修行をつけて欲しい、というと、ダイーズがぽかんとした顔でボクを見た。
「オイオイ、なにいってるんだよ、お前」
いつものようにファッション雑誌を開いて寝そべっていたダイーズが、眉をひそめてボクを見る。冗談か?と聞きたそうな顔だけど、ボクは本気だ。前々から考えていたことだ。
「ターレス、お願いします」
ボクは座ったまま、姿勢を正して頭を下げた。ターレスはドアの所に立ったまま、なにもいわない。後ろのアモンドの方が狼狽えているのがわかったけれど、ボクは頭を上げなかった。
「バカ、よせって。どうしたんだよ、ナンパに失敗でもしたのか?強くない男は嫌いとかいわれちゃったのか?」
ダイーズがボクの襟首をぐいっと引っ張って囁いた。そんなわけないだろ!どうしてお前はそういう方向にばっかり行くんだよ。
「しょうがねえな。オレがかわりに修行をつけてやるから、な、それでいいだろ?」
「折角だけど、お断りする。ダイーズの修行なんて、絶対、ろくな教え方しないだろ」
バーンととか、エイッととか、そういう訳のわからない教え方をするに決まってるんだ。感覚で話されたって、ボクにはさっぱりわからない。
「人がせっかく親切にいってやってるのに!ちっ、じゃあ、アモンドに教えてもらえよ。上手いぜ」
「やだ。ターレスがいい」
「お前な〜!!ターレス様がお前なんかに修行を付けて下さるわけないだろ!」
「だってターレスが一番強いじゃないか」
そういうと、初めてターレスの表情が動いた。何かに、興味をそそられたときの顔だ。ボクは重ねて頭を下げた。すると、ターレスは誰にでもなく呟いた。
「面白い。それはわかるのか」
「…ターレス?」
「いいぜ、ついてこい。修行をつけてやる」
広々としたトレーニングルームは、宇宙船の中でも特に力作の場所なのだとラカセイがいっていた。ターレスやアモンドが全力で戦っても、傷一つつかないのだという。ラカセイの知識は本当にすごい。
でも、ボクには宝の持ち腐れだよなあ。ボクの場合、傷を付けるどころか、それ以前の問題だもんな。
まず、気を最大限まで上げてみろといわれたので、一生懸命上げてみる。あげて、あげて、ああ、ダイーズの視線が痛い。
「悟飯、お前、ひどいよ」
スカウターをつけたダイーズが、いっこうに上がらないボクの戦闘力に、呆れるどころか青ざめていた。
「戦闘力たったの5って!これお前、なんだよ!こんなんでターレス様に修行をつけてもらう気なのか!?」
「もうちょっと待ってくれよ!もう少し頑張れば6くらいにはなるかも…!」
「変わんねえよ!5だろうと6だろうと大差ねえよ!」
確かにその通りなんだけど、ボクにとっては大きな違いなんだ。ここ数年5の壁を越えられたことはない。毎年王宮で検査を受けているけど、検査する方も測る前から5って書くくらいだ。さすがにちょっと、悔しいじゃないか。
そう思ってなおも頑張るボクの肩を、ダイーズがぽんと叩いた。
「悪いことはいわねえから、諦めろ。人には向き不向きってもんがあるんだよ。お前は頭がいいんだから、そっちを磨けばいいじゃんか。ひ弱でも知的な男が好きな女は、探せばきっといるはずだぜ!」
「ひ弱っていうなよ!そりゃ、気を使うのは得意じゃないけど…、得意じゃないっていうかほとんど使えないけど…、でも、組み手も見てから判断してよ!こっちは毎日特訓してるんだから、そこそこいけるはずだよ!」
「必要ない」
「ターレス…」
「体術は、歩く姿を見れば把握できる。それにお前、誰かと修行をしたことはほとんどないだろう。実戦経験も、一、二度か?」
壁により掛かったまま、ターレスがいった。完全に見抜かれてる。特に失望したようには見えないけれど、やっぱり、ボクでは駄目なんだろうか。才能がないんだろうか。孫悟空の息子なのに、ボクは。
「でもボクは…、強くなりたいんです。ターレス、頼むから、修行を…!」
「修行以前の問題だな」
ボクは下を向いて、目を閉じた。ダイーズが隣でおろおろしているのがわかったけれど、平気な振りは出来そうにない。だってボクは、強くなりたいんだ。諦めきれない。
「悟飯、座れ」
いつの間にか目の前まで来ていたターレスがいうので、ボクは大人しく座った。ターレスも目の前であぐらをかくと、僕の手を掴んで、自分の二の腕に触らせた。いつもの外套を纏わず、サイヤ人の戦闘服姿なので、僕の手は彼の固い筋肉に直接触れていた。
なんだと思って見上げると、ターレスは「触っていろ」とボクに命じた。
「今は、気を抑えてる状態だ。わかるな?」
首を縦に振って頷く。ターレスはお父さんのように、気を急激に変化させるタイプではないけれど、それでも戦闘のときと日常の状態はかなり違う。特に今は抑えているように感じられた。
ターレスは微かに笑って、彼の腕に触れる僕の手を、上から押さえ込むようにして掴んだ。ターレスの腕と手に、僕の手が挟まれて、彼の気がより明確に伝わってくる。いや、伝わってくるというよりは、流れ込んでくるような感覚だ。思わず体が震えた。
「少しずつ気を上げる」
言葉通りに、気が上がっていく。軽い興奮状態から、全身の血が燃えるような開放感へとうつる。
なんだこれ。熱い。手が溶けそうだ。全ての戒めを断ち切るような開放感に、目が眩む。気持ちいい、いいや違う!
「ターレス、離して、くれ…っ!気持ち悪い…!」
「我慢しろ。いいか、これがオレの最大戦闘力だ。わかるだろう?あぁ、考えなくていい。感じろ。お前の体の方が、理解が早いはずだ」
はあっはあっと、自分のものではないような息をする。体が熱い。勝手に高められた熱は、ボクの体をボクのものでなくするようだ。
ぎりぎりまで沸騰した体は、あるところまでいってしんと静かになった。雪が降ってくるような錯覚を覚える。ボクの体に積もった雪が、マグマを上手に覆い隠して、冷静さを取り戻していく。残酷なまでの冷たさを。
これがサイヤ人だ。ボクはなぜか泣きたくなった。気を最大限に高めても、冷静さを失わない。戦うために生まれる種族。これがサイヤ人だ。
ボクは決して同じ場所へは行けないだろう。
「この感覚を覚えろ、悟飯。これがお前が強くなる唯一の方法だ。覚えて、自分のものにするんだ。いいな?」
ターレスの言葉はときに支配者じみている。異論を許さない冷たさに満ちているのに、なんて優しく響くのだろう。
危険な領域に、足を踏み入れているのかもしれない。
今までは黄色の信号だったのが、とうとう赤に変わってしまったような、そんな怖れを抱きながらも、ボクはターレスに修行をつけて貰うことをやめなかった。
慣れたというのもある。ターレスも、気を最大限に高めたのは初日だけで、次の日からはせいぜい戦闘時程度までしか上げなかった。そうなると最初に感じた気持ち悪さは薄れていって、むしろ心地良さを感じるようになっていた。ぽかぽかとあたたかくて、毛布にくるまって日向ぼっこをしているような感じだ。
まあ、おかげでボクの戦闘力は、5の位置に腰を下ろしたまま微動だにしなかったけれど。
「いくら気の使い方を教えたって、もともと気が5しかなかったら、無意味じゃねえかなーと思うのよ、オレ」
トレーニングルームでファッション雑誌を広げながら、ダイーズが呆れ顔でいった。
「うーん、でも、子供の頃はもう少しあったんだよ。空も飛べたし。なんで出来なくなっちゃったのかなあ」
「使い切っちまったんじゃねえの?」
「うう、それは考えないでいたかった…」
でもボクも、そうじゃないかなあとは思ってたんだよね。もともと少ししか力がなくて、それをあの戦いで使い切っちゃったのかなあって。思ってはいたけど、でも、認めたくない…!だってそれじゃもう、どうしようもないじゃないか!
縋るようにしてターレスを見ると、ターレスは少し考えていった。
「今日は少し、やり方を変えてみるか」
──── あとになって思う。
このときが、ボクの運命の、最後の分かれ道だったのだと。
ボクは引き返すべきだったのだ。全力で、彼から逃げるべきだったのだ。
そうすれば、ボクは、こんな苦しみを知らずにいられただろう。
エロスエロスと唱えながら書いてました。でも難しいエロス!