「ピッコロさん、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「ボクって、抱き潰しやすいですか?」
ぐふうと、サンドウィッチを喉に詰まらせてむせ返ったのはクリリンで、咳き込みながら見上げれば、そこには、座禅を豪快に崩してあからさまにうろたえているピッコロという、世にも珍しい光景があった。
午後のお茶会
秋風が、赤く染まった葉をひらひらと舞い散らすような昼下がり。
孫家とクリリン一家は、そろって神殿へ遊びに来ていた。といっても内情は、ブルマとチチ、それに18号の女性三人組がショッピングへ出かけてしまい、残された男たち、特に豊富なオモチャなど持たない家の男たちが、遊びに行こうとわが子にねだられ引っ張られ、他に思いつく場所もなくたどり着いた場所が神殿だっただけである。
ちょっとバチ当たりだよな〜と、クリリンは初めびくびくしていた。そもそもカリン塔が、自力で登る事を義務付けられた塔だというのに、その上の神殿に子連れで遊びに来たら、現神様はともかく、元神様に怒られるんじゃなかろうか…。そう思ってピッコロの顔色を伺ったのだが、悟空・悟天とともにやってきた悟飯が、駆け寄っていった瞬間、その心配は霧散した。元神様のご機嫌は、その表情こそ変わらなかったものの、明らかによくなっていたからだ。
まったく、かつての大魔王も、弟子の前ではかたなしだ。
神殿を訪れるのはブウとの戦い以来のマーロンは、悟天と手をつないで探検に走り回っている。こうして見ていると、小さな子犬が戯れているような可愛らしさだ。ときどきデンデが二人の巻き添えを食らって、あたふたしているところも微笑ましい。
はしゃぎまわる歳ではない大人組みは、18号とチチが作り置きしてくれた軽食を並べて、のんびりとたべっていた。そう、だべっていたのだ。
悟飯が、とんでもない事を言い出すまでは。
「ボクって、抱き潰しやすいですか?」
そ、そ、それはいったいどういう意味なんだ悟飯ー!!とは、さすがに言えなかった。いかにクリリンでも、大魔王が恐ろしくて叫べなかった。ただパクパクと口を動かしていると、必死に体勢を立て直したピッコロが、抑えた声でいった。
「それは……、どういう意味だ……?その、誰かに、抱き潰されたということか……?」
ボキャッと何かが壊れる音がした。見ればピッコロの手の下で、神殿の床石が見る見るうちに破壊されていっている。空気がミシミシと音を立て、クリリンは思わず腰を引いた。というか、まず、おまえじゃなかったのか!とつっこみたい。悟飯を抱き潰すなんて恐ろしいことができるのは、この大魔王しかいないと思っていたのに!
「えーっとですね。よく覚えてるのはセルと…、ボージャックだったかな?ボク、昔からけっこう、そういう攻撃されることが多くて」
クリリンとピッコロは、同時に、ほっと息を吐いた。
ああ、なんだ、そういう意味か。クリリンは及び腰になっていた姿勢を、やれやれと元に戻した。しかし話はそこで終わらなかった。
「てっきり、ボクが小さいから仕掛けやすいのかなと思ってたんですが、この前ブロリーと闘ったときもやられて……。ボク、そういう隙があるんでしょうか?抱き潰しやすいような」
悟飯はもう少し、言葉を選んだほうがいい。クリリンは心底そう思った。ちなみにあの抱き潰しには、正式な技名があったはずだ。思い出せないけど。悟空がいちいち技名まで教えていたとも、到底思えないけれど。というかそもそも悟空が技名を覚えてなさそうだけど。
しかし、こういう時に空気を察せないのは、孫家の血筋なのか何なのか。どうなんでしょう?なんて、のほほんと首を傾げている悟飯に、息子に輪をかけて空気を悟れない父親が、あっさりといった。
「じゃあ、試してみっか?」
「どうやってですか?」
「そーだな。悟飯はその辺に立って、一応構えも取ってろよ。オラが抱き潰してみるから」
恐ろしいことに悟飯は素直に立ち上がり、素直に軽く身構えてしまった。クリリンが止める隙も、ピッコロがバカな提案はやめろと握りつぶす余裕もなかった。
「でもおとうさん、手加減してくださいね?」
「わかってるって」
かるーくいうが早いか、悟空の姿が消える。瞬きすら待たずに、悟空が悟飯を抱きしめていた。
「 ─── くっ…!」
手加減しているといっても、さすがに息が詰まったのだろう。悟飯が、微かな喘ぎを零す。それでも悟空を力を緩めず、両腕の気をいっそう強めていく。
はっきりいって、変だ。クリリンはどん引きした。異様だ。なんだかヤバイ光景だ。ぎゃーと叫んで逃げ出したい。だけどあまりにアレな光景に、体が硬直して動けない。
技を仕掛けているだけとはわかっていても、これはあんまりじゃないだろうか。なんだってブロリーもこんな技を仕掛けたんだ。そういや確かに、セルも昔悟飯を抱き潰していた。なぜだ。自分だったらどんな敵が相手でも、あんな技は仕掛けたくないぞ。場合によっては相手の血も汗も、自分の肌にぴたっとくっつくんだぞ。怖えぇ。なんて恐ろしい技なんだ。
ああ、気円斬はいいよな…遠くから仕掛けられるって最高だよな……と、クリリンが半ば意識を飛ばしかけた頃、ようやく悟空の気が済んだらしい。両腕がだらりと下がり、途端に悟飯がしゃがみこんだ。
「おとうさん…っ!手加減してくれるって、いったじゃないですかぁ…」
「やー、わりぃわりぃ。つい力が入っちまった」
はははーと笑い飛ばす父親に、悟飯も仕方ないなという顔をする。うん、いつ見ても立場が逆な親子だな。
「どうでした?どこかに隙がありますか?」
元の場所、つまりはピッコロの隣に腰を下ろして、悟飯が尋ねた。
悟空はうーんと腕を組んで考え込み、ややあってへらっと笑った。あ、いやな予感。悟空がこういう風に笑うときはたいがい。
「わかんねえや、ははっ」
がっくりと、クリリンは肩を落とした。いうだろうと思ったよ。ピッコロなんか、眉間にふかーい皺が刻まれてるじゃないか。
「そりゃねえだろ、悟空。あんだけやっておいてさあ。何かアドバイスしてやれよ」
他のことはともかく、戦いなら専門分野なんだから、そこで父親の威厳を見せなくてどうするんだという気持ちも込めて抗議する。クリリンが半眼になってじーっと見つめると、悟空は首を捻っていった。
「そうだな、うーん……。でっかくなったなあ、悟飯」
「……はい?」
姿勢を正して父親の言葉を待っていた悟飯が、気を抜かれたような声をもらした。
「昔はこーんなに小さかったのになあ……」
床石からわずか数センチのところに手をかざして、しみじみと悟空がいう。おいおい、そんなに小さくはなかっただろ。それじゃ小人じゃないか。
「孫…、それはアドバイスのつもりか?」
「いや?オラの感想。でっかくなったなあと思ってよ」
「悟空……。おまえ、技を仕掛けながら、そういう事を考えてたのか?悟飯がでっかくなったなあって?」
おうと、悟空がかるーい調子で頷く。途端に、クリリンとピッコロの口からはため息がもれたが、当の悟飯は明るい笑い声を上げた。
「昔はよく、おとうさんの足にくっついてましたよね」
「そうそう。こーんな小さくってよ。まさかオラと同じくらい大きくなるとはなあ、たまげたぞ」
「おまえだって昔は、オレと同じくらいの身長だったじゃないか」
「ははっ、そうだったな。久しぶりに会ったらクリリンが縮んでて、びっくりしたんだっけ」
「おまえがでかくなってたんだよ」
それに、これでも少しは伸びたのだ。そりゃあ悟空ほどは伸びなかったけど。いつの間にか悟飯にも抜かされてたけど……。
ちょっぴり切なくなっていると、取り成すかのように、悟飯が紅茶を入れてくれた。チチさんが用意してくれたらしいティーバックを、ゆるく回して、どうぞとこちらへ渡してくれる。気が利くなあ。親友には期待できない心配りだ。
程よい温さの紅茶をずずっと啜って、サンドウィッチで渇いた口の中を潤していると、それでも一応、戦闘の専門家として考えたらしい悟空がいった。
「抱き潰しやすいかどうかはわかんねえけど……、ただ、悟飯は相変わらず、仕掛けやすいよな」
「仕掛けやすい、ですか?」
「ああ。なんちゅーか、パッと見の怖さがねえんだ。だから仕掛けやすい」
「ああ……、そりゃまあ、悟飯だからなあ。しょうがないだろ」
「お前とはタイプが違うんだ。仕方あるまい」
口々にたしなめられて、悟空はぽりぽりと頭をかいた。
「別に、悪いなんていってねえさ。ただ、仕掛けやすいなあって……」
「ええっと、それはつまり…。もう少し、キリっとした方がいいって事ですよね?」
悟飯は、たぶん、父親に助け舟を出したつもりだったんだろう。
だが大人三人は、うっと言葉を詰まらせて、押し黙った。
(キリっと……?)
クリリンが横目でちらりと親友を見やると、同じようにこちらを見ていた親友と目が合って、テレパシー交信ができた気がした。間違いなく、悟空は自分と同じ事を考えている。たぶんピッコロも。
老界王神の修行を受けたという悟飯が、ブウとの戦いを終えてもしばらくの間、言動が怪しかったことがまざまざと思い出された。
キリっとしていた……といえば、していたかもしれない。あのときの悟飯なら、仕掛けやすいってことはまずなかっただろう。あのベジータでさえ唖然としていたくらいだ。ベジータが影で、こっそりと悟空に、『あいつは頭を強く打ったのか?』と尋ね、あまつさえ『ブルマに診せたほうがいいんじゃないか』と心配しているのを聞いたときには、なんだか涙が出そうだった。
ただ、まあ、悟飯のアレは、今に始まった事ではないのだ。長い付き合いのクリリンはよく知っていた。悟飯のアレは昔からだ。昔から悟飯は、力に酔ってしまう体質だった。
酔うといっても、驕るというより、酔っ払うというほうが近い。前にウミガメが、武天老師さまの秘蔵の梅酒(アルコール度が恐ろしいほど高い)を間違って呑んでしまい、『わたしはっ、空を飛べるっ、カメですーっ!』なんて言い出して大変だったことがあるが、ニュアンスとしてはあんな感じだ。悟飯は普段使わない力を爆発させると、どうしても理性が怪しくなる。
本来、武道家ならだれでも、力の誘惑との戦い方を知っているものだ。力っていうのは結構おそろしいもので、強くなれば強くなるほど、自分が何でもできるような錯覚に陥ったり、力で願いを叶えてしまいたい衝動に駆られる。暴力は、武道家にとって、ものすごく甘い罠だ。悟空のように平然としていられるのは、例外中の例外だろう。誰だって揺れるときはあるし、耐え切れずに道を踏み外す奴もたくさんいる。みんなそういう繰り返しの中で、力の誘惑から身を守る術を学んでいくのだ。
悟飯が、力に酔っても(あげく言動がだいぶ危ないことになったりしても)決定的に間違えることがないのは、生来の優しい気質ゆえだろう。ただ、その気質のために、悟飯は力への耐性がつかない。悟飯は根本的に武道家じゃないと、言い換えてもいい。もともと『夢は学者さん』なのだ。必要じゃなければ力を使わない、膨大な潜在能力をどこかにしまって置くような悟飯は、どれほど厳しい修行を積んでも、真に力を解放するときには、力に酔ってしまう。あるいは、悟飯の力が、一人の人間が抱えるには巨大すぎるせいなのかも知れないが、こればっかりは、どうしようもない。
ピッコロのスパルタ教育でも、悟空の実戦的アドバイスでも、身に付かなかったのだ。頑張っても酒を飲めないやつがいるのと一緒で、頑張っても力に慣れないやつもいるんだろう。悟飯が悪いわけじゃない。
まあ…、できればあんまり、危ない言動は取って欲しくないけどな。見ててハラハラするし。
「いや……、悟飯、無理をする必要はないぞ」
ピッコロがコホンと咳払いしていった。
「向き不向きがあるからな。それに、仕掛けやすいというのも、油断を誘えていいだろう。無理に、その、キリっとというか、強気にする必要はまったくないと思うがな」
「ご、悟飯、父ちゃんもそう思うぞ!仕掛けやすくったっていいじゃねえか。自然体が一番だ」
「そうそう!それに、ほら、今は悟空もいるんだし。悟飯は勉強に集中していいと思うぜ」
大人三人がまくし立てると、悟飯は面食らった顔ではぁと頷いた。
悟飯自身には、あんまり、自覚がないんだよな…。調子に乗ってしまったって程度には理解してるらしいんだけど、酔ってる自覚はあんまりない。まあ、ずっと酔ったままでいる訳じゃないし、力を振るう必要がなくなると ── たぶん力をどこかにしまいこむのだろう ── 酔いが醒めていくからいいんだけど。
「それに…、悟飯」
ピッコロが、妙に歯切れの悪い口調でいった。
「おまえは、別に、抱き潰しやすいわけではなく、どちらかというと、その……、なんだ、その……」
ふいっと視線をあらぬ方向へ向けて、ピッコロが珍しく言い淀んでいる。なんだ?と、クリリンと悟飯がそろって首を傾げていると、悟空がぽんと手を叩いた。
そして朗らかに、声高くいった。
「抱き潰しやすいんじゃなくて、抱き締めやすいだろ!なっ、ピッコロ?」
一瞬の沈黙の後、宇宙最強の空気を無視する男は、元大魔王の渾身の一撃を食らって、空高く舞っていた。
「いきなり何すんだよっ!?メシをこぼす所だったじゃねえか!!」
「黙れええ!!きさま、今日という今日こそ、決着をつけてやるわ!」
「はあっ?決着って、なんの決着だ?」
「……天下一武道会のだ!」
「今さらかぁ!?」
サンドウィッチを両手に抱えたままの悟空が、ちょっ、ちょっとタンマ!と叫んでピッコロの攻撃から逃げ回る姿を見上げて、クリリンはやれやれと首を振った。
「まったく、もう……」
悟空も悟空だが、ピッコロもピッコロだ。ぐずぐずと言葉を濁さないで、さらっと言っちまえば良かったのに。弟子に甘いくせに素直じゃないというか、困った師匠だ。
まあ、悟空も悟空だけどな。あいつはもう少し空気を読め。っていうか、ときどき、わざと無視してるだろう。マイペースにも程があるぞ。
クリリンが心の中で友人たちへの忠告を考えていると、悟飯がふと笑っていった。
「でも、お父さんやピッコロさんにだったら、抱き潰されるのもいいですよね」
悟飯、お前はもう少し、言葉を選ぼうな!?
抱き潰す敵の気持ちはさっぱりわからないが、抱きしめやすいという師匠と父親の気持ちはなんとなく理解できてしまうクリリンは、年下の友人の将来を思って、はーっとため息をついた。
書きたいネタを全部入れたら、なんだかダラダラした話になってしまいました…でも書けて満足
です!
あときちんとツンデレ(?)な師匠を初めて書けた気がします。魔師弟はいついかなる時もラブラブという意識があるせいか、いつも全然ツンデレじゃなかったけど、今回はツンデレな気が…!(当社比)