ターレスは、まるで何事もなかったかのように、ボクを見た。
「よお。体はどうだ。落ち着いたか?」
「おかげさまで」
そうはいっても、まだ全快ではないので、ボクは近くにあった椅子を引き寄せた。
ターレスは窓辺に立ったまま、小さな箱を弄んでいる。彼の方から話を切り出してくれる気はなさそうだ。ボクは諦めて、今となってはどうでもいいようなことから尋ねてみた。
「ボクの素性に、いつから気付いてたの?」
ターレスは、小さく笑ったようだった。
「初めてオレにあったとき、自分がなんといったか覚えていないのか、悟飯。すぐにわかったさ。オレの顔を見て、自分の父親だと誤解するヤツは、この世に二人しかいない。年齢を考慮すれば、王家が人質に取った方のガキだと察しはつく」
「そっか、お父さんを知ってたのか…」
初めからだといわれても、やはりという思いの方が強かった。なぜか安心さえ感じてしまう。もしかしてボクは、この人の冷たさすら好きなんだろうか。だとしたらボクも少し趣味が悪い。
「悟飯、これがなんだかわかるか?」
ターレスが箱からつまみ出して、ボクに示したものは、植物の種のようだった。見たことのない形をしていたが、それほど大きくはない。
首を傾げたボクに、ターレスは低く笑った。
「神精樹の種だ」
「しんせい、じゅ…?─── まさかッ!!じゃあ、追われてるのは、そういうことなのか!?」
「そう、これを王家から盗み出したからさ」
神精樹、別名を星を殺す樹といわれる。一度大地に根付いたら最後、その星の全ての養分を吸い取り、死の星に変えるまで決して枯れないからだ。神精樹の実を食べれば強大な力が手に入るといわれているが、その分代償は大きい。戦闘民族であるサイヤ人ですら、星を殺すその樹の使用だけは禁じたといわれている。
「伝説かと…」
呻くように呟けば、ターレスはにやりと笑った。
「王家が隠してたからな。盗み出すのに苦労したぜ」
「ターレス!それだけは、ボクは、させるわけには…!」
「ばあか。なにをいきり立ってやがる。これを手にしたのは何年も前の話だ。使う気ならとっくに使ってるぜ」
「じゃあ…、使わなかったのか?ならどうして、盗み出したりなんかしたんだよ」
ターレスは、わずかに目を細めてボクを見た。
「使うつもりだったさ。だが、使う前に、オレはスーパーサイヤ人を見てしまった。絶望したぜ。神精樹の実がどれほど強大な力を与えてくれても、あれを超えることは出来ないとわかってしまったからな」
「……その、スーパーサイヤ人が」
「そうだ、カカロットだ。お前の父親だよ」
どくんと、心臓が大きな音を立てた。けれど、ターレスの顔に深刻さはなかった。むしろ、上機嫌に見える。
「別に、恨んじゃいないさ。あの時はさすがにムカついたけどな。だが、こうしてお前に会えたことを考えれば、オレはむしろ幸運だったぜ。お前のその力を見るだけで、ゾクゾクする」
「いつから気付いてたんだ?その、ボクの素性じゃなくて、力のほうは」
ボク自身でさえ忘れてしまって、欠片も引き出せなくなっていたのに。王宮の人たちだって、誰も気付いていなかっただろう。あんなやり方で解放させられたことにはまだ、納得できないところがあるけど、それでもよく気付いたなと思う。
半ば感心して見れば、ターレスはますます楽しそうな顔をした。
「それも、最初からだ。初めて会ったときから、オレにはお前の力が見えていた。お前がそれを押し殺しているのもな。ダイヤの原石を見つけた気分だったぜ?こんなに強い力を持っているのに、誰にも磨かれていない。引き出してやることを考えたら、久しぶりにワクワクしたぜ」
ボクは立ち上がり、ターレスのもとへ歩いていった。薄い影が重なるほど近く立って、彼の顔を見つめる。今ではもう、父さんに似ているとは思えなかった。
「それで、満足したのか?それともまだ、なにかしたいの?」
「まだまだ足りないな。お前、自分の力がわかってないだろう。せいぜい、アモンドくらいの強さになったとでも思ってるんだろう?バカが、今のお前ならカカロットとも互角だろうよ。だが──── まだ足りない。お前はもっともっと強くなれる。スーパーサイヤ人以上にだ」
ボクは、溜息をついた。
「ほんとに、ひどい。ボクが裏切るとか刃向かうとか、全然考えてないだろ?仲間になるなんて、まだ一言もいってないのに」
「なんだ、オレを裏切りたかったのか?くくっ、いいぜ、やって見ろ。今のお前なら、オレを殺せるだろうよ」
ほらと両手をわざとらしく広げた男を、ボクはじっと睨み付けた。するとターレスは、少し優しい顔になって、その大きな手でボクの頬を撫でた。
「なぁ、悟飯。オレはお前が欲しいんだよ。力だけじゃない!その頭脳も、心も、なにもかもが欲しいんだ。お前だってわかってるだろう?どうするのが、一番賢い選択か。オレのものになれ。お前の命の使い道を、オレが与えてやるよ」
冷たくて、甘い誘いだ。この手を取れば、ボクはきっと幸せになれるだろう。ダイーズやみんなと、この船で暮らして、色んな星を旅して。きっとじゃなくて、絶対に楽しい。それで最後に、ターレスに利用されて殺されても、ボクは笑っていられる自信がある。
だってターレスは、最後までボクの手を離さないでくれるだろうから。この人は嘘つきで、冷酷で、無慈悲な人だけど、でもそれが全てではない。全てだったら、どんなによかったか!全てが嘘だったなら、ボクはいっぺんの迷いも抱かずに、この船を去ることが出来ただろう。
だけど、本当に優しいところもあるんだ。本当に愛情深いところもあるんだ。
「ターレス」
そしてなにより、ボクはこの人が好きだ。この人に利用されて死んでもいいと思う程度には、この人が好きだ。
「ボクは、あなたとは行けない」
声が震えなかったことだけが、救いのように思えた。
「王宮に戻るよ」
温かな手が、ぴたりと動きを止めたのがわかった。ボクは一歩後ろに下がり、完全に彼から離れた。
ターレスは冷ややかにボクを見ていた。
「戻ってどうする?お前が倒れてからの一週間、オレはラカセイに命じて王宮を見張らせていた。お前がいなくなったことで、騒ぎが起こるんじゃないかと思ってな。だが、驚いたぜ。誰もお前を探しに行かなかった。それどころか、お前の失踪を噂するヤツさえいなかったんだ。王家にとってお前の価値なんてその程度だ!いなくなっても、今さら困らない。そんな場所に戻ってどうする?」
ターレスの目が、射抜くように鋭くボクを見た。それでもボクは目を逸らさなかった。逸らしたくなかった。最後の最後まで、この人を見ていたかった。
「それでも、ボクは戻らなくちゃ行けないんだ。人質になるって決めたのはボクだ。誰のせいでもない、ボクが決めたことだ。だから、最後まで、役目を果たさなくちゃいけないんだよ」
「最後まで?いったい、いつが最後になるんだ?お前の存在なんて、もう誰も覚えちゃいないだろう」
「ベジータ王子は覚えてくれてる。あの人が即位したら、人質はなくなるんだ。そう約束してくれた。だからボクは、それまで待つよ」
ターレスが、信じられないものを見るような眼でボクを見た。それでもボクはなんとか笑ってみせる。あぁ、やっぱり、ボクはこの人が好きだ。
「今まで、色々ありがとう。気を、つけて…」
「─── お前がそんなに愚かだとは知らなかった。オレの、見込み違いだったな」
その声だけで、ボクのすべてが切り捨てられたのだとわかった。
本当にひどいな。自分のものにならないと悟った途端に、残酷になれるんだから。さっきまでの優しさが全部嘘みたいだ。もうこの人の中でボクは、道端の雑草よりも価値がないんだろう。
なんとか足を動かして、ドアの所まで歩いた。最後に振り向くと、彼はもうボクを見ていなかった。悲しいけど、少し安心した。
ターレスは、ボクがいなくなっても、悲しいとは思わないだろう。
宇宙船を出た途端に、涙が流れた。
本当は寂しい。今すぐ引き返して、ターレスに謝ってしまいたい。
でも、人質になると決めたのはボクだ。たとえお父さんがボクを忘れたとしても、ボクは最後まで責任を果たさなくてはいけない。ボクが決めたことなんだから。
家族の中に居場所がなくなってしまったら、また作ればいい。少なくとも、そのために努力することは出来る。弟がボクより強くても、ボクは弟が可愛いのだから。
でも、ターレス。
できることならボクは、自由になってからあなたに会いたかった。
まだ続きます。次でラストかな?