その日のピッコロは、非常に夢見が悪かった。
 当の昔に一つとなったはずのネイルが、
「お前はいい加減、弟子離れをした方がいいのではないか」
 などと言いながら目の前に現れたからである。
 何だいきなり、とはピッコロは言わなかった。ネイルや神が、夢という媒体を介して語りかけてくることは、ときたまあったからだ。もっとも、こんなふざけたことを言われたのは初めてだったが。
「孫悟飯は地球人なのだぞ。我々ナメック星人とは、根本的に違うのだ。幼いころならばともかく、もう十分に大きくなった。なにより、学校に通い始めたじゃないか。いつまでもお前やデンデとばかり共にいたら、あの子の教育に良くなかろう」
 悟飯が三日に一度は神殿に遊びに来ていることをいっているらしい。長い間ピッコロの内にいるために、いつの間にか第二の師の様な心情に、この同胞は勝手になっている。
 あの子呼ばわりに軽く苛立ちながらも、ピッコロは無表情に徹した。
「オレが来いと言っているのではない。悟飯が勝手に来ているだけだ」
「しかしだな」
「そもそも、オレがいつ、弟子離れが必要なほどアイツに構っていた。甘やかした覚えなど一度もないわ」
 どちらかといえば、優しくしてやれなかったという後悔のほうが、淡く残っている。悟天やトランクスの、やんちゃで、自由で、時に手に負えないほどわがままで、素直な姿を見るたびに、胸がうずくのだ。
 しかし目の前の同胞は、半眼になって言った。
「何をいうか。お前はいつもいつも、孫悟飯に何かあるたびにすっ飛んでいくではないか。フリーザのときも、ターレスのときも、スラッグのときも、クウラのときも、メタルクウラのときもそう。それに人造人間たちのときも、ブロリーのときも、ボージャックのときもそうだ。甘やかしてはいないかもしれんが、十分に過保護だろう」
 ピッコロは、沈黙した。



師匠と弟子の正しいカンケイ



 そんな忌々しい夢を見た、よりによってその翌日にブロリーが再び現れるなど、何か嫌な因果が巡っているとしか思えない。
(ネイルめ、まさか奴に気づいていたのではあるまいな!)
 ありえないとわかっていても、毒づきたくなる程のタイミングの良さだ。
 ピッコロは大気を切り裂いて闘いの地を目指しながら、悟飯の動きを感じていた。
 悟天とトランクスだけでは、勝ち目はない。それはわかっていたから、悟飯の気が入り込んだときには、内心で胸をなでおろした。
 だがしかし、このまま行けばまたしても、悟飯の危機に間に合いそうだ。いや間に合わなくてはまずいのだが、いやしかし。
(……過保護だろうか?)
 ネイルに言われたことが、頭の中をグルグルと回っている。
 別に、今までとて、悟飯を助けるために戦っていたわけではない。それは揺るぎない事実だ。
 悟飯の師匠である前に、自分は一人の戦士であり、高みを目指すものだ。強者との戦いを望むし、ましてそれが敵意ある存在ならば、喜んで戦場へ赴く。確かにナメック星人は、基本的には穏やかで争いを好まず、いくら戦闘タイプといえども、サイヤ人ほど戦闘狂いではないが。
 それどもピッコロは、ナメック星人としても、戦士としても、己に誇りを持っている。
(そうだ、何も悟飯を助けに行くわけではない)
 ただブロリーと戦いに行くだけだ。
 その過程で、弟子を助けることも、もしかしたらあるかもしれないが、それはあくまでついでだ。
 目的はブロリーであって、悟飯ではない。
 ピッコロは、うむと一人頷いて、さらに速度を上げた。

 戦いの場まであと少し、というところで、前方に見知った影が見えた。
「ピッコロ!やっぱり来たんだな!」
 手を振っている姿を見ても、速度を落とさなかったピッコロは、クリリンの一言で急停止した。
「……やっぱりというのは何だ」
「え?なにって、お前もあの気を感じたんだろ?」
 ピッコロは、うむと頷いた。ここまではよかった。だが、クリリンが続けて、
「悟飯も頑張ってるみたいだけど、相手もとんでもねぇよ。正直、オレなんかが行っても助けになるか不安だったから、お前が来てくれてよかったぜ。やっぱ、悟飯のピンチにはピッコロだよな!」
 と、朗らかにいったので、ピッコロの眉間には、深い深い皺が刻まれた。
(……やはりオレは過保護なのか…)
 そんなはずではなかった。人一倍、いや二倍も三倍も、スパルタであったはずだ。
 しかしネイルには説教され、クリリンには笑われる。ピッコロの自信はぐらぐらと揺らいでいた。
「早く行こうぜ!悟飯の気も、けっこう減っちまってる」
 ピッコロは心の中で呻いた。クリリンの言うとおり時間はない。迷っている暇はない。
 しかし、ここでまた師匠の自分が出て行くのはよくないのではないか。悟飯のためにならないのではないか。
 気を探ってみれば、ブロリーと悟飯はほぼ互角だ。助けに行くのはクリリン一人でも十分かもしれない。それにここまでくれば、悟飯たちまであと僅かだ。いざとなれば、クリリンが役に立たないとなれば、そのとき自分が助けに行くのでも遅くないのでは。
 元大魔王かつ元地球の神は、地球人ナンバー1に対して非常に失礼なことを考えて、うむと頷きかけ、はっと目を開いた。
(しかし、オレが行かなくては、悟飯が心配するのでは…!?)
 なんといっても、小さい頃から、本当の危機には必ず手を貸していたのだ。
 それが今日に限って姿を見せなければ、あの甘くて素直で心根の優しい弟子のことだ。『ピッコロさん、もしかして具合が悪いんじゃ…』などと不安がるかもしれない。
「おい、ピッコロ?どうしたんだよ?」
 ピッコロは無言でクリリンを見据えた。クリリンの愛嬌のある顔が、びくりと揺れる。
「な、なんだよ…、どうかしたのか?」
 ピッコロは無言でクリリンの頭上に手を置き、一瞬のうちに、彼の服装を自分と同じものに変えた。クリリンの目が、真ん丸く見開かれる。
「なっ、ななななっ、なにすんだよー!?オレの服!!なんでオレがお前とお揃いにならなくちゃいけないんだよ!?戻してくれよ!あれは18号がオレのために選んでくれた服なんだぞー!」
「奴が片付いたら戻してやる。早く行け」
「はあーっ!?お前はどうするんだ、行かないのかよ!?」
「オレは行かん。いいからさっさと行け!」
 乱暴に言い放つ。クリリンのこの服装を見れば、悟飯もきっと、自分が見守っていることを悟るだろう。
(今回は、オレは手出しせんぞ)
 そもそもブロリーくらいは、悟飯一人で倒せなくてはならないのだ。うむ。
 一人頷くピッコロとは対照的に、クリリンは顔にくっきりと『わけがわからない』と浮かべていたが、ふたこと、みこと文句をいうと、すぐに諦めたように体の向きを戻した。ピッコロから悟飯の方へと体勢を変えて、『終わったら絶対に戻してくれよ!』と叫んで飛び去っていく。
 そして少し離れた所で、
「よくわかんないけど、まぁいっか。一度ピッコロみたいに、ピンチに颯爽と登場してみたかったもんなー。ははっ、悟飯のやつ驚くだろうな〜」
 と呟いたのは、当然ばっちり聞こえていたが、ピッコロはただ、眉間の皺を増やすだけで耐えた。






 ──── 何度自問自答しても、客観的に見ても、過保護であったことなどない。
 数日後、ピッコロはいつものように瞑想しながら、そう結論付けていた。
 マグマに呑まれかけていた悟飯は、間一髪でクリリンが助け出し、悟天と悟空の力もあって、ブロリーを退けることはできた。
 それはいいのだが、冷静になって考えれば、自分が助けに行っても問題なかったではないか。わざわざクリリンの服装を変えて、悟飯をがっかりさせる必要がどこにあったのか。そのせいで(かもしれんが)、悟飯がここ一週間姿を見せない。
 ピッコロは、クリリンを行かせたことを微妙に引きずっていた。
 心静かにして考えれば、やはり、自分はスパルタ教育だった。
 四歳の子供を荒野に放り出したのだから、これがスパルタでなくてなんだろう。甘やかすどころか、自分も孫も厳しすぎて、いつ悟飯が悪の道に走ってもおかしくないほどだったではないか。
 まれに、優しくできた事もあったが、そのくらい何だ。自分くらい、たまには守ってやらなくては、あまりに悟飯が不憫ではないか。
(そうだ、そもそも孫が悪い)
 あの男がもっと父親らしく振舞っていたら、自分がこんなにも悟飯を気にかけることはなかっただろう。たぶん。
 孫悟空という人間に、家庭人として、いや地球人としての振る舞いを期待する気など、ナメック星人の自分でさえサラサラないが、それにしたって、あの男は時に行き過ぎる。
 遠くを見すぎて、足元が見えなくなる。その足元には、いつだって悟飯がいたのに。
 ピッコロは静かに息を吐いた。戦友が死んでからもう何年にもなるが、あの頃の記憶は月日を経ても色鮮やかで、それゆえ自分は、あの弟子に構いすぎるのかもしれない。
 そこまでをグルグルと考えて、ピッコロは近づいてくる気配に気づいた。ピッコロの瞑想の邪魔にならないようにと、気を抑えて、静かに飛んでくる、馴染み深い気配。
 ピッコロは瞑想をやめて、神殿におりたった。弟子はすぐに姿を見せて、子供の頃から変わらない口調で自分の名を呼ぶ。
「ピッコロさーん!」
 ピッコロはその声で、肩の力が抜けるのを感じた。
 昔からそうだ。あの弟子の、嬉しそうな顔を見ると、怒りも憎しみも、恨みも悩みも、なにもかも ──── バカらしく思えてくる。

 ピッコロが胡坐を組んだ隣に、悟飯がにこにこしながら座る。
 ミスター・ポポが出してくれたお茶を、礼をいって受け取り、また、にこと笑う。
「ピッコロさん、この間は、ありがとうございました」
「…なんのことだ」
「ブロリーと戦ったときですよ。ピッコロさん、近くにいてくれたでしょう?クリリンさんが、ピッコロさんと同じ格好してたから、すぐにわかりました」
 近くにいたのになんで助けてくれなかったんだ、などとは決して言わないし、考えもしないところが悟飯である。
「…礼をいわれるような事はしていない」
 事実だ。いつもなら照れ隠しに近い台詞だが、今回に限ってはまぎれもなく事実だ。
 近くにいただけ。助けに行ったのはクリリンだ。そこはかとなーく憂鬱になっていると、弟子は目を丸くして、
「そんなことないですよ」
 と、いった。
「ピッコロさんが近くにいてくれるってわかっただけで、すごく心強かったです。本当です。頑張らなきゃって思いました」
「……そうか」
「はい!」
 真剣な顔でこちらを見つめる弟子に、ピッコロは微かに笑った。
 それを見て、悟飯もぱっと表情を明るくする。
 花が咲くような満開の笑みを見つめて、ピッコロは心の内で苦笑した。

 何もかもが、どうでもいいと思えるときがある。過保護でも、過保護でなくとも。スパルタでも、甘やかしていても。
 この笑顔の前では、なにもかもが、些細なことではないか。
 ピッコロはそう思い、そう思う自分に苦笑した。苦笑しながらも気分は良く、柔らかく溶けていくような穏やかさで。
 久しぶりに頭を撫でてやると、悟飯はまた、くすぐったそうに笑った、





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