あのときの自分は、本当に愚かだったと思うんです。






 ボクはなにもわかっていなかった。ただの子供だった。本当の戦いなんてなにひとつ知らなかったのに、ボクはあのとき頷いてしまった。
 ただ、おとうさんに褒められたくて、それだけで。
 よくやったなって、言って欲しかったんです。子供の頃、ボクの世界の中心にはおとうさんがいて、ボクは近づきたくて背伸びばかりしてた。本当は、戦うことが好きじゃなかったのに、ボクにはそれがいえなかった。少しでも、おとうさんと一緒にいたかったから。おとうさんをがっかりさせたくなかったんです。
 だから、ボクはセルと戦うことを選んでしまった。
 セルは始め、ボクのことを全く相手にしていなくて、あの頃ボクは、ボクが子供だから侮っているんだとばかり思っていたけど、今になって考えると違うのかなと思います。違うというか、セルがボクを相手にしなかったのも当然だなと思うんです。だって、ボクは、ボクの意志で戦っていなかった。
 ボクはただおとうさんの期待に応えたかっただけです。褒められたくて、喜んで欲しくて、それだけで戦うことを選んでいた。セルにはそれがわかったんだと思います。たぶん、セルだけじゃなくて、あのときあの場所にいた人全員がわかったんじゃないかな?そのくらい明け透けでしたよね、ボク。いま思うと恥ずかしいなあ。
 自分の意志じゃなくて、誰かのためでもなくて、もちろん地球を守るためでもなくて、ただ親に褒められたくて戦うのは、やっぱり子供です。孫悟飯じゃなくて、どこにいる、普通の子供です。いくら武術ができたって、転んだだけで大泣きする子供となにも変わりませんよ。強い敵を望んでいたセルが、そういうただの子供を相手にするわけがないよなあって、思うんです。
 高校生になって、ボクは、今では自分の意志で戦うことができます。平和を守るために戦ったり、しょうもない連中をやっつけたり。ヒーローっていうのにもちょっと憧れます。
 でも、本気で戦うことができるかと聞かれたら、ボクは、なんと答えていいのかわかりません。ボクは、子供の頃ほど戦いの全てに怯えてはいないし、少しはタフになったつもりです。どうして戦うんだろう、どうして戦う必要はないのに戦うんだろう、どうして、お腹が空いているわけじゃないのに戦うんだろうって、それは今でも思います。でも、必要じゃない戦いでも、今のボクは戦えます。殴ることに怯えて殴られるんじゃなくて、自分の意志で、殴ることを選びます。
 だけど、ボクは、セルの時のように戦うことは、もうしたくないんです。心の底から怒れば、ボクは、どんなヤツでも倒せるかも知れません。だけど、ボクの力は、ボクには支配できません。できないんです。どんなに修行をしても、たぶん、無駄なんです。ボクがボクである限り、あの、怒りというよりは憎しみのような力は、ボクのものにはならないんです。そう、怒りではなく、憎しみだからなんでしょうね。おとうさんには純粋な怒りがあったけれど、ボクが抱いたのは全てを枯らすような憎しみでした。ボクの大切な人を傷つけて、踏みにじって笑うセルが、憎くて憎くてたまらなかった。思い知らせてやりたかった。痛めつけてやりたかった。同じだけ、いやそれ以上に、苦しめてやりたかった。
 でも、やっぱり、そういうのはボクの性に合わないみたいです。憎しみに駆られているときのボクが、どんな残酷なことでもできるのは、それほどの激情に駆られているからで、結局、自分をコントロールできないんです。必ず、後で後悔します。呆れないでくださいね、ボクは、セルでさえ後悔したんです。おとうさんを殺したセルでさえ、憎しみに駆られて痛めつけてしまったことを、後悔しました。……いい子だって、ボクもう、高校生ですよ?
 セルと戦ったときのことは、今でもときどき夢に見ます。ときどき、考えます。もしもまた、誰にも倒せない敵が現れて、ボクが戦わなくては、地球が滅んでしまうようなことがあったら。そいつがすごく強くて、全ての力を出さないと勝てないとしたら。
 理性を壊して、心を失えば、ボクは全力が出せます。全力を出せば、倒せない敵はそういないでしょう。ボクを、ボクとするものを全て無くして、ひとつの力の塊になれば、ボクは守りたい人を守れると思います。
 だけど、怖い。ボクは、ボクでなくなることが怖いし、ボクでなくなったボクがみんなを傷つけてしまうことが怖い。ボクはね、ボクでありたいと思ってるんですよ。できることなら、最後の最後まで、力に心を殺されることなく生きていきたいんです。
 それでも────、それでも、力が必要なときが来たら、ボクは迷いません。ボクはきっと、孫悟飯であることをやめて、力だけの存在になると思います。
 だから、お願いです、ピッコロさん。

「ボクがボクでなくなることを、ボクが決意するまでは、一緒にいさせてくださいね」

 そしてどうか、ボクでなくなったボクを、その手で大地に返して欲しい。
 そういえば、敬愛するお師匠様は、意地の悪い顔で笑った。

「いわなかったか、悟飯。俺はおまえを信頼しているんだ」

 だから、お前がお前でなくなる日など、決してこないと信じている。
 言外にそう、告げられて、悟飯は小さく口を尖らせた。

「ずるいです、ピッコロさん」