チチほど手の込んだものではないが、ラディッツの作る食事は、カカロットやバーダックよりは遙かにマシなものである。さらに出来のいい甥っ子が手伝ってくれれば、サイヤ人の胃を満足させるために必要な量も、手際よく出来上がっていく。
 火加減を見て鍋に蓋をすれば、座って野菜を剥いていた悟飯が、おずおずとラディッツを見上げた。
「なんだ?」
「さっきはすみませんでした。心配してくれたのに、ボク…」
「そんなこと、別に、気にせんでいい」
 ぶっきらぼうにいえば、悟飯がますますうなだれてしまう。しまったと、内心で臍を噛んでもあとの祭りだ。
 潜在能力を開放すれば自分より強いと、カカロットが朗らかに言い切るほどの実力の持ち主である割に、悟飯の性格は真っ当で平凡だ。戦闘力でいえば、いっそ笑えるほどこちらのほうが低いというのに、自分の言葉一つに心を痛める。
 強さこそが絶対な一族の血を引きながら、強さという基準で人を見ることはないのだ、この甥っ子は。
「お前に怒ってるわけではないんだ。カカロットのバカと、親父の無神経さが、腹立たしくてな…」
 思い出すだけでイラっとしてくる。しかしラディッツがそういえば、悟飯はほんのりと笑った。
「きっと二人とも、ボクを気遣ってくれたんですよ。ここのところ根を詰めてやってましたから、気分転換させてくれようとしたんじゃないでしょうか」
 上の棚からフライパンを取り出そうとしていたラディッツは、思わずそのまま棚に額をぶつけた。
「お、ま、え、は…っ!!甘いにも程があるだろうがっ!!お前がそんな調子だからあの二人が遠慮しないんだ!!お前は受験生なんだぞ!学者になるための大事な一歩を踏み出すところだろう!自分の甘さと付け入られやすさを、少しは自覚しろ!自覚して身を守らんか!!」
 戦闘バカな純粋サイヤ人に、受験の重さを説いても無駄である。特に、自分の父親と弟はダメだ。あの二人に比べれば、まだ王子のほうが父親らしいという恐ろしい事実だ。王子よりずっと先に地球に来ているというのに、弟と親父は一向に地球の生活を理解していない。
 さすがにここまでくると、諦めの境地にも達するが、だからといって甥っ子の受験妨害まで目を瞑るわけにはいかない。せめて悟飯自身に身を守らせなくては。
「いいか、悟天はともかく、カカロットと親父のアホが、アホな事をいってきたら、構わんから思い切りやってしまえ。お前がその気になれば、あの二人を黙らせる事も可能なはずだぞ、悟飯。なに、どうせ死にはしないのだから、手加減などせんでいい」
 眼を据わらせていえば、悟飯はハハッと朗らかに笑った。どう見ても冗談としか思っていない顔だ。混じりけなしの本気であるのに。
 ラディッツはため息一つつくと、椅子を引いて、悟飯の前に座った。
「おまえ、勉強は大丈夫なのか」
「はい。試験の準備は前からしてましたから、今は復習してるだけなんですよ」
 だから本当に大丈夫なんですと、慣れた手つきで芋を剥きながら悟飯がいう。ラディッツは内心でため息をついた。
 カカロットが反面教師だったせいもあるのだろうが、悟飯は昔から手のかからない、よくできたお子様だった。教育熱心な母親と、戦いばかりを教え込もうとする父親の、どちらにもいやな顔一つしなかった。両親から注がれる、ときどき行き過ぎる熱意を、ひねくれることなく、流れる水に身を浸すような自然さで受け入れていた。
 それを、割を食っていると思うのは、自分の傲慢だろうか。
 ラディッツはテーブルに片肘をついて、芋剥きにいそしむ甥っ子を眺めた。悟飯自身は、そんな風には思わないだろう。わかっている。修行の合間に宿題をして、戦闘の合間に本を読んで。父親を超えるほどの戦闘力を身に付けることと、高校で優秀な成績を収めることの両立を果たして。
 それがこの甥っ子には自然なのだ。振り回されているとも、損をしているとも、悟飯は思うまい。

 ……悟飯が、生まれた日の事を覚えている。この家が、溢れんばかりの祝福に包まれた日の事を覚えている。赤ん坊だった悟飯の、指の小ささまで覚えている。
 紅葉のような、などという表現では足りないほど、小さな手だった。小さくて、丸っこくて、恐ろしいほど柔らかかった。抱いてみろと差し出されて、全力であとずさった。カカロットが赤ん坊のころは平然と放置していたバーダックでさえ、悟飯を抱っこさせられそうになって家から逃げ出したのだ。
 触れるか、こんなもの!と叫んだ父親はめったになく動揺していたが、気持ちは自分も似たようなものだった。触ることなど恐ろしくてできなかった。たやすく壊してしまいそうで。だから自分も父親も、悟飯ちゃんを抱っこしてけんろーという嫁の攻撃から逃げ回った。
 思えば、あれが、自分たちの初めての敗北だった。
 フリーザの手から逃れて、この地球へ隠れ住んで。だが適応したのは幼かったカカロットだけだった。自分も父親も、もはや生きる事も死ぬ事も叶わぬような、虚無感だけを抱えて過ごしていた。
 それが、あの日、悟飯が生まれた日。恐ろしくも柔らかい生き物にあえなく降参して、そして初めて、ここで生きていてもいい気がしたのだ。この星の片隅で、息をついて、腰を据えて、新しく暮らしていくのもきっと悪くないだろうと。
 ……紅葉よりも小さな手に人差し指を握られて、そう思った事を覚えている。

 あのころはまさか、そのふにふにした生き物が、最強といわれるほどの潜在能力を秘めいているとは思いもしなかったが、しかし悟飯は、戦闘力以外は予想通りに成長した。カカロット以上に天然溢れる性格に、自分の都合を後回しにする要領の悪さ。ときどき、はたで見ているこちらのほうが苛々してしまう。
 だから、たぶんだから、放っておけないのだ。悟飯は紛れもなく自分にとって転機となった子供で、その上ボケボケだ。目を放した隙に消火器でも売りつけられていそうなこの甥っ子が、少しでも割を食わないようにと、勝手に気を揉んでしまう。そんな心配は悟飯には必要ないとわかっていても。
 そんなことをぼんやりと考えていたラディッツは、じっと見つめてくる視線に気づいて瞬いた。
「なんだ?」
「いえ、その……、すみません」
「だから謝らなくていいと、さっきもいっただろう」
「あ、違うんです。そうじゃなくて、ボクいつも甘えてしまってるから、申し訳ないなと思って」
 ラディッツは眉間に皺を寄せた。なにか今、おかしな単語が含まれてきた気がする。








終わりませんでしたすみませんー!!(汗)後編に続きます!