ボクが王宮へ上がったのは、五歳のときだった。
物心ついたころからずっと、ボクは宇宙船で暮らしていた。大らかで頼もしい父と、厳しくも優しい母と、親子三人で、宇宙の様々な星を旅していた。故郷の人々とそりが合わず、一人で宇宙へ飛び出した父は、旅の途中で母に出会ったのだという。母はよく、その時のことを聞かせてくれた。それはまるで、童話のような英雄の物語だった。悪い奴らに狙われていた母を、父がどれほど颯爽と格好良く助けたか、父がいかに勇敢で、信じられないほど強かったか、母はまるで歌うように話してくれた。
ボクは、母の作る食事を待ちながら、その話を聞くのがとても好きだった。
幸福だった。
なにもかもが変わってしまったのは、あの化け物が現れたときからだろう。
フリーザ。最強で最悪の存在。宇宙の帝王を自称する、残酷な独裁者。気に入らない、という理由だけで星ごと消したような男。関わらずにいられたら、どんなに良かったか。避けて通ることができたなら、ボクの人生は確実に変わっていただろう。
けれどやはり、後にして思うのだ。お父さんがフリーザと戦うのは避けられないことだったのだ、と。
旅の途中、食料を買い込むためだけに訪れた星に、フリーザはいた。そして蟻を踏むよりもたやすく、人々を殺していた。
ボクは、今ではもう、戦いについてはよく思い出せない。足手まといにならないよう必死に戦ったはずだが、思い出せるのはあのときの恐怖と、金色に輝く父の姿だけだ。恐怖のあまり精神が高揚して、記憶が混乱しているのかもしれない。だから、結果だけいおう。
お父さんはフリーザに勝った。
それも、千年に一人といわれるほどの高みへ登って、宇宙で一番強かった悪夢を滅ぼした。
恐らく、最も困惑したのは、フリーザの一族ではなく、サイヤ人たちの方だったのだろう。
伝説の存在が現れて、フリーザを倒したのはいい。でも、それが下級戦士のカカロット?最もスーパーサイヤ人に近いと目されるベジータ王子ではなく、それどころか王家の血に連なるものでもなく、使い捨ての下級戦士が、スーパーサイヤ人になってフリーザを倒したのか?
サイヤ人たちの困惑は、そのまま恐怖へと繋がった。あのフリーザを倒したものが、自分たちに刃向かってきたらどうするか、と。
バカバカしい話だと思う。父は、強くなることに関心はあっても、その強さで誰かを虐げようなんて考えもしない人だ。フリーザとの戦いの後で、ボクは初めて祖父と叔父に会ったのだけど、二人ともそれをわかっているようだった。
だけど、王家は理解しなかった。
「悟飯を、人質に差し出せというのか?」
落ち着いた、祖父の声を覚えている。お祖父ちゃんと呼ぶには若々しく、父によく似た精悍な顔つきで、家族の誰よりもサイヤ人らしかった。落ち着き払った態度とは裏腹に、目が剣呑な光を帯びていた。
「冗談じゃねえだ!おら、絶対そんなこと許さねえからな!」
いきり立った母を、叔父が狼狽えながらもいさめた。
「滅多なことをいうな!王家を敵に回せば、全てのサイヤ人を敵に回すことになるんだぞ!」
「いいじゃねえか。ガキを人質にとらなけりゃ安心できねえような、ふぬけた王家なんざサイヤ人の面汚しだ。そんな王家に従う連中もな。まとめて相手になってやるぜ」
祖父は、ギラギラとした目で父を見た。
「どうする、カカロット」
「─── この星を出て行くのはかまわねえ。けど、悟飯を差し出す気はねえ」
覚悟を決めた声だった。だから、ボクも、決心したのだ。
夜中に叔父だけをこっそりと起こして、王家の使者の所まで連れて行ってもらった。
ボクは戦いが怖かった。フリーザとの戦いが、まだ子供のボクには過酷すぎたのだろう。それまでも父が戦う姿を見たことはあったけれど、父があれほど追い詰められるのは初めてだった。もし父が死んでしまったらと思うと、怖ろしくてたまらなかった。ボクが人質になることで戦わずにすむのなら、その方がずっとマシだった。
ボクは、破れてしまった幸福な写真を、もう一度張り合わせようとしていたのかもしれない。その写真からボクの姿だけなくなってしまっても、父と母が以前のように穏やかに暮らせるのなら、ボクは満足だった。父が殺されかけることも、母が心労で寝込むこともない、平穏な生活を想像するだけで、ボクは幸せな気持ちになった。
「…本当にいいのか?」
最後に手を離すとき、叔父は迷いを宿した目でボクを見た。もしボクが、やっぱり帰りたいといえば、叔父はきっと命をかけてでもボクを逃がしてくれただろう。悪者ぶっていても、叔父はとても優しい人だった。
だからこそ、戦って欲しくなかった。
「はい。ボクは自分の意志で王宮に行きます。だから、戦わなくていいって、お父さんに伝えてください」
そしてボクは王宮に上がった。
王宮での暮らしは、特にひどいものではなかった。
人質といっても、表向きは「勉強のために王宮へ上がっている」ことになっていたから、牢屋に閉じ込められることもなかったし、ご飯をもらえないこともなかった。
王宮の隅の小さな一室を与えられて、ボクはそこで本当に勉強をして過ごした。
もともと勉強は好きだったし、他に出来ることもなかった。建物の周りを散歩することは出来たけれど、王宮から出ることは許されなかったし、スーパーサイヤ人の子供のボクに関わりたがる人もいなかった。でもまあ、仕方ないだろう。ボクの立場は本当に微妙だった。
人質を取るということに、不快感を覚える人ももちろんいて、その筆頭がベジータ王子だった。おかげで王と王子の親子関係には溝が出来てしまったらしい(ボクも噂話をこっそり聞いただけなので、本当かどうかは知らないけれど) おまけにボクは、スーパーサイヤ人の子供なのに、びっくりするほど戦闘力が低かった(自分でもびっくりした)
弱いサイヤ人なんて、普通なら軽蔑の的だけど、親がスーパーサイヤ人なので下手に手出しは出来ない。政治的に利用するにも危険すぎる。おかげでボクは空気のように扱われた。そこにいても、誰も目を合わせることのない存在だ。まあ、苛められなかっただけよかったんだと思う。
お父さんとは年に一度だけ会うことが出来た。お祖父ちゃんと叔父さんも一緒だ。サイヤ人でないお母さんとだけは会えなかったけど、お母さんの話はたくさん聞けた。会えるのはいつも、年始めのお祭りの日だったので、ボクは一年中その日が楽しみだった。
そしてボクが王宮の中で十六歳の誕生日を迎えてから、一ヶ月が過ぎたある日、とある事件が起きてボクは本当に空気になった。それまでは部屋からあまり離れると注意されたのだけど、その日を境に誰もボクを気にしなくなった。なのでボクは、その日から毎日、こっそりと王宮を抜け出すようになった。
そしてボクは、彼に出会った。
この話で一番美化入ってるのは、悟飯でもターレスでもなく、ラディッツな気がしてきました。