守りたかったものは、何だったか。
大切にしていた人は、誰だったか。
春
家からそう遠くない、開けた草地に、その墓はあった。
墓といってしまうことが辛い。父親が遠くへ行ってしまったのは、昨日今日の話ではないのに、いくら時間がたっても悲しみがまるで薄らがない。
父親だけでなく、他の仲間たちもみんな、遠くへ行ってしまったからかも知れない。毎日、毎日、お父さんが生きていてくれたらと思う。時計の針が進むのと、思いが募るのは一緒で、一秒ごとに、思慕ばかり積もっていく。
パオズ山は、穏やかな晴天だった。のんびりと晴れ渡る空を、薄い雲が泳いでいく。鳥の歌う声が、そよ風に乗って響き渡り、草の揺れる音とともにハーモニーを奏でている。
人造人間によって破壊され尽くした都市など、まるで別世界のことのようだ。
ここは昔と変わらない。みんなが生きていた頃と。ここから世界を見渡せば、何もかもが悪い夢だったような気さえしてくる。
そんなはずが、ないのだけど。
悟飯は、父の名の刻まれた石の前に降り立って、そのまま、糸が切れたように、がくりと膝を着いた。
「おとうさん……」
呼びかければ、それだけで涙が溢れ落ちていく。もう枯れ果てたと思っていた涙に、まだ残りがあったのかと、場違いなことをぼんやりと考えた。
おとうさん。
心の中で呼びかける。誰よりも大きくて、優しくて、強かった人。今の自分の姿を見たら、どう思うだろうか。怒られるだろうか。それでもいい。いっそ怒られたい。あの心地よい声で叱って欲しい。
そうでなければ、もう、これ以上、立ち上がることもできない気がするから。
涙で視界が滲む。悟飯はぼんやりと父の墓を見つめた。今まで、何回も、何十回もここに来た。自分を励まし、慰め、奮い立たせてきた。
「でも、もう、あきらめてもいいですか……?」
諦めてもいいですか。闘うことも、立ち上がる事も、諦めてもいいですか。だってもう、みんな遠くへ行ってしまった。みんな、せめて悟飯だけは生き延びろと、そういって行ってしまった。もう帰ってきてはくれない。もう誰もいない。大切な人は、みんなみんな遠くへ行ってしまった!
自分はだれ一人守れず、ただ守られて、ここまで帰ってきた。
母は決して自分を責めなかった。抱きしめて、よく帰ってきたと泣いてくれた。おかあさん、ごめんなさい。ただそう繰り返す自分を、抱きしめて一緒に眠ってくれた。ここにいればいい、もうずっと、ここにいればいいんだ。囁かれる言葉を子守唄にして、夜を眠った。
もう、ずっと、ここにいてはいけないだろうか。
父の石と、風に揺れる草花を眺めて、悟飯はぼんやりと思った。世界が滅びてしまうまで、ずっとここに、母と二人で静かに暮らしていてはいけないだろうか。だってもう、戦う力がないのだ。あったはずの何もかもが、どこかにいってしまった。
手の中には、何もない。
「あきらめても、いいですか……」
風に囁いた。天国まで届けばいい。情けない息子でごめんなさい。情けない弟子でごめんなさい。
でも、立てないのだ。足がふらついて歩けない。悲しみが茨のように全身に巻きついて、痛みばかりが絶え間なくやってくる。父の、師匠の、仲間たち一人一人の顔を思い出すだけで、体中が悲痛で焼き尽くされる。灰になってもなお、胸の奥は潰されて、息ができなくて、必死で顔を上げても、もう誰もいない。
涙を拭う気にもなれず、ぼうっと空を見上げた。あの向こうに、みんながいるのだろうか。あちらへ行けば、みんなに会えるのだろうか。なら、怖いことは一つもないじゃないか。
そのとき、不意に、近づいてくる気配を感じて、悟飯はのろのろと顔を拭った。呼吸を整えて、心をしまいこんで、ゆっくりと振り返る。
「ここにいたのね、悟飯くん」
「ブルマさん……、トランクスも……」
藤色の髪を風にそよがせて、ブルマが立っていた。
昔の話。続きます。