「なぜ、ここにいる」
 夜だった。ぱちぱちとはぜるたき火の明かりに、男の姿が浮かび上がる。
 夜に溶けていきそうなその姿を、ピッコロは呆然と見上げた。



師匠と弟子の正しいお迎え



 音もなく荒野に現れた青年は、ピッコロにとってはよく見知った相手だった。
 夜風に揺れる黒髪、闇に混じる瞳、父親とよく似ていて、そのくせまるで違う穏やかな声。ピッコロは小さく頭を振った。これは夢だろうか。夢かもしれない。夢であればいい。いまこの時に、この生涯でただ一人の弟子に会うことなど、ピッコロは微塵も望んでいない。
 むしろ、二度と会わないことを願っていた。
「こんばんは、ピッコロさん」
 微笑んで、悟飯はたき火のそばに腰を下ろす。尖った靴の先が、乾いた土にこすれて音を立てた。
「なぜ、ここに……ッ!」
「ごめんなさい」
 ためらいなく返された謝罪に、ピッコロは天を仰いだ。片手で顔を覆う。小さく罵れば、悟飯はふたたび「ごめんなさい」といって頭を下げた。
 なんてバカな真似をしたのか。どれほど無駄なときを過ごしたのか。それをこの弟子に望んだことなど、己の魂に誓って、ただの一度もないというのに。
「だけどボクは、ここに来たかったんです」
 まるでピッコロの考えを読み取ったかのように、悟飯がいった。
「悟天には呆れられました。パンには『仕方ないなあ』っていわれましたし、ビーデルさんとは、次に会うときにはボクのほうから声をかけるよって約束しました。界王様には苦い顔をされて、おとうさんは……ボクの好きなようにすればいいといってくれました」
「あの、バカが!!」
 心底吐き捨てた言葉に、悟飯が困った顔をする。しかしピッコロは、腹の底から力を振るって、悟飯を鋭く睨みつけた。
「とめない孫も孫だが、おまえもおまえだ!孫がああなのは、昔からわかりきっていたことだろうが。どうしておまえまで付き合ったんだ!」
「えっ?ちがいますよ?ボクはお父さんに付き合ったわけじゃなくて、自分の意志で残ったんですよ」
「おまえが残ってどうする!修行でも続けたかったとでもいうのか、お前が!?」
「いえ、修行はとくには……」
「ならば何をしていたんだ。これほど、長い間、おまえが……ッ!」
 言葉が続かなかった。これが自分のためでなければいい。ほかに目的があったというなら、いくらかはマシだ。そう思いながらも、それがありえない可能性だと悟っていた。
 愛弟子の一途さを、ピッコロは誰よりもよく知っていたから。
「………だけど、ピッコロさんだって、ここにいるじゃないですか」
「おまえ、それが言い訳になると思っているのか」
「思ってません……。思ってませんけど、でも、ピッコロさんがここにいるなら、ボクのしたことも間違ってなかったんじゃないかなと思ってます……」
 しゅんとうなだれた弟子に、ピッコロは深い深いため息をついた。
(間違ってなかっただと?そんなわけがないだろうが。オレがここにいることと、おまえがしたことを一緒にするな。オレがここに来たのは、そんな理由じゃない。オレはただ ─── )
 瞬けば、星が見える。満開の星空の中に、月だけが見えない。それがひどく懐かしく愛おしい。
「オレは、ただ、ここに帰ってきただけだ」
「 ──── はい」
「おまえに会うはずではなかった。二度と、会いたくもなかった」
「……きっと、ピッコロさんはそういうだろうと思ってました。でもボクは、この役目を誰にも譲りたくなかった。悲しませるとわかってるのに、無理に会いたいと思ったわけじゃないんです。 ── ただ、ピッコロさんを迎えに行くのは、ボクの役目だと思ったから」
 静かな声が、木の葉のようにはらはらと落ちる。揺れる炎が、頬を赤く照らす。悟飯はピッコロをまっすぐに見つめた。
「おかえりなさい」
 結局、最期まで別れを口にすることなく別れた、最愛の相手が、優しい声でそういう。
「おかえりなさい。……ここが、ピッコロさんが最期に帰ってくる場所なら、ボクのしたことは間違っていなかった」



 あの時から、すでに数百年の時間が過ぎていた。
 日々の移ろいとともにゆるやかに大地も生物も変化し、この荒野も変わった。もともと少なかった草木はいっそう減り、獣達は別の住処を求め出て行って、残るのは岩石ばかりの場所になった。
 それでも、ピッコロにとってはここが始まりの地だ。
 ピッコロの運命はここで決まった。この地で悟飯と過ごしたことが、その後の一生を形作った。だから、はらはらと落ちる砂時計の砂のように、全身がゆるやかに力を失い始めたとき、ピッコロはこの地を目指した。
 死ぬときは、ここで死にたかった。人も動物も去り、生命の気配が失われた乾いた場所であっても、ここには色鮮やかな思い出があった。悟飯を喪ってから数百年のときを、一人で生きてきた自分を、けれど決して独りにはしなかった思い出が。
 悟飯が残してくれた何もかもがあったから、そしてそれは数百年の時を経ても決して失われることはなかったから、ここまで生きてこれたのだ。
 悟空が逝き、悟飯が逝き、やがてパンも逝き……、そしてピッコロは孫家を離れた。神殿に戻ることもなく、各地を歩き回った。ときに戦うこともあったし、戦いを教えることもあった。ひとりであっても、ピッコロは戦いをためらいはしなかったし、辛いとも思わなかった。かつての仲間が誰もいなくとも、みないつかは転生してこの地球に帰ってくる。そう知っていたから。だから、いかに戦いが孤独で、酷なものであったときも、負けることなどできなかった。いつかみなが、悟飯が、帰ってくるこの星を、守ることが残された自分の役割だろうと思っていた。
 もっとも、悟空だけは、あの世での修行に夢中になって、自分の命のある間に帰ってこないことも十分にありえると思っていたが。
 まさか、誰よりも平和主義者であった悟飯が、転生もしないで数百年もの間ずーっとあの世にとどまっているなど、どうして想像できただろう。よりによって、ほかの誰でもない、悟飯が!



 最悪だ、と呟いても、悟飯はにこにこと微笑んでいる。
「おかえりなさい、ピッコロさん」
(そういえば、昔からおまえは、頭のねじが緩んでいるようなところがあったな)
「よし!じゃあ、そろそろいきましょうか」
(数百年もたっているのに、なぜこんなにも昔と変わっていないんだ。特にボケているところが)
「おとうさんも、ピッコロさんに会えるのを楽しみにしてるんですよ」
(そこも相変わらずか。あんなに父親失格な男もそういないというのに)
「たくさん話を聞かせてくださいね」
(土産話をねだる子供か、おまえは)

  ──── そして、数百年も経っているのに、相変わらずこの弟子は、世界中の誰よりも愛おしかった。
 だからピッコロは、唇を引いて微笑んだ。
 ほかにどうしようもなくて。


「悟飯」
「はい、ピッコロさん」
「オレは、ただいまとでもいうべきなのか?」
 からかうような口調で尋ねたピッコロに、悟飯は目を丸くして、満面の笑みを見せた。
「はい。いってください、ぜひ!」



 そして、永遠のおかえりなさいをあなたに。









タイトルがふざけててごめんなさい。他に思いつかなかったんだ…!ハッピーハロウィンくらいしか思いつかなかったけど、いくらなんでもそれはない、と思ってやめました。