実は、悟飯は悩んでいた。
 悩んでいることをしょっちゅう忘れてしまう程度の悩みだったけれど、一応悩んでいた。
 だから、久しぶりに最愛の師匠にあったとき、つい相談を持ちかけてしまったのだ。



親子と師匠の正しい人生相談



 神殿の床に布を敷いて、ミスター・ポポが作ってくれたご馳走の数々を並べる。目にも鮮やかな料理たちと、天空の凪いだ空気に、のんびりとした気持ちを味あう。昔から、こうやってご飯を並べて食べると、なにもかも満たされた気持ちになるから不思議だ。
「は〜、食った食った」
 隣で、宇宙一の父親が満足そうに箸を置いた。お父さんの食べっぷりは見ていて気持ちがいいなあと、悟飯はいつも思う。サイヤ人はみんな大食いだと一括りにされてしまうけど、悟飯からすれば、自分は悟空やベジータほど食べられない。だからやっぱり、悟空の片っ端からたいらげていく姿は格好良いなあと思う。
 そう思ってしまう辺り、幼少時代からの「おとうさんは世界一!」が、高校生になった今でもまったく変わっていないのだが、残念なことに悟飯にそう指摘してくれる者はいなかった。
「ごちそうさまでした」
 きれいに箸を並べておく。すると、呆れ顔で見ていたピッコロが、意地の悪い顔でいった。
「悟空の不作法まで似なくてよかったな、悟飯」
「ピッコロさん、そんなこと…」
「だよな〜。オラもそう思う」
 そんなことないですよと答える前に、当の本人に朗らかに笑われては、悟飯も庇いようがない。そもそもチチが一生懸命悟飯に礼儀を教えたのも、悟空という反面教師があってのことだ。「悟空さはもう諦めたけど、悟飯ちゃんだけは!」というのは、昔から何事に関しても付けられる、彼女の口癖の一つだった。
(でも、いいと思うんだけどなぁ)
 大らかな感じがして、気持ちいいと思う。その証拠に、悟空が食後にごろんと横になっても、誰も行儀が悪いなんていわない。きっとみんな、悟空の大らかさを心地良く思っているのだろう。悟飯はそう納得した。
 クリリン辺りが聞いていたら、きっと孫家長男の盲目的な思い込みを訂正し、「諦めてるだけだって!悟空に礼儀作法を教えるなんてそんな、亀を二足歩行させようとするよりも無駄なこと!」と教えてくれたに違いない。だが、残念ながら神様以外でこの神殿にいるのは天然親子と師匠バカ、もとい最強ナメック星人、それにミスター・ポポだけだった。ミスター・ポポにそれを期待するのはいくら何でも荷が重い。
(あ、もしかして、だからなのかな?)
 悟飯はふと、最近の悩み事を思い出していた。そして、思い出しながら父を見た。お父さんなら絶対、こんなことにはならないだろうなあと、情けない思いを噛み締める。
「…ねえ、ピッコロさん。ボクの話し方って、舐めてる感じがしますか?」
「なに?」
「最近ね、学校でそういわれるんです。あ、もちろん、一部の人になんですけど。不良っていわれてる人が、うちの学校にもいるんですよ」
 そこで悟飯はハッと思い出して、悟空に向き直った。
「おとうさん!不良ってみんな髪が金髪なわけじゃないんですよ!知ってました!?」
「え?あ、ああ、そうなんか」
「そうなんですよ!ボクびっくりしちゃって!不良っていうと、みんなスーパーサイヤ人みたいな見かけになるものとばかり思ってましたから!そうだ、あとで悟天にも教えてやらないと!……どうしたんですか、おとうさん?なんでおでこを押さえてるんですか?」
「い、いや、なんでもねえ…。ちょっと今までの人生を悔いてただけだ…。オラ、そんなに常識のない育て方をしたかなあって…、うん、したかな…」
「はい?」
 きょとんとした悟飯に、ピッコロがしびれを切らして話の続きを促した。
「それで、その不良たちがどうしたんだ」
「ああ、なんだかボク、目をつけられたらしくって。んー、よくわからないんですけど、ボクの喋り方とかが、舐めてるっていわれるんですよね」
 そういわれても今さら変えられないんです、と、きちんと相手の目を見て答えた悟飯は、不良グループにいっそう敵意を持たれた。どうやら相手を煽ってしまったようだと気づけたのは、しばらくたってからだ。そもそも彼らの敵意は、敵意と呼べるほど強くないので、悟飯の危険キャッチセンサーはなかなか関知してくれない。
 いきなり地球人の死体百体を要求した叔父や、地球を滅ぼしに来た元王子や、不老不死のためにナメック星人を皆殺しにしかけた宇宙生物くらい凶悪な害意を持っていてくれれば、自分だってすぐに気づけたのに。そう思って口を尖らせる悟飯は、比較対象が違いすぎることをあまり理解できていなかった。
(やっぱりボクは鈍感なのかなあ)
 鈍いところは孫くんそっくり!とブルマさんにいわれたことを思い出して、悟飯はえへへと笑った。なんであれ父親に似てるといわれるのは嬉しい。
「殴ってきたりするのはまあ、痛くないからいいとして、たまに上からゴミ箱が落ちてきたりするのが困るんですよね。とっさのことだからつい、気合いを入れすぎて、窓ガラスを割りそうになるんですよ」
 この間なんて、歩きながら本を読んでいたせいで気づくのが遅れて、本当に危ないところだった。ゴミ箱なんてぶつかっても痛くないのに、どうしてああいうときは咄嗟に避けようと体が動いてしまうのだろう。大人しくぶつかっていればいいのに!
 窓ガラスを弁償なんてことになるのだけは、なんとしても避けたいのだ。うちはそんなに裕福じゃないし、いやお金に困ってるわけでもないんだけど、でも、みっともないじゃないか!
「ゴミ箱に気合いを入れすぎて窓ガラスを弁償、なんてことになったら、いくらボクだって恥ずかしいです…!!」
 悟飯は想像して思わず、顔を覆った。
 まして、もしその話が母親経由でブルマやトランクス、ベジータにまで伝わってしまったらと思うと!考えるだけで冷や汗が出てくる。ただでさえベジータなんて、平和ボケしている自分を重力室へぶち込みたくてウズウズしているのに。こんな醜聞が伝わったら絶対重力室行きだ!それも重力100倍とかに決まってる!
 ひとしきり想像して冷や汗をかいた悟飯は、ふと、無言になっている父と師匠に気づいた。
「あ、す、すみません!情けないですよね、ボク…。いくら平和になったからって…」
「悟飯」
「は、はい!」
 静かな声を出した父親に、悟飯はびくりと姿勢を正した。横になったまま、肘だけついてこちらを見る悟空の視線は、射抜くように鋭い。
(お、怒ってる〜!!)
 ボクの馬鹿ボクの馬鹿なんでこんな話をしちゃったんだー!!と、悟飯は心の中で絶叫した。
「いくらおめえが戦いが嫌いだからって、そんなやつらに優しくしてやる必要はねえんだぞ」
「え?」
「思い切りぶちのめしちまえ!おめえができねえならオラがやってやる」
 静かに、それでいて神殿が震えるほどの気の高まりに、悟飯はハッと我に返った。
「だ、だめですよ、おとうさん!おとうさんが思いっきりやったら地球が壊れちゃいますよ!」
「こわさねえ程度に手加減してやる」
「そんな程度の手加減じゃ死んじゃいますって!相手は普通の高校生なんですよー!」
「そうだぞ、落ち着け悟空。相手が普通の地球人だからこそ、悟飯も手出しできないでいるんだ」
「ピッコロさん…!」
 ああ、やっぱりピッコロさんはさすがだ!世界一だ!いや宇宙一のナメック星人だ!いやいや銀河一のボクのお師匠様だ!そう、悟飯が感極まった顔で振り向くと。
 そこにはかつてないほど邪悪な顔で微笑むピッコロ大魔王がいた。
「ピ、ピッコロさん……?」
「なあに、心配するな、悟飯。命まで奪わなくとも、悪行の報いを受けさせる手段はいくらでもあるからな。存分に、思い知らしてやろうじゃないか」
 そんな、悪行そのものの顔でいわれても…!
(ボクはただ、窓ガラスを割るのがイヤなだけなのに!)
 まずい、このままでは宇宙一の父親は罪のない高校生を殺した罪で地獄行きになってしまうし、最愛の師匠は完全犯罪を犯してしまう…!
「ボ、ボク、自分でなんとかしますから!大丈夫ですから!お願いだから手出ししないでくださいね!ね!?」
「安心しろって、悟飯。そっこーで片づけてきてやるからよ」
「だから、片づけじゃ駄目なんですって!」
 そんないつもの無敵の笑顔を、こんな時にみせられたって困る!
「大丈夫だ、悟飯。殺しはしないといったろう?」
「殺す以外のなにをする気ですかー!!」
 そんないつもの優しい笑みで、そんなこといわれたって!!


「困るんですってばー!!」







 不良に絡まれる悟飯、というのを書いてみたかったんですが、気付けばまた師匠と親子な話に。でもハイスクール編も書いてみたいです。天然ボケな悟飯と、周りでやきもきする三人とか、そういうほのぼの系を書いてみたいな〜