。なんでトランクスの家にはパパがいるのにうちにはいないの?って。でもそこは要領のいいオレですから、兄ちゃんに聞いたりはしなかった。怖ろしいことにベジータさんに聞いてしまったのだ。あれ、あんまり要領よくないな、思い出してみると。
ベジータさんは鬼のような顔で「死んだからいないんだ」と教えてくれた後、「ほかのヤツには絶対に聞くな」と鬼よりも怖ろしい形相で釘を刺した。あとからオレは、ほかのヤツじゃなくて、うちの兄ちゃんには聞くなってことだったんだろうなあと感慨深く思ったものだ。
そんな十何年も禁忌の扱いだった話題を、さらっと持ち出されると、オレはどう反応していいのかわからないよ…!!だめだ、とにかくうつむこう。黙っておこう。オレは空気!オレは留守です!
「あぁ、覚えてるだ。悟天ちゃんがお腹ん中にいるってわかった頃だべ?あのころの悟飯ちゃんは、思い詰めた顔してただからなあ」
「弟まで父親を失ったんだって思いましたからねえ」
オレは空気だっていってるでしょうがー!!ヤメテ!オレを話題に出さないで!
「どうしたら父さんは生き返ってくれるだろうって考えて、思いついちゃったんですよね。悪者がいればいいんだって。地球を滅ぼそうとする悪者がいて、そいつにみんな倒されてしまったら、父さんは悪者を倒すために生き返ってくれるだろうと、思っちゃったんですよねえ」
ちょ、ちょっとまって、なんか先が読めてきたよオレ。
オレの聞いた限り、そのころ兄ちゃんは父さんすら超えてて、兄ちゃん以上に強いヤツはこの地球にいなかったはずだ。でもそれじゃあ、父さんは生き返らないよな。悪者は兄ちゃんが倒しちゃうもんな。ということは、つまり、この親愛なるオニイサマは。
「じ、自分が悪者になろうと、思ったわけ…?」
「当ったり〜。よくわかったな、悟天。あの頃、兄ちゃんは最強だったからなあ。これはもう、悪者になるしかないと思ったんだよな。地球上で最も強い最強の敵、なんて、戦い好きの父さんが喜びそうな気がしたし」
「喜ぶかあああ!!いくら父さんが格闘バカだからって、それで喜んだらオレは親子の縁を切るぞ!」
「そうなんだけど、ほら、子供の考えることだからな。それで、手始めに、ピッコロさんから倒そうと思ったんだよ」
「なんで!?なんでピッコロさん!?兄ちゃんの師匠だろ!?」
「師匠だから、一番怖かったんだよ。説得されたら決心が揺らぎそうでさあ。でも、やってみたら、全然ダメだったよ」
兄ちゃんは小さく笑った。
「悪者になると決めて神殿までいったのに、ピッコロさんの顔を見ただけで、なにも出来なかった。あの人は、わかってたんだろうな。自分の弟子が、なにを考えてきたか、たぶんわかってたよ。だからなにもいわなかった」
オレだったらはっきり止めるけどなあ。ピッコロさんは兄ちゃんに選ばせた訳か。相変わらずスパルタだ。
「それで、一度は引き下がったんだけど、やっぱり諦めきれなくてさ。その後も毎日毎日神殿にいったんだよ。今日こそはピッコロさんを倒して悪者になるんだ!って決めて。でもいつもダメだった。ピッコロさんと何十分も睨めっこして、根を上げて、すごすご帰ったよ。でも、そうやって繰り返してるうちに、少しずつ周りが見えてきて、ボクはボクとしてちゃんと生きなきゃって思った」
うん、だからさ、オレだってわかるんだ。父さんの仲間が兄ちゃんを優しいというのは、兄ちゃんが本当に優しいからだよ。
この人は、自分を責めるあまりに人を傷つけたりなんて、しない。世界を憎んだりもしない。あるがままを受け入れるしなやかさと、愛する強さを持ってる。そんなことわかりきってたのに、ああもう、変に気遣ってた自分が恥ずかしいじゃないか!兄ちゃんのバカ!
「でも決定打としては、お前が生まれたことかな。育児は大変だぞ〜、悟天。お前はちょっと目を離しただけで、椅子の脚に囓りついているような危険な子供だった…」
「オチはそれかよ!いいよオレの話は!ほっといてくれよ!!」
「いや、お前が寂しがるといけないと思って」
「なにを寂しがるのさ!?」
「だって、寂しいんだろ?父さんがいなくなって」
あっさりいう兄ちゃんの隣で、母さんも頷いている。
あー、やだやだ、勘弁してよ。やっぱり宇宙一強いのは、宇宙最強の男の妻とその息子だね。オレは自信を持っていえるよ。
「……別に寂しくないよ。会おうと思えばいつでも会えるし。なに、いいたいことがあるならいってよ」
じっとりとした目で睨み付ければ、兄ちゃんと母さんは、ふふふと笑った。
「ボクは寂しいよ、悟天」
「おらも寂しいだ」
「へえ、そうですかー」
ああ、もう、本当に勘弁してよ。
修行戦闘バカ父さんの、バカヤロー!!