玄関の扉を開けたラディッツは、唖然とした。
弟の家の中は、騒々しかった。ぎゃあぎゃあと言い争っている声が、家の外にまで漏れていた。しかしそれだけなら ─── 本来はそれだけでもあるまじきことであったが ─── それだけならまだ許そう。
だが、これはなんだ。
悟飯の右腕をカカロットのバカがしっかりと抱え込み、悟飯の左腕を親父が不機嫌な顔のまま引っ張り、悟飯の胴体には小さな悟天がコアラのごとくしがみついている。
ラディッツはくらりと、眩暈を覚えて立ち止まった。自分の目の前で三方向に引っ張られて困り果てている甥っ子は、自分の記憶に間違いがなければ、三日後には大事な試験を控えている身ではなかったか。その試験で希望する大学に入れるかどうかが決まり、甥っ子の子供の頃からの夢が叶うかどうかが左右されるという、まさに瀬戸際のはずだ。
ラディッツは、抱えていた荷物を床に置き、深く深く息を吸い込むと、腰に手を当てて怒鳴り飛ばした。
「なにをやっているんだ、きさまらはー!!離れろ、カカロット!悟天は悟飯から降りろ!親父まで一緒になって、恥ずかしいとは思わんのか!!」
伯父と甥の正しいカンケイ
まず、カカロットの言い分はこうだ。
「オラ久しぶりに悟飯と組み手がしたくて…」
「親父とやっていればいいだろうが!!」
叱り飛ばせば、いい歳して落ち着きのない弟は、横を向いて口を尖らせた。
「父ちゃんはすぐに殺気立つんだって、兄ちゃんだって知ってっだろ?修行にならねえよー、殺し合いになっちまうじゃねえか」
「なら、ベジータ王子にでも相手してもらえ!」
「飽きた。オラ、ベジータとはさんざんやってるしよ、たまには悟飯と…」
「試験まであと何日だと思ってるんだ、このバカモノがぁ!!」
次に、バーダックの言い分はこうだ。
「うるせえな、釣りに誘うくらいいいだろうが」
「悟飯を誘うなよ!暇人のカカロットでも連れて行ってこい!」
テーブルをばんと叩いて怒鳴りつければ、父親は憎憎しい顔でハッと笑った。
「バカか?カカロットなんざ、釣りに行っても最後には自分が川に飛び込んで魚とって来るようなアホだろうが。オレは魚とりじゃなくて釣りにいきたいんだよ」
「なら一人で行けよ!釣りでも魚取りでも何でもいいから、一人で行ってこいよ!」
「一人で行っても暇じゃねえか、わかってねえな、馬鹿ガキ。悟飯を連れて行けばいい退屈しのぎに…」
「退屈しのぎに孫の試験勉強を邪魔するじいさんがどこにいるかー!!」
最後に、悟天の言い分はこうだ。
「ボク、にいちゃんとゲームしたいんだもん…」
「悟天、そういうのは、あそこで暇しているオジサン二人に遊んでもらうんだ、わかったな?」
言い聞かせると、小さいほうの甥っ子は、ぶんぶんと首を横に振った。
「やだよー!!おとうさんとおじいちゃんなんてやだやだ!!ふたりともすぐコントローラー壊しちゃうんだもん!!今度壊れたら、もう買ってくれないって、おかあさんがいってたんだよ!?にいちゃんじゃなきゃやだ!!」
「うっ…、な、なら、外で遊ぶのはどうだ。子供は風の子、家の中にこもってるなんて不健康だぞ!」
「そんなの、イマドキ流行らないよって、トランクスくんがいってたもん!」
「父親に無駄に似て、なんと余計な事を…!!いいから、外で遊んで来なさい!そこの暇人二人なら連れて行って構わないから、わかったな!?」
ラディッツは力説した。受験生のご家庭では至極まっとうかつ一般的な事を、拳を握り締めて三人にいい聞かせた。
しかし三人は、椅子に座ったまま、ぼへーっとした顔でラディッツを見上げ、反省の色は全く見られない。
ここにいたのがもし、ラディッツの義理の妹であるチチだったら、三人ともこんな舐めきった態度はしていないだろう。チチが怒りのコブシを振り上げれば、カカロットは早々に逃げ出し、バーダックは新聞を広げて聞こえない振りに徹し、悟天は大人しく引き下がって部屋に戻ったはずだ。だが残念ながら、義理の妹は昨日から出かけている。受験のお守りを買いに、ご利益があるという噂の神社へ、王子の嫁さんとともに出かけてしまったのだ。カカロットには縁のない場所であるため瞬間移動が使えず、彼女もそう遠くない場所だからと、王子の嫁の操縦するジェットフライヤーに乗って行ってしまった。
カカロットと悟天は、連れて行っても退屈だろうし、騒動を起こすだけだからと、置いて行かれたわけだが、義妹の読みは今ひとつ甘かった。ラディッツはつくづく思った。勉強の邪魔もとい親子三代も、まとめて連れて行ってくれればよかったのにと。
コホンと、咳払いを一つすると、ラディッツは尻尾で床をぴしりと打った。
「三人ともわかったな!?これ以上勉強の邪魔をすることは、このオレが許さんぞ!」
「えー…」
「はっ、許さねえたあ、ずいぶん大きく出たじゃねえか、ヒヨッコが」
「ボクのほうがおじさんより強いもん…」
カカロットはそっぽを向き、バーダックはふんぞり返り、悟天は首をすくめつつも主張する。
ラディッツは怒りに震えた。頬は引きつり、二の腕には血管が浮かび、髪までもふるりと震えている。いまなら怒りのあまりスーパーサイヤ人になれそうな気がした。カカロットの馬鹿と、幼い甥っ子でさえスーパーサイヤ人になれるのだ。父親にいたっては、超化しなくても十分恐ろしい。それなのに自分だけ何もないなんて不公平だ。今なら、このバカどもへの怒りで伝説のサイヤ人になれるかもしれん…!と、ラディッツが気を高めたとき、緊張感を打ち破るのんびりとした声がした。
「そのくらいで許してあげてください。ボクなら大丈夫ですから」
にこりと、昔から変わらない優しげな笑みを浮かべて、悟飯がいう。
ラディッツはがっくりと肩を落とした。
いつだってそうだ、一番の問題は、一番よく出来たこの甥っ子なのだ。周囲にぶんぶん振り回されて、その挙句に思い切り放り投げられても、のんきに笑っているようなこの甥っ子が、ラディッツにとっては一番頭が痛い。
もう少し、自己主張というか、ワガママをいわせてやりたいと思うのに。
「さすがにいっぺんには出来ませんから、悟天とゲームして、次に悟天も入れて三人でお父さんと修行して、最後に夕飯の調達もかねて釣りに行きましょうか」
額を押さえるラディッツとは対照的に、ぱっと目を輝かせた三人に、悟飯は、でも、と続けた。
「まずはお昼ご飯を食べてからですよ。ラディッツおじさんは、お昼を作りに来てくれたんでしょう?」
「…まあ、お前たちの母親に頼まれてな…」
「ボクも手伝います。悟天は、昼ご飯の前に宿題をやっておくんだぞ」
悟飯ほど熱心ではないものの、チチのすすめで通信教育で勉強を始めた悟天は、眉を思い切り下げながらも、こくりと頷いた。
悟飯の日アンケート一位のラディッツと悟飯の話。後編に続きます。