「いつまでも甘えてちゃいけないってわかってるんですけど、つい…。ごめんなさい」
「……甘えて…?」
「はい?」
「誰が…、誰にだ……?」
「誰って…、ボクが、おじさんにですけど……」
何かおかしな事でもいいましたか?と尋ねてくる悟飯に、ラディッツは、つい、その頭をぺしっと叩いてしまった。
「何をいっているんだ、お前は!お前がいつオレに甘えたか!」
「えっ、いつって、いつもですよ!いつも甘えて」
「ないだろうが!お前がこんな小さなガキのころから今に至るまで、全然甘えてない!お前は人に甘えるどころか、ガキのころから周りを甘やかすようなガキだったくせに何をいう!」
あまりに不釣合いな単語にラディッツが怒鳴りつけると、悟飯はあっけに取られた顔をして、ええーと眉を下げた。
「そんなことないですよ。子供の頃から、ボク、おじさんに甘やかされてきましたよ」
「まだいうか、お前は!そこまでいうなら、具体例を挙げてみろ、具体例を!」
甘やかしたかった記憶はあれど、実際に甘やかせた記憶はないラディッツが、腕組みして叱りつければ、悟飯は記憶をたどるように天井を見上げた。
「ええっと…ほら、今日だって、ボクの勉強の心配をしてくれたし。おかあさん以外で勉強の心配をしてくれるのは、おじさんだけですよ?」
「……それは、お前の環境が異常なんだ…」
ラディッツは頭が痛くなった。
「それに、ボクが高校に受かったときに、腕時計を買ってくれたじゃないですか!学校に通うんだから、必要になるだろうって。あれでボク、学生になるんだなあってしみじみ思って…。そういう風に気を配ってくれるの、すごく嬉しかったです」
「……だからそれは、お前の環境がだな…」
ラディッツは胃も痛くなった。
「それにほら、ボクや悟天の誕生日には、いつもプレゼントを買ってきてくれるじゃないですか。誕生日じゃなくても、何か頑張ったときには必ず。あっ、もらえるのが嬉しいっていうんじゃなくて、もちろんそれも嬉しいんですけど、それ以上に、気にかけてもらえるのが嬉しいというか……」
「…………」
ラディッツは色々と複雑な気持ちになってしまって、とりあえず額を押さえて目を閉じた。悟飯いわく『甘やかした』ことは、地球の生活においては普通のことばかりだろう。ここが惑星ベジータだというなら『甘やかした』になるかもしれないが、ここは地球で甥っ子は地球人だ。それなのに『甘やかした』レベルになってしまうのは、はっきりいって、カカロットのアレやコレやの所業の反動だ。弟の父親失格っぷりに胃が痛い。
だが、同時に、じわりと沁みこんでくるものもあった。
ずっと、悟飯は、気にしていないように見えた。カカロットが、誕生日であろうと本人の意向など考えず、毎年毎年馬鹿でかい魚を取ってきてはプレゼント代わりにしていても、バーダックが毎年毎年、おめでとうのひとこともいわなくとも、それでも悟飯はいつだって笑っていた。真実、この甥っ子に拘りはないのだろう。プレゼントがなんでも、祝いの言葉すらなくとも、注がれる愛情をちゃんと見抜いている。周りの大人がどんなにわかりにくい愛情を注いでも、それを両手で受け取れる子供だ、悟飯は。目に見えるものなど拘らない。
だから、むしろ、毎年毎年、プレゼントらしいプレゼントを買ってくる自分など、いなくたって、悟飯は気にしないのではないかと……、どこか卑屈な心で思っていた。
そもそも自分が毎年こっそりと金を稼いで、プレゼントを必ず『買う』ようにしているのは、その昔バーダックが犯した失敗ゆえである。まだ幼かった悟飯に、肩たたき券だのお手伝い券だのを貰っていたバーダックは、悟飯の四歳の誕生日に、同じように手書きの券をプレゼントした。その名も『気に食わないヤツを代わりに殺ってやる券』……貰った悟飯は泣いた。わんわん泣いた。そりゃもう、その後バーダックが悟飯の誕生日に一切触れられなくなる程度には、泣きじゃくった。そしてその一部始終を見ていたラディッツは、それ以来必ず、悟飯の誕生日プレゼントは街に下りて買ってくることに決めたのだ。
あんな風に泣かれたら、たまらないではないか。ふにゃふにゃ笑っているのが似合う生きものが、ボロボロと涙を零してやまないなどあまりに恐ろしい。だからいつも街に下りて、オモチャや本など、失敗のないプレゼントを買ってきていたのだ。
悟飯が泣いたのは、幼い子供にはショックすぎただけで、それゆえに愛情が揺らぐことはないとわかっていても。嫌われたくなかったのだ、自分は。この甥っ子に、好かれていたかった。いつだって、そんな小心さと計算高さが自分の中にはあって、だから自信などもてなかった。おおらかなカカロットやバーダックのほうが、ずっと悟飯には好かれている気がした。
まあ、この天然な甥っ子の中では、皆好きなだけで、順位などつけないというだけの話かもしれないが。
それでも頬がだらしなくゆるむのが抑えきれず、ラディッツは慌ててそっぽを向いた。
「そんなこと、いちいち気にせんでいい。たいしたことじゃないんだから。いつも大げさなんだ、お前は」
「たいしたことですよ!ボク、本当に嬉しくて」
「だ、だから、いいといってるだろう。気にするな、そんなこと!」
「そんなことって、伯父さん! ─── った…」
ぱっと振り向けば、悟飯の人差し指は赤く滲んでいる。芋ではなく自分の手を切ってしまったらしい。いくら戦闘力が高くても、いくら小さな傷でも、切れば普通に痛い。一般人と同じように痛い。
「悟飯!バカ、ちゃんと手元を見てなくては駄目だろうが!」
ぐっと悟飯の手を掴んで引き寄せれば、血はすでに固まりかけていた。浅い傷だ。これくらい、
そう、これくらい舐めておけばなおると思ったのは、予想外の話に気が動転していたからだとしか思えない。もしくは悪魔が取り付いていたとしか。
しかしそのときの自分は、なんの疑問も抱かず、その赤く滲んだ指先が痛ましくて、ぺろりと口に含んでしまったのだ。
唇で触れて、舌で舐めて、甘噛みするように甥っ子の人差し指をくわえた。歯と歯の間にある指先は、昔のようにプニプニとはしていなかったが、固い皮膚の中にも、若者特有の柔らかさがあった。成長したんだな…としみじみ思いながら、指先を解放してやって、そこで気づいた。
悟飯の頬が、赤く染まっている。手を放してやっても、体は硬直したように動かない。悟飯の薄く開いた唇が、何かを言いかけては震えて、ただ息を吐き出している。
あれ?オレは今なにを………何を……なにをしたか ──── !!!
「ごっ、悟飯!!違う、違うぞ、オレは別にヨコシマなつもりではなくっ!!」
「おっ、マジでできたな、瞬間移動。カカロットのヤツも、たまにはマシな技を持ってるじゃねえか。ったく、元気玉だの界王拳だの、使えねえ技ばっかり説明しやがって ──── なにやってるんだ、ラディッツ」
弁解をまくし立てようとした先を、突如として現れた弟そっくりさんに転ばされた。なんという間の悪さだ。カカロットのほうがまだ空気を読むレベルだ。ラディッツは尻尾を逆立てて叫んだ。
「ターレス!?おっ、お前こそ、何しにきた!?」
「瞬間移動を試してみてたんだが……、へえ、お前らそういう仲だったのか」
「そんなわけあるかあ!!この状況のどこを見ていってるんだ、きさまは!!」
「どこって、お前がしっかり悟飯の肩を握り締めて今にも押し倒さんばかりの状況を」
「ちがーう!!これは、その…、誤解だ!!」
慌てて悟飯の肩から手を放し、両手を振って否定する。ターレスは興味なさそうにふうんと相槌をうって、そのまま背を向けた。
「おい、どこに行く気だ!?」
「せっかくだから、カカロットたちに挨拶してくるさ。いるんだろ?」
「え、あ、ああ…。そうか、じゃあ、そうしてくれ…」
ふらふらと、機嫌良さそうに揺れる尻尾に向かって、ラディッツは言葉を濁しながら頷いた。まあ、ターレスはどうでもいい。あんなヤツよりも、今は問題は。
「あの……、おじさん……」
視線をせわしなく動かしながら、悟飯が口を開いて、また閉じた。
「ご、悟飯、いいか、さっきのはだな」
消毒だ!消毒であってそれ以上でも以下でもない!そう言い張ろうとして、喉が詰まったのは、こちらをじっと見上げて言葉を待つ甥っ子が、なんだか色々な意味で危険だったからだ。
いかん、これはいかん、なんだこれは、なんだこの生き物、ふにゃふにゃしてた頃も恐ろしかったが、いまもなんて恐ろしい生き物だ!誰か助けて!
ラディッツは、つい、ふらふらと引き寄せられるようにして、一度は離した悟飯の手に触れた。
抵抗がなかったので、思い切って握り締めてみた。
それでも悟飯は嫌がらなかったので、さらに調子に乗って、ぐっとこちらに引き寄せてみた。
手と一緒に引っ張られて、悟飯の上半身が前のめりにテーブルの上に傾ぐ。
目が近くなった。柔らかな結晶のような目が、じっとこちらを見つめる。近いのは目だけではなかった。頬も、首も、唇も近い。ラディッツは、そうっと、その頬をなぞって……。
「よお、相変わらず暇そうだな、お前たち。そういやラディッツのバカがキッチンで悟飯を襲ってたが、アレは放っておいていいのか?」
ターレスの、悪魔の尻尾がついていそうな声が孫家に響き渡るのと、二つの巨大な戦闘力が爆発するのは、たぶん同時だった。
「兄ちゃん!?なにやってんだ!?」
「よっぽど死にてえらしいな、バカ息子がァ…!!」
「にいちゃん、だいじょうぶ!?おじさんにいじめられたの!?」
慌ててやってきたカカロットには、まだ理性というものがあったのだろう。
無愛想なくせに実は孫が大事な親父と、まだ子供の悟天の行動は、実にすばやかった。ファイナルリベンジャーと父親直伝のカメハメ波が、壁を崩壊させつつ一直線にやってくるのを見て、ラディッツは思わず目を閉じた。さよなら人生。
「やめてください!!」
無傷だったのは、間違いなく、悟飯が庇ってくれたおかげである。
「おじさんに何するんだ、悟天!おじいちゃんも、何を考えてるんですか!!」
「だって!にいちゃんがいじめられたって!」
「処刑だ、処刑。覚悟は出来てるんだろうな、ラディッツ?」
「何をバカな事を…!!」
ぐんと悟飯の気が高まる。あ、やべえと呟いて身を引いたのはカカロットだ。弟のこういう要領のよさは、正直尊敬に値すると思う。
「せっかくおじさんが作ってくれたカレーも、せっかく剥いた野菜も、全部駄目にしておいて、二人ともいうことはそれだけですか…!!」
うっとひるんだ顔をした二人に、悟飯は究極の力を解放させながらいった。
「いいですか、まずは伯父さんに謝る!それから、片づけを手伝ってください!わかりましたね!?」
この状況で否など、口にできようはずがなかった。
日常では一番割を食っているこの甥っ子が怒ったら、誰も逆らえない。素直に謝るしかないのだ。そういう意味では、この家で義理の妹についで強いのは、紛れもなく悟飯だった。
弱そうに見えて、実は一番強いというのは、戦闘においても普段の生活においても変わらない、悟飯の特性なのかもしれない。
もちろん、謝ってきた悟天はちょっぴり口を尖らせていたし、バーダックにいたっては謝っているのかふんぞり返っているのかわからない態度だったが、それはもういつものことである。
ラディッツはハアッとため息をついて、グチャグチャになった台所を見回した。とりあえず、すまながる悟飯を宥めてやって、いつの間にか泊まる気になっているターレスの変態を何とか家から叩き出して、その後のことは……その後で考えよう。
そう、あれが気の迷いかどうかなんて、後で考えればいい。
悟飯のまだうっすらと赤いうなじを、視界に入れないよう全力で努力しながら、ラディッツはそう心に決めた。
気づいたら一線を越えかけていたので、BLカテゴリに移動しました。すみません!
ラディを一生分書いた気がします。あ、悟天は意味がわかってないので、純粋に兄ちゃんが苛められた!と思っただけです。あとでそんな話をトラにして、トラ経由で王子に伝わって、王子から恐怖の重力室呼び出しを食らえばいいと思います。
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