雪が降ればいいと思う。
 ちかちかと明るい光を振りまくツリーや、見ただけで唾を飲み込んでしまうご馳走や、枕元へのプレゼントも用意しよう。
 あの人に、あらん限りの明るいものや、心温まるものを渡したい。



ブランケットの聖夜



 デパートの一角に設けられた、赤と緑のコントラストがお祭り気分を作り上げているクリスマスコーナーで、トランクスは悩んでいた。
「うーん……」
 薄茶色のシックな色合いの手袋、滑らかなさわり心地のマフラー、ボンボンの付いた昔ながらのデザインの帽子、どれもクリスマスプレゼントとして悪くはないものだ。パオズ山は西の都よりもぐっと冷え込むし、大雪も降る。この手の暖房具はいくつあっても無駄にはならないだろう。
「でもなあ…」
 せっかくのクリスマスプレゼントなのに、無駄にならない程度のものを送るなんて、なんというかふさわしくない感じがする。
(オレは悟飯さんの喜ぶ顔が見たいんだ!)
 とはいえ、あの師匠のことだから、何をもらっても喜ぶのはわかっている。自分からのプレゼントならなおさらだ。自惚れのように思われるだろうが、悟飯はトランクスが黒こげになったクッキーをあげても、心の底からの笑顔で喜んでしまうような人である。
 でも、だからこそ、本当にいい物を上げたい。何をあげても喜んでくれる人だからこそ、最高のものをプレゼントしたいのだ。

 西の都で最も大きいこのデパートでさえ、完全に再建したわけではなかった。かつてより規模を縮小して、ところどころ鉄筋が覗いているような状態で開店している。一部の階では、焼け跡がそのまま残っていた。
 それでも、店は繁盛していた。大にぎわいといっていい。今日は平日だから人の少ない方だけれど、休日になれば大勢の買い物客で溢れんばかりだ。親子連れにカップル、老夫婦や友達同士が、手を取り合ってデパートを訪れる。寒さに白い息を吐きながら、目を輝かせながら、あるいは少し憂鬱そうに財布の中身を確かめたりしながら、クリスマスカラーに彩られた自動ドアをくぐってくる。
 あの人の守りたかったものが、ここにあるのだと思う。誰よりも自分に厳しい彼が、救えなかった人々を今でも思っているのは知っている。でも自分は、守り抜いた者に対しても、もっと目を向けて欲しかった。誰がなんといおうと、当の本人が『人造人間を倒したのはキミだよ』なんて寝ボケたことを抜かそうと、あの人は確かに世界を守った。幼い頃から戦い続けてきた彼が、大勢の命を未来へ繋ぎとめたのだ。
 そこまで思って、トランクスはふと溜息をついた。
(会いたいなあ…)

 手に取っていた茶色の手袋を台の上に戻して、トランクスはまたふらふらとデパートの中を彷徨い始めた。秘書からもぎ取った時間は三時間しかない。先々週から鬼のように働いて、平均睡眠三時間の超過労働にも耐えて、つかみ取った時間がわずか三時間!ひどい。いくらなんでもひどすぎる。社長の人権はどこにいったんだ。
 しかし、不満を訴えたトランクスに対して、秘書はすました顔で言ってのけたのだ ─── 本当に大切な方のプレゼントなら、考えるまでもなく決まるものですわ。迷うのはそれだけ相手のことを理解していない証です ─── と。
(痛いことを言うよな…)
 確かに、理解しているとは言いがたいのだろう。トランクスは渋々とそれを認めた。
 なにせ、かつて自分たちの間には八歳の年の開きがあった。そして、悟飯は自分が14のときに死んだ。慕う思いは昔も今も変わらず、彼の心をわかりたいという願いも変わらないが、14の子供にあのときの彼の心情が理解できていたとは思えない。あのときだって、自分は本当に必死になって悟飯に手を伸ばしていたものだけど、それでも歳を取れば自分の未熟さを思い知るというものだ。
 なら、今はどうかといえば、現在は現在で問題があった。そのことを思うと、トランクスはどうにも頭を抱えたくなってしまう。こんなはずじゃなかった。14歳と22歳では年齢差は大きくても、24歳と32歳ならさほど大きな問題ではないはずだ。歳を取ってからの八歳差なんて、実はたいした障害ではない。だが、だが!
(悟飯さんは22歳のままなんだよなー!!)
 肉体が歳を取らないのは、まあ、死んでいるから仕方ないだろう。自分にしたって、悟飯の人生が死んでる分増やされていたら腹が立つ。生きていた年齢でカウントしろよ!と思うに違いない。だが、彼の心も、22歳のままというのはどうにもこうにも。
(どう接していいのかわからん!)
 トランクスはまるで、ブルマに初めて赤ん坊を抱かされたときのベジータのような心境に達していた。

 彼の心が絶望に囚われていた長い時間のことを考えると、トランクスはあまりの理不尽さにやりきれなくなる。正直にいえば、何もかもに腹が立って、憎しみすら湧く。破壊衝動というのは、こういうものなのかもしれない。
 だが、悟飯は還ってきた。再び命を得て、もう一度この世界で生きていこうとしている。それを思えば、トランクスは何もかもを守りたくなる。若くして止まってしまった彼の時間が、もう一度動いていくためなら、なんだってするだろう。

(なんだって、する、けど、悟飯さんがオレより年下というのは─── !!)
 なんというか困る。いや幸せなんだけど、あの人がもう一度生きてくれて話してくれて笑ってくれて、それだけどもう眩暈がするほど幸せなんだけど、でも困る。
(だって、なんか、守りたくなるんだよ…!!)
 はっきりいって今の悟飯は世間知らずだ。十年近いブランクがあるのだから当然だ。おまけにあの師匠はもともと天然ボケなところがあった。過去の悟空に会ったときには、ああ、あの天然ボケはこの父親から受け継いだんだなあと感慨深く思ったものだ。
 だが、悟飯にとってはやはり、自分は14歳の少年のままで、守るべき存在なのだろう。誰かを守る存在としての自分に、かろうじて意義を見いだしていたところもある人だ。
(わかっているんだ!この状況で、オレが悟飯さんを守ろうとすれば、あの人のことだから『トランクスは立派に成長したんだ、もうオレの出る幕じゃないな』なんて思うに決まっているということは!わかってるんだよ!)
 悟飯だってまだ戸惑っている。生き返って何もかもがよくなる訳じゃない。様々な困惑や不安があるだろう。あの師匠は、それを人には決して見せようとはしないけど。
 今の自分たちに必要なのは時間だ。話し合う時間。傍にいる時間。喪失を埋めるほどの温もりを、与えあえるだけの時間が欲しい。

(時間泥棒になりたい…)
 トランクスは残酷に時を刻む腕時計を見つめて、深々と溜息をついた。
 カプセルコーポレーションは大企業だ。人造人間が倒れた後、真っ先に物資を運ぶルートを確保し、雇用の拡大に努めたことから、復興の担い手とも評される。そこの社長であるトランクスにとって、悟飯とゆっくり過ごせる時間など、夢のまた夢であった。
(いや、でも、クリスマスがあるさ!)
 会社のクリスマスパーティにも出席しなければいけないが、ある程度顔出しがすんだら真っ直ぐにパオズ山へ向かうのだ。家にお邪魔する約束はもう取り付けてある。ここで最高のプレゼントを渡して、悟飯にとびきり喜んでもらいたい。トランクスはぐっと拳を握って決心を新たにすると、ギフトコーナーを再びうろつき始めた。

(本もいいよな。図鑑なんかどうだろう)
 学者を夢見ていたという彼は、生き返ってから再び勉強を始めている。彼の喜びそうな文献を、すでにトランクスはチェックしてあった。
(でも本は、実用的すぎる気もするんだよな…)
 なんといってもあの師匠は、胴着が本当にボロボロのびりびりに破けて使い物にならなくなるまで、自分で繕って着続けていた人だ。物欲がないとか、もう、そういうレベルじゃない。本当に必要なもの以外は一切買わない。買う気がないのだ。世の中には、『そこまで必要じゃなくてもあったら便利なモノ』が、溢れかえっているというのに!
(だから、できれば嗜好品の類で…、悟飯さんが自分じゃ買わないだろうけど、あると便利なものとか…)
 うーんと考え込んだトランクスは、いつの間にか目当ての売り場から離れてしまっていることに気づいて足を止めた。どうやら歩き回っているうちに、子供向けのギフトコーナーに入り込んでしまったらしい。可愛らしい熊のぬいぐるみが、所狭しと並んでいた。
(そういえば、今流行ってるんだっけ、この熊…)
 トランクスは何となく、一体のぬいぐるみを手に取ってみた。のっぺりとした顔のやる気のない熊だ。たしか名前はリラックマとかいって、癒しのぬいぐるみとして女性に人気があるらしい。
(癒しか…、癒しグッズもいいかもしれないな…)
 悟飯は少し働きすぎだ。復興の手伝いをしながら子供たちに勉強を教え、その合間にブルマから厄介な仕事を引き受け、さらにその合間に修行しつつ勉強もしている。責任感が強いのはわかっているが、もう少し自分を労って欲しいものだ。
 そんなことを考えていたトランクスは、リラックマの説明を何気なく眺めて、凍りついた。
「えええ!!?」
 そこには信じられないことが書いてあった。
(こ、この熊って、この熊って、着ぐるみなのか!?なかに人が入ってるのか!?そんな設定なのか!?それのどこが癒しの熊!?)
 驚愕に瞬いても、説明文は変わらない。怖ろしいことにこの熊は、ある日突然一人暮らしの女性の部屋に住みついた、着ぐるみの熊だったのだ!(当然中に人が入ってます)
 トランクスのぬいぐるみを持つ手がぶるぶると震えた。柔らかな綿が、手の中で悲鳴を上げる。うっかり超化してしまいそうなほどの憤りだった。
(なっ、なんて憎たらしいんだこの熊!オレなんか、オレなんか、仕事が忙しくてろくに悟飯さんの声も聞けてないのに!あの人ケータイ持ってくれないからメールもできないんだぞおおお!!着ぐるみ姿で突然住みつくだとオオオ!!オレだって出来ることならやってみたいよ!悟飯さんの部屋に住みついて、朝も夜も一緒に暮らせたらどんなにいいか…!ちくしょう、熊め!熊のくせに上手いことやりやがって!)
 トランクスは荒い息で熊のぬいぐるみを棚に戻した。このまま持っていたら、元ぬいぐるみの残骸に変えてしまいそうだったからだ。癒されるどころか、憤りで理性がぶち切れそうだった。
 必死の思いで棚に戻したトランクスは、売り場から数歩離れて、その周囲を見回した。見事に熊で埋め尽くされている。掌サイズの小さなものから、等身大の大きさのものまで、様々なサイズやポーズの熊がいた。トランクスはギシギシと床を軋ませながら、熊に背を向けた。
 そして数歩進んだところで、彼は振り返った。