蒸し暑い日だった。
 まだ初夏だというのに、風は熱を含んでいて、太陽は手加減なしに地上を照らしていた。おかげで目的地に着いたときには、ボクは少しぐったりしていた。



 城下町の一角には、小さな平屋の店ばかり連なっている道がある。人がすれ違うのがやっとな狭い道の両側に、小さな店がひしめきあっている。裏道というよりは、大通りの繁栄から取り残されたという方がぴったりくるけど、ボクはこの通りが好きだ。人が多すぎなくて落ち着くし、一軒一軒こだわりがあって面白い。骨董屋のおじさんなんて、この店に本物はない!といいきっていた。よく商売が成り立つと思う。
 今日の目当ては古本屋さんだ。ジャンルを問わず集められた本が、所狭しと並んでいる。カビくさいすえた臭いと、店長の無愛想な顔もあって、繁盛しているとはお世辞にもいいがたい。おまけに店内はろくに空調が効いていなくて、蒸し暑い今日なんか、店の中にはボクしかいない。ラッキーだ。今日こそ、本棚の上の方までじっくりと探索してみよう。
 古い本も新刊もごっちゃになっているので、かなり探しにくいのだけど、たまに貴重な文献が無造作に置いてあるのがたまらない。半ば宝探しのつもりでタイトルを追っていくと、信じられないものを発見した。
「うそだろ…!」
 小さく叫んでしまう。それくらいあり得ない一冊だった。昔、保管していた図書館が焼失して以来、失われたはずの一冊だ。ニセモノか?だとしても、買ってみる価値はある!
 ボクはいそいそと本に手を伸ばした、が。
「あー!」
「なんだよ」
 なんと、ボクの目の前で、タッチの差で、その本が違う手に抜かれてしまったのだ!さっきまで店内にはボクしかいなかったはずなのに!ていうかその本はボクが先に見つけたのに!
 いったい誰だ!と、横を向いて、ボクは心臓がとまるのがわかった。
「………おとう、さん…?」
「あぁ?」
 不審げな男の声に、ボクはハッと我に返った。お父さんじゃない!お父さんな訳がないんだ。
 だけど似ていた。いくら下級戦士は顔のタイプが少ないといっても、こんなに似ている人を見るのは初めてだ。だって普通、遺伝子が同じでも、その後の生活で顔なんていくらでも変わるんだ。太ったり、痩せたり、髪型を変えたり、傷を負ったり。遺伝子が同じでも、同じ顔のサイヤ人なんてそういない。だけど、この人は、本当にそっくりだ。違うところといえば、肌の色がお父さんより浅黒いくらいだ。
 サイヤ人なのだと瞬時に悟って、背中を冷たいものが流れた。どうしよう。聞かれただろうか。この人は、伝説のスーパーサイヤ人が自分とそっくりな顔をしていると知っているだろうか。知っていれば、ボクの正体も、きっと気づかれてしまう。
 捕まって大事になる前に、今すぐ逃げたほうがいいのか?
「バーカ。こういうのはな、取ったモンの勝ちなんだよ。ノロノロしてるテメエが悪い」
「なっ…!酷いじゃないですか!ボクが先に見つけたんですよ!それ、返してくださいよ!」
 思わず言い返していた。なんだ、この人、聞こえなかったのか?
 そうかもしれない。あんまり驚いて、うまく声も出せなかったから、聞き取れなかったんだろう。ああ、良かった。よし、あとは本を取り返すだけだ!
「残念だったな。これは今からオレが買うんだ。まァ、どーしても読みたいというなら、考えてやらないこともないがな」
「どーしても読みたいです!」
 男の目が、ネズミを嬲る猫のような光り方をしているのは気づいていたけど、ボクはあえて見ない振りをした。だって本当にレアな本なんだ。これを逃したら一生読めないに違いないのに、ためらってる場合じゃない。
「どーしても?」
「どーしても!」
 男の外套に掴みかからんばかりの勢いでいう。本を取った男は、地面すれすれの長い外套に身を包んでいた。サイヤ人にしては珍しい格好だ。あの戦闘服をひけらかすどころか、まったく見えないようにするなんて。ボクはこの顔を知っているからすぐにわかったけど、知らない人が見たら、サイヤ人だとわからないんじゃないだろうか。
「いいだろう、ついて来い」
 そういうと男は、きちんと会計をすませて、店を出た。そしてそのまま、すたすたと歩いていく。
「ちょ、ちょっと!譲ってくれるんじゃないんですか!?」
「誰がそんなことをいった?この本は俺のモノだ。でもまァ、読ませてやってもいい」
「やってもいいって!その本を見つけたのはボクですー!」
「うるさい。黙ってついてこい。いやなら帰れ」
 男は振り返ると、手にした本をこれ見よがしにボクの前に差し出して、いった。
「読みたくないなら、な?」
「せっ、性格悪ー!!」
 思わず叫ぶと、その貴重な文献で思い切り頭を叩かれた。
「タダでみせてやろうといっているのに、性格が悪いだと?このターレス様に向かって、いい度胸だなぁ」
「だから、それ、ボクが見つけた本だっていって…!」
「そうか。じゃあ口答え一回につき、十ページ読ませないことに決めてやろう」
「ひどい!!」
「よし、マイナス十ページだな」
 本気なのか冗談なのか判断の付かない口調で言って、ターレスはどんどん歩いていってしまう。仕方ないのでボクは、黙ったまま後を追った。怒りたいのをぐっと我慢して!だってあれ、本当はボクの本なのに!うう、でも、これ以上何かいったら本当に読ませてくれない気がする。我慢、我慢だ!読み終わるまでの我慢だ!

 長い小道を抜けて、城下町を出て、少し行ったところでターレスは足を止めた。寂しいところだった。元は工場地帯だったらしく、赤茶色にさび付いた機械がいくつか見えた。
 城下町を挟んだちょうど反対側に、空港が出来たからなのかもしれない。まるで捨てられた土地のように、人の気配がなかった。あるのは乾いた風と、乾いた砂ばかりだ。
「ここで読めって?」
 ボクは少しうんざりしながら尋ねた。なんだこれ、嫌がらせか?だとしてもボクは読むぞ!砂と風になんか負けるもんか。
 ターレスは小さく口元を緩ませると、二、三度、踵で地面を叩いた。それが合図だったらしい。
 地面だとばかり思っていた場所から微かな機械音が聞こえてきて、足下の砂が引き潮のように消えていく。砂を払い落とした場所からは灰色の床が見えて、まるで地獄の釜が開くように左右に割れていった。
「うわっ!?」
「なんだお前、飛べないのか?」
「飛べないよ!悪かったな!」
 意外な早さで床が開いていったので、ボクは慌てて避難したのだけど、逃げても逃げても床は消えていくのだ。ボクは泣きそうな気持ちになって、必死で地面のあるところへ走った。
 ターレスは、ひとり飛んで、呆れ顔でボクを見下ろしていたけれど、必死に走る様子にさすがに哀れに思ったらしい。
「ほら、暴れるなよ」
 猫の子を掴むような手つきで、ボクを抱え上げた。ボクは思わずターレスにしがみつき、開いていく床の下を目をこらしてみた。
 暗闇の中で、明るく光るライトが見えた。
「………宇宙船?」
「オレの家だ」
 誇らしげにいった後で、ターレスはやけに楽しげに笑った。
「ようこそ、わが家へ。歓迎するぜ」
 心臓が、ぞくりと震えた。


 ──── 耳元で囁かれたのに、体中に響くような声だった。


 それが、ターレスとの出会いだった。







 次はターレス軍団も出る予定です