四つの瞳が、うるうるとした目でターレスを見上げている。
ターレスはフッと息を吐き、つかつかと己の同族に歩み寄ると、その黒髪を引っ張り、両のこめかみを握り拳で思いっきり押し潰した。
「お前はオレの宇宙船をわくわくアニマルランドにしたいのか、悟飯?」
「いたっ!痛い痛い痛いー!ターレス!!」
拳の切っ先でぐりぐり抉ってやれば、悟飯が悲鳴を上げた。しかし、白旗を上げる様子はない。
ターレスは、まさか自分がこんな台詞を吐く日が来ようとは夢にも思わなかった……とため息を深くついて、悟飯に告げた。
「捨ててこい」
「ターレス!お願いだよ!」
「いいから、捨ててこい。宇宙船はペット禁止だ」
潤んだ目で言い募る悟飯の後ろで、悟飯の拾ってきたハイヤードラゴンが、同じように潤んだ目で悟飯の背中を見つめていた。
その後の花と花盗人の話
「ペットじゃないよ、ボクの友達だよ!」
「どちらでも大差ないだろうが。宇宙船でハイヤードラゴンが飼えるか、このバカ」
「ボクの部屋に住めばいいし、ボクが面倒見るから!」
「そういう問題じゃない。ここはオレの船で、このオレが捨てて来いといっているんだ、わかるか?」
冷ややかに言い放てば、悟飯はきゅっと唇を結んで下を向いた。その様子を、ハイヤードラゴンが心配そうに伺う。大きさの大して変わらない(とはいえ、ハイヤードラゴンのほうが明らかに重量があるが。背丈は変わらずとも、龍族とサイヤ人では体のつくりが違う)二匹が、寄り添って身を縮めている。まるで、揃って段ボール箱に入れて捨てられたペットのようだ。
ターレスは心の中で、二度目のため息を吐いた。
補給のために立ち寄ったこの惑星で、数日前に大規模な山火事が起きたことは聞いていた。初めて立ち寄る星に、悟飯が、目に映るもの全てが新鮮だといわんばかりにはしゃいで、あちこち飛び回っていた事も知っていた。ターレスは基本的には、悟飯の行動に制限はつけない。つけなくとも、このおっとりとした青年が自分の所有物であることは知っているし、青年の帰る場所がただ一つしかない事も知っている。ついでに言えば、自由に空を飛びたがる小鳥を鳥かごに閉じ込めるほど、ターレスは狭量でもないし悪趣味でもない。
だから、長い間王宮で飼い殺しにされていた青年が、世界の全てに目を輝かせるのを、黙って見守ってやっているつもりだった。そう、ときどき、悟飯が、自分の予想の斜め上に飛んでいく事を言い出さない限りは。
この星に降りてまだ三日しかたっていないのに、火事ですみかを失ったハイヤードラゴンと、すっかり交流を深めたことはいいとしよう。そのハイヤードラゴンに、呆れるほど深く情が移った事も、悟飯ならさもありなんというところだ。
しかし、そのハイヤードラゴンを、一緒に連れて行きたいだと?ボクの部屋に住めばいい、だと?
「新しい森をずっと探してたんだけど、見つからなくて…。お願いします。どこか、ほかの星で、ハイヤードラゴンが住める森が見つかるまででいいから…!」
髪の毛の先が床に触れそうなほど、悟飯が深く頭を下げる。その様子に、ハイヤードラゴンも妙な鳴き声を発して、尻尾を振った。可愛らしい、といえない事もない仕草だ。しかしターレスは性格的に、こんなずんぐりむっくりとした生き物を可愛がるような可愛らしさは持ち合わせていない。
「何度もいわせるな、悟飯」
その声の冷たさに、悟飯がパッと顔を上げる。そして涙をこらえるように目尻を吊り上げた。
「……わかったよ!!ならボクも、この星に残る!ここでハイヤードラゴンと一緒に暮らすから!!あなたはっ、ボクも捨てて……、どこにでも行けばいいだろう!!」
行こう、ハイヤードラゴン!そう叫ぶなり悟飯は踵を返して、宇宙船から飛び出していく。ハイヤードラゴンは、ターレスに向かって威嚇するように牙を剥いて唸ると、小さな羽根をパタパタ動かして悟飯の後を追いかけていった。
まったく、なぜこの自分が極悪人のような目で見られなくてはならないのか。
ターレスは定位置であるメインルームの椅子に腰を下ろし、足を組むと、ハアッと息を吐き出した。善人であるなどと主張する気はサラサラないが、今回に限っていえば、理は自分のほうにあるだろう。
いや、今回に限らず、悟飯がむちゃくちゃな事を言い出すときは、例外なく自分のほうに道理がある。カカロットのやつはどんな教育をしたんだ、と、何億光年か離れた星にいる男に向かって八つ当たりしかけて、ターレスはその虚しさに気づいた。
カカロットは悟飯にどんな教育もしなかったのだ。それゆえ今の悟飯がある。
悟飯の内に存在する歪み ─── といっていいのかわからないが、とにかく病的なもの ─── に、ターレスはとうに気づいていた。悟飯は愛したがりだ。自分に関わるもの、傍にいるもの、目に映る全てを、両手で包み込むようにして慈しみ、愛を注ぎたがる。そこに理由は存在しない。美しいから、優しいから、得をするから、自分を愛してくれるから等々の理由は、悟飯の内にはまるでない。必要ではないのだ。悟飯にとって愛することは息をすることにも等しく、愛情を注ぐことが悟飯にとっての幸福だ。
王宮に人質として捕らわれてから、どんな生活を送っていたのか、ターレスは詳しくは知らない。そう悪くはなかったと本人はいっていたし、確かに、肉体的な暴力を振るわれていた形跡はない(おそらくはベジータ王子が庇っていたのだろうが)。ただ、腫れ物扱いで、弟がスーパーサイヤ人になれると知れてからは空気のようだったと、それだけ聞けばターレスには十分だった。
誰とも触れ合えないことが、悟飯にとっては一番の苦痛だったのだろうと、たやすく想像はつく。悟飯の愛したがりは、どう考えても孤独の反動だ。いや、反動というよりは、孤独が行き過ぎて突き抜けた結果とでもいうほうが正しいか。愛されることなど、もはや本人はまるで期待していない。ただ愛せればいい。だれかに心を注ぎたくてたまらないのだ。
(まぁ、そこにつけ込んだのは、オレだがな)
心惹かれた物を手に入れるためのごく一般的な手段として、ターレスは悟飯の隙に付け入った。悟飯が必死で隠そうとしていた悲しみに指をねじ込み、その隙間を引き裂いて広げた。カカロットが悟飯に戦いを教えなかったのは、一重に悟飯の身の安全を思ってのことだと気づいてはいたが、それを教えてやる気は毛頭なかった。どうしてそんなことをする必要がある?知らなければ、この原石のような青年は、己の手に落ちるというのに。
そして悟飯はターレスに捕らわれた。ターレスの望みどおりに、悟飯は、四方八方に愛情をまきちらしながらも、一番上等で上質の想いをターレスに向けた。
(なにが、どこにでも行けばいい、だ)
それでいいと、本気で思っているのか。……思っているのだろう。そしてターレスが去った後で、ただじっと悲しみに耐える。悟飯は見返りを期待しないことにかけてはいっそ病的であって、ときどきターレスは、自分がどう振舞おうと、突き詰めれば、悟飯はまるで気にしていないのではないかと感じることがある。自分が悟飯を手元に置こうと、見限ろうと、悟飯は変わらずに、ターレスに一番の想いを注ぐのだろう。
初めは、そう、出会って間もない頃は、そんな悟飯の特性を愉快に思っていたはずなのに、そこに虚しさを感じるようになったのは、いつからだったろうか。
(ハッ……、ふざけた話だな)
これでは、どちらが囚われているのかわからない。自分が死を命じれば、悟飯は笑って死ぬだろう。悟飯の力も体も、頭脳も心も、全てはターレスの所有物だ。悟飯自身も否定はしまい。なのに、全てを奪ったはずなのに、何一つ手に入れられていないような錯覚を覚えるのはどういうことなのか。
(まったく……、振り回してくれるぜ)
悟飯が聞けば、「振り回してるのはそっちじゃないか!」と全力で否定するだろう事を思って、ターレスは薄く笑った。まあ、悪くない。この自分が振り回されるなど、笑える話だが、それも一興だ。
「レズン」
振り向きもせずに呼びつければ、メインルームの入り口付近でウロウロしていた四つの気配のうちの一つが硬直した。
「どこでもいい……、ああ、第四倉庫がいいか、今は使っていなかったな。あそこを改造して、悟飯のペットの部屋を作ってやれ。森林の移植は無理だが、バーチャルシステムで仮想空間を造ることは可能だな?」
「ひと月はかかりますが……」
「二週間だ」
端的に命じれば、固まっていた気配が一目散に走り出していった。あとを追いかけていった二つの気配は、ダイーズとカカオか。ターレスは衣擦れの音すら立てずに立ち上がり、ドアへと向かった。一人残っていたアモンドが、神妙な顔でメインルームを出て行くターレスを見送る。ターレスは、そういえばと思い出して、アモンドを振り返った。
「アモンド」
「はい」
「ハイヤードラゴンが何を食べるか、知っているか?」
「…………」
ぴしりと凍りついた有能な部下に、ターレスはくつくつと喉を鳴らした。
「悟飯が戻るまでには、餌を用意しておいてやれ」
「…………わくわくアニマルランドになっても、よろしいので?」
「それは困るな。困るが……」
ターレスは、唇を三日月のように美しくゆがめて、笑った。
「年下の恋人の可愛らしいワガママも叶えてやれんようでは、このオレの名が泣くだろう?」
「………ターレス様、悪趣味です……」
悟飯の前ではそれだけは言わないほうがよろしいかと思います、というアモンドの心のこもった忠告を聞き流して、ターレスは宇宙船を出た。
地球まるごとならハイヤードラゴンは外せないよね!と思って書いてみました。後編に続きます。