夜中の内にこっそりと王宮の自室へ戻り、泥のように眠った翌朝、食事を運んできてくれた女官はボクの顔を見るなりお盆を落とした。
「ええっと…、すみません。もしかして、あなたが黙っていてくれたんですか?」
「ち、違います…!申し訳ありません、すぐに、新しいものをお持ちしますので…!」
 ヒューマノイドタイプの、まだ若い女性は、そういうなり部屋を飛び出していってしまった。彼女が食事を運んでくれるようになってから、まだ一ヶ月くらいだ。ボクの身分を慮って黙っていてくれたと考えるのは、さすがに楽観的すぎたらしい。
 でも、じゃあ、いったい、どうなっているんだろう?ベッドの上であぐらをかいて首を傾げていると、強い気が近づいてくるのがわかって、ボクはぽんと手を打った。
 なるほど、あの人か。
「なぜ、戻ってきた」
 勢いよくドアを開くなり、ベジータ王子は厳しい眼差しでボクを見た。



「あの、ボクは逃げ出した訳じゃなくてですね。出かけた先で風邪をこじらせてしまって、動けなかっただけなんです…」
「ふぬけめ」
 一刀両断に言い捨てられて、ボクは返す言葉を失う。でも、本当のことは殺されても言えないから、仕方ないか。
 ベジータ王子は壁により掛かり、腕を組んだ格好で短く舌打ちした。
「オレはてっきり、貴様がようやく家に帰ったものと思っていたんだ。だから隠しておいてやったのに、のこのこ戻ってきやがって」
 ひどい言われようだ。でもこの人の気持ちもわかるので、素直に頭を下げた。
「すみません」
「まぁ、いい。どのみちあと三ヶ月だ」
「三ヶ月?」
 オウム返しに尋ねれば、ベジータ王子はいっそう目つきを悪くしてボクに言った。
「貴様もあと三ヶ月我慢しろ。三ヶ月で家に帰してやる」
 それはつまり、あと三ヶ月で即位するって事か?ええ!ちょっと、まずいんじゃないのかな。こんな盗聴対策もされてない部屋でそんなこといって、無防備すぎないか?
 ボクが心配を露わにしていると、王子はとても不敵に笑った。
「本当なら、今すぐでもいいくらいだがな。仕方ない。ここまで待ったんだから時期を見ろと、うるさくいうヤツもいるからな」
 それは十中八九ブルマさんだろうなあ。でもそうか、あと三ヶ月で望月がやってくる。サイヤ人の王として即位するには最高の季節だ。
「じゃあ、楽しみにしてます」
 にこりと笑ってみせる。だけど心からは喜べなかった。今のボクには三ヶ月は長すぎた。
 三ヶ月後にあの船を追っていったら、彼はボクを受け入れてくれるだろうか?いいや、ありえないな。
 あの人を忘れることの方が、マシな選択だろう。それが、とうてい不可能なことに思えても。



 王宮に戻ってから一週間が過ぎた。
 ボクは城下町に出かける気にもなれなくて、毎日図書室と部屋を往復して過ごしていた。
 ボクの失踪はベジータ王子が徹底的に箝口令を引いてくれたらしく、特に叱責もないまま、静かな生活に戻ってきていた。
「──── でも、今日はやけに騒がしいな」
 図書室で借りてきた本を胸に抱えて、ボクは空を仰いだ。先ほどから何人も、王宮の上を飛び回っている気配がする。普段ならあり得ないことだ。上空から地上を探るということは、誰か行方不明にでもなったんだろうか?王宮警備隊隊長の人も、さっきもの凄い形相で廊下を走っていったしな。
 これは騒がしいというより、殺気立っているといったほうがいいな。いったい、何があったんだろう。今日は早めに部屋に戻ったほうがいいのかな。
 そんなことを考えながら歩いていると、前から数人のサイヤ人が走ってきた。
「クソッ、どこにいった!?」
「早く見つけ出してつかまえろ!」
「いや、捕まえるな!見つけたらベジータ王子に報告するんだ!王子の命令だぞ!」
 なんだか混乱してるなあ。でも、要するに不審者が侵入したって事なのか。サイヤ人の王宮に忍び込むなんて、その不審者もいい度胸してるよな。
 感心しつつも、巻き込まれたくはないので、ボクは廊下の端に寄った。建物の影になる場所を選んで、うつむいたまま通り過ぎる。何事もなくサイヤ人の一団が遠ざかっていって、ホッと息を吐いたとき、何かが腕を掴んだ。そのまま抵抗する暇もなく、建物と建物の間の狭い隙間に、引きずり込まれる。
「─── 離せッ!」
 がむしゃらに振り払い、顔を上げて、ボクは息をとめた。
「ずいぶんな挨拶だな、悟飯」
 世界が、とまった気がした。
「ターレス─── っ!!」







 ベジータはブウ戦のイメージです。だいぶ丸くなった感じの。