惑星ベジータの法において、結婚におけるタブーは原則として存在しない。
甘い生活 2
地球人の母を持ち、四歳までは地球で生活していたボクにとっては、十数年たっても馴染めない考え方なのだけど、サイヤ人にとって結婚というのは習慣ではなく嗜好なのだ。それも、地球人の感覚でいうなら、爬虫類を愛好するのと同じくらいには一般的ではない嗜好だ。
なぜか、という説明をするなら、そもそも戦闘とは何かという話から始めなくてはならないだろう。今さらいうまでもないけど、サイヤ人は戦闘民族だ。戦いこそが生活の基本であり、強さは、全ての価値と基準の根源にある。では強さとは何かといえば、これは、身も蓋もない事をいってしまうと、技術も、経験も、筋肉の質も量も、体力のあるなしも、体格の良さも悪さも、実は関係ない。いや、関係ないといってしまうといいすぎかな?関係があるときもあるのだけど、ただ戦闘の決め手となるのは圧倒的に、気の強さだ。他でもないボク自身が、その代表例みたいなものである。
気さえ強ければ、女性だろうと子供だろうと容易く他者を圧倒できるのだから、強さが全ての価値基準であるこの星において、性差はほとんど問題視されない。女性はか弱いという認識はサイヤ人には存在しない(それはそれでどうだろうとボクは思うのだけど。でも細身で小柄でも、気の強い女性が、弱い男を足蹴にしている光景などそこかしこで見られるわけで。平等ってなんだろうと考えさせられる日々だ)
そういう社会だから、昔から、女性ばかりが育児や家事の負担を背負うということもありえなかったらしい。かつては、夫婦の内で強いが仕事をし、弱いほうが家事をするというのが一般的だったそうだ。これはボクが文献を漁って知った、昔の話だ。
やがて技術の進歩とともに、家事・育児・そして出産管理までもが戦闘力の低い人間の仕事となった。自然出産が廃れていき、人工出産の時代へ到達する。男性の精子と、女性の細胞から作った擬似母体を掛け合わせ、子供が生まれたら、一定の年齢になるまで定められた施設で育てる。どの男女を掛け合わせるかは国が選んでいる(といっても、王家や一部のエリート階級を覗けば、その選択はランダムに振り分けられるだけだ)だから親が子供の顔を知らないことも、子供が親の顔を知らないことも、その両親が互いの顔を知らないことも、一般的なことだ。これが、現代の惑星ベジータの話。
長い前置きになってしまったけど、つまり何がいいたいかというと、この星では、結婚という仕組みはすでに形骸化してしまっているということだ。形が残っているだけの、古臭いものになってしまっている。今のサイヤ人でわざわざ結婚する人は一握りしかいないし(繰り返すけれど、これはあくまで原則の話だ。ベジータさんやトランクスのような王家の人間には適用されない)、そういう趣味程度のものにわざわざ規制もかからない。同性間であろうと異種族間であろうと、たとえ近親間であろうと、結婚も離婚もお好きにどうぞ、というのが現代の惑星ベジータにおける結婚法である。
だから、うん、このゆる〜い結婚法が何を導き出すかといえば。
ボク ── 孫悟飯と、おじいちゃん ── バーダックさんの結婚は、この星の法において、正式に認められてしまったということだ。
………地球だったらありえないよなあ。
今日は帰ってきてくれるかな。
ボクはテーブルの上に置いた時計を見つめて、ふうとため息をついた。手元の大鍋からは、いい匂いが漂ってきているけれど、あまり空腹を感じない。
突然ここに連れて来られてから、もう三日が過ぎていた。その三日間で、いろいろなことがあって、とりあえずボクがここで生活していけるだけの荷物は揃っていた。
例えば、初日の夜に、勉強道具一式を含む大荷物を持って、お父さんが瞬間移動してきたこととか。もちろんボクはその場でお父さんに事情を尋ねたのだけど、すぐに逃げられてしまった。「いいじゃねえか、とりあえずここで暮らせばよ〜」と、それだけがお父さんから返ってきた答えだったから、この件にお父さんも噛んでいるのは間違いないんだろう。
そのほかにも、初めて入ったおじいちゃんの家のキッチンが、まるで使われた形跡がなくて驚いたこととか。埃だけが積もっているキッチンというのを、ボクは初めて見た。汚れたままの食器が散乱しているとか、ゴミが積み上げられているとかなら、ナッパさんやラディッツ伯父さんの家で見たことがあったけれど、この家のキッチンはモデルルーム並みに未使用だ。おじいちゃんはいったい今までどういう生活をおくっていたんだろう……。
そういうことが色々あった後、ボクはようやく自分の生活スペースを確保して、一息ついたのだけど。肝心のおじいちゃんが、昨日も一昨日も帰ってきてくれなくて、ボクは少し途方にくれている。せめて、いつまでここにいればいいのかだけでも、聞いておきたかったんだけどな。
でも、仕事が忙しいのかなあ……。ボクは時計と、何度目になるかわからないほどの睨めっこをして、ふっと息を吐いた。仕事が忙しいのなら無理はいえない。体制が変わってから十年以上たつけれど、まだ完全に落ち着いたとはいえなくて、いろいろ大変なのだと知っているから。
ボクは鍋の火を止め、テーブルの椅子に腰を下ろして、ぼうっと家の中を眺めた。静かだ。おじいちゃんは今日も帰ってこないかもしれない。だとしたら、こんなに量を多く作るんじゃなかったな。あまりお腹もすいていないのに。静か過ぎて、空腹までどこかにいってしまった気がする。……そんなことを考えていたときだった。
シュンと、玄関のドアの開く音が聞こえた。
「バカか」
「すみません……」
もぐもぐと、ご飯をかきこみながら、おじいちゃんの絶対零度な眼差しで見つめられて、ボクは小さくなった。ご飯をせっせと食べながらだけど。
「待ってろなんつってねぇぞ」
「はい、いってません」
箸をくわえたまま、こくこくと頷くと、おじいちゃんにギロッと睨みつけられた。うっ、怖い。
「ならなんで待ってんだ、てめぇは」
「一緒に食べたかったんです。……ダメでしたか?」
おじいちゃんの箸が、ぴたりととまってしまう。息の詰まるような沈黙が降りて、それからまた箸が動きはじめる。これは、返事はないけど、ダメじゃないってことでいいのかな?いいんだよな、うん。
拒絶の雰囲気がないのをいいことに、ボクは少し勇気を出していってみた。
「できれば、帰れないときは、連絡を入れてもらえたら、嬉しいなーなんて……」
「…………」
「ざっ、材料が、無駄になると、もったいないなぁと……」
「…………」
「ごめんなさい、なんでもないです」
ボクが頭を下げると、おじいちゃんがハァと息を吐き出した。でも、そこに呆れや嫌悪の色はなくて、ボクはおそるおそる顔をあげる。するとおじいちゃんの手が近づいてきた。
「なんですか?」
「動くな。ついてる」
って何がですか?と尋ねるより早く、おじいちゃんの硬い指先が、ボクの唇を撫でた。あっと、わずかに声をあげたボクの前で、おじいちゃんはボクについていたご飯粒をそのままぱくりと食べた。
そしてボクを見て笑う。
「ガキだな、おまえは」
いえボクはもう十六歳なんですが。なんて、いい返す余裕はなかった。
心臓が、妙に早鐘を打っておかしい。なんだろう。何かに心を射抜かれたかのように、肌が粟立っている。変だな、ご飯を食べているだけなのに。疲れてるのかな。きっとそうだ、疲れてるんだ。今日は早く寝よう。
結論がでると、ボクは少し落ち着いて、おじいちゃんに気づかれないように小さく肩の力を抜いた。
「今週は帰れる」
「……え?」
「来週はまだわからねぇ。わかったら教える。それでいいか」
「はっ、はい!」
ボクは思わず立ち上がって、ぶんぶん頷いていた。
「ありがとうございます!じゃあ今週は、気合を入れて作りますね!」
「………好きにしろ」
突き放すような言葉とは裏腹な、温かな響きを持った声に、ボクは心から微笑んだ。
新婚さんのお約束(?)その2:おべんとう。