守りたかったものは、何だったか。
大切にしていた人は、誰だったか。
最近なぜか、記憶に霧がかかったようで、よく思い出せない。
芽生え
自分がいたように見えたのは何だったのだろう。
瞬き一つで幻影は消えた。現れた18号の姿に、悟飯は雑念を振り払って、気を高めた。
「オレはまだ戦える!」
叫んで、相手の懐に飛び込んでいく。右手をガードされ、すかさず左手をねじりこむ。だが、次の瞬間、信じられないものを悟飯は見た。
そこには、やはり、自分がいた。
自分が組み合っている相手は、間違いなく、孫悟飯だった。
(そんな、バカな ──── !)
わずかな硬直がとけると、悟飯はたまらずに距離を取った。相手は追ってこない。間合いを計っているようだ。あれは、あれは誰だ?
18号だ、そう思うのに、次の瞬間には孫悟飯の姿にうつり変わる。まるで、実体のない、投影された映像を見ているようだ。18号の姿が歪んだかと思うと、自分の姿になり、また歪んで、18号が現れる。
(これは、いったい……)
人造人間たちの作戦だろうか?だが、こんな能力がやつらにあったか?第一、これはいったい、なんのための小細工だ。自分を混乱させるためか?自分で、自分の姿は攻撃できないだろうとでも?
(バカバカしい)
すうっと、動揺が引いていく。自分の姿だから攻撃できないなんてことはあり得ない。やつらは、そんなことも理解できないのか。あるいは、これもやつらのいう『遊び』なのか。
どちらにしても、悟飯が取るべき道は一つだった。攻撃だ。連中を破壊するまで、戦いは終わらない。
(それに、もしもあれが自分だというなら、なおさら倒スベキじゃナいカ)
悟飯は眉をひそめた。何だ?自分は今、何を考えた?ぐにゃりと、何かが歪む。体の奥深くで何かが渦巻いて、ドロドロに溶けていくような錯覚を覚える。すべてが飲み込まれていくような。
(わからない……)
悟飯は、喘ぐような息を漏らした。最近、思考がよくまとまらない。考えたことが、端から零れ落ちていくようなこの感じは何なのか。自分が自分でなくなるような、なにか、何かを間違えてしまっているようなこの感じは一体何なのだ。
(いい。考えるのは後だ)
頭を振って、前を見据える。相変わらずそこには、自分にそっくりな存在がいた。
(やつを倒すことが先だ。 ──── 誰を?誰ヲ倒スベキなんだ?人造……ヲ?ソレトモ、孫悟飯を?)
悟飯はたまらずに呻いた。何だ何だ何だ!オレは何を考えている!?思考がまとまらない。頭の中に、自分ではない何かが住み着いていて、そいつに火箸でかき回されているようだ。
焼け付くように熱い。突き刺されたように痛い。なのに凍りつくほどに寒い!
(違う…、敵は、人造人間だ……。あれは、オレじゃない……。孫悟飯は、オレだ…)
言い聞かせて、悟飯は荒い息を吐き出した。はあっ、はあっと、ろくに戦ってもいないのに、呼吸が乱れている。震える両手を、握っては開き、ゆっくりと動かす。
落ち着け。自分は自分だ。孫悟飯だ。両手を見つめて、悟飯は息を整えた。そう、この見慣れた手が、自分が自分であるという証拠ではないか。この見慣れた両手こそが。
( ──── 両手?)
ぞくりと、全身が粟立つのがわかった。悟飯は目を見開いて、己の両手を凝視した。細かな傷跡が残る、節くれだった、硬い指先。微かに震えながらも、己の意志どおりに動く。この両の手は、なぜこの体にあるのか。
(なぜ、左手があるんだ!?)
左腕は、失ったはずだった。あの時から、自分はずっと隻腕で戦ってきたはずだ。
あの時って?
いつのことだ?
決まっている、あの時だ!……がいたあの時、
誰がいた?
誰がいたんだ?
いつだった?
なぁ、誰がいたんだ?
本当に、左腕は失ったのだったか?いや、失ったはずだ!
それはいったいいつ!
嘲笑う声が、甲高い音を立てて鳴り響く。悟飯は微かに口を開いたまま、突如として塊に変わってしまったような空気を、喉の奥に押し込んだ。声が出ない。
(おもい…だせない……)
いつだったろう。なぜ自分は左腕を失ったのだったろう。本当になくしたのか?本当はずっとあったのではなかったか?そうでなければ、なぜ今、両腕があるんだ?
(オレは……、本当に、オレか……?)
オレって?オレって誰のことだ。だれだ。だれなんだ?自分はいったい、だれだった?
目の前には、孫悟飯がいる。お前はだれだ。オレはだれだ。
どちらかが孫悟飯なら、どちらかがやつらなのか。
(オレ…は……)
孫悟飯か。それとも、やつらだったのだろうか。
半ば自失して、こちらの動きを計っている男を凝視した。オレはなんだったのか。自分自身に問いかけても答えは出ない。なぜなら視線の先には孫悟飯がいる。
誰よりも、許せなかった存在が、そこにいる。
悟飯は、静かに息を吐いた。体の中に一本の道を作るようにして、意識を集中する。霧に埋もれていた思考を取り戻し、纏わりついてくる雑念を払い落とす。全てを戦いへと向けた。
(オレか、お前のどちらかが孫悟飯だというなら ─── ……)
戦いでこそ、答えは出るはずだ。
なぜなら、孫悟飯は弱くてはいけない。強くなくてはならない。弱さは罪だ。弱い孫悟飯など存在する価値はない。全てを超える強さを持ってこそ、あるべき孫悟飯だ。
(……なんのために…?)
微かに浮かんだ問いを、悟飯は瞬き一つで追い払った。強くなくてはならない。その事に、理由など必要ない。ただただ、強くなければ。
悟飯は気を高め、再び空を蹴った。戦いで決着はつく。敗北すれば、そちらが偽者だ。勝者こそが孫悟飯だ ─── 。
未プレイの方のために付け加えると、戦ってる相手は現代悟飯です。でも未来悟飯の目には18号に見えてます。