カレンダーを見つめて、ボクはうーんと腕組みをした。
この家で新婚生活という名前の居候生活を始めてから、はや三週間。はじめの頃の緊張感は、すっかり緩んでしまって、もう一つのわが家のようになっているのだけど。
そろそろ悟天が、遠足から帰ってくるはずだ。
いつまでもこのままって訳には、いかないよなあ。
甘い生活 4
おじいちゃんは今日から遠征で、帰るのは明後日になるといっていたので、ボクは早めに夕食を済ませてヴィジホンの前に陣取った。うちの夕食の時間を見計らって、ぽちぽちと番号を入れる。お父さんを捕まえたいと思ったら、この時間帯が一番だ。いつも自由行動な人だけど、夕食時なら確実に家にいるはずだ。
短い呼び出し音の後で、ぱっと画面に映ったのはお母さんだった。
『悟飯ちゃん!どーしただ、誰かにいじめられただか!?』
「あはは、大丈夫だよ。おじいちゃんにもよくしてもらってるから、安心してください。お母さんたちのほうこそ、なにもない?」
『おー、悟飯か、どうした、なんかあったか?』
『こら、悟空さ。なんもねえって、いま悟飯ちゃんがいったべ。むやみに心配するでねえ。悟飯ちゃんが変に思うだ』
お母さん……ひそひそ声でも、ヴィジホンの前で話していたら丸聞こえだよ……。
やっぱりお母さんも事情を知ってるのか。なんでボクだけこんなに蚊帳の外なんだ?
聞こえない振りをしながら、内心で首をひねっていると、画面の中からお母さんが慌しく出て行って、お父さんだけになった。
「お父さん、そろそろ理由を教えてもらえませんか?」
『んん?んー、そーだなあ』
お茶碗を握ったまま、お父さんが明後日の方向に目をやる。この反応は予想済みだったので、ボクは言葉を重ねた。
「もうすぐ悟天が帰ってくるでしょう。アイツ、きっと騒ぎますよ。なんて説明するんです」
『兄ちゃんはじいちゃんのとこに嫁にいったから、当分帰ってこねえよって』
「納得しませんよ、それじゃあ!」
ボクは思わず額を押さえた。そんなむちゃくちゃな説明で聞き分けろなんて、いくらなんでも悟天が可哀想だ。
「 ─── また、ボクを出すようにいわれているんですか?」
『ちがう、ちがう。そんな顔すんなって、悟飯。もう少し落ち着いたら、ちゃんと説明してやっから』
「落ち着いたらって……、いったい何が起こってるんですか」
『たいしたことじゃねぇんだけど……たいしたことかなあ?ちゅーか、実はオラも、とうちゃんと話できてねぇんだわ。だからどこまで続ける気なのか、わかんなくってなー』
なんだって?話ができてない?目が点になったボクの前で、おとうさんはぽりぽりと首筋をかいた。
『ベジータは、その場しのぎだろうっていってたけどよ。その場しのぎで終わらせるんなら、また同じこと繰り返すだろうし、それじゃ意味ねえからな。どーするつもりなんだか』
「まっ、まってください、お父さん。話がさっぱり見えないんですが、お父さんとおじいちゃんは連絡を取り合ってるんじゃないんですか?」
『いやー。ハハハ』
「連絡とってないんですか!?」
なんて驚きの新事実。あんまり知りたくなかったです、お父さん。というかよくそれで、実の父親と息子が結婚なんて非常識な状況を放任しておけましたね……まぁ、お父さんだから仕方ないか。
『まーまー、いいじゃねえか。そっちの生活に問題ねぇんだろ?悟天にはうまくいっとくから、心配すんなって』
「………わかりました。でも、兄ちゃんがじいちゃんのとこに嫁にいったというのは、やめてくださいね」
『え?なんで?』
「……なんでもです」
結局最後は、メモを持って戻ってきたお母さんの「そっちで足りねえものはねぇだか?」という質問攻めで終わり、何も聞き出せなかったボクは、がっくりと肩を落としてソファに座り込んだ。
洗濯物でも、たたもうかな……。
乾燥機から出したままの洗濯物の山を眺めて、半ば現実逃避のようにそう思い、のろのろと腰を上げた。電話をかける前はまだ薄暗かった外も、今はすっかり真っ暗だ。電気を一番明るくして、軽く背伸びをし、ボクは洗濯物の山に取り掛かった。
山といっても、二人分の衣服なので、あちらの家にいるときよりはずっと少ない。それでも小さな山ができるのは、おじいちゃんの戦闘服を毎日最低二着は洗っているからだ。いや……汗の汚れとか、砂の汚れとかはいいんだよ?でも、明らかに、そうじゃない汚れが……生地が黒だから目立たないけど、これは明らかに……というのが、あってですね。それも遠征に行った帰りならともかく、「なんで書類なんざ書かなきゃならねぇんだ、めんどくせぇ」と呟きながら出勤した日まで、服の一部が固くごわついて帰ってくるって…!書類書きにいったんじゃないんですか、おじいちゃん!職場で何してるんですか!?
それでも、おじいちゃん自身の血ではないということだけはハッキリしていて、そこだけは救いなのだけど(なんでわかるかといえば、本人にまるでダメージの跡が見られないからだ。あの人が怪我をしていたら、ボクは多分わかる)でもやっぱり心配だ。いっても鬱陶しがられるだけなので、心の中で無事を祈ってるけど。
洗濯物の山を綺麗に折りたたんで、棚にしまう。ボクはそこで少し考え込んだ。
実のところ、ボクは、ついさっきまでは、今回の事をあまり重く見てはいなかった。心当たりがあったからだ。
戦闘民族という特性もあって、サイヤ人は元来少数民族だけど、それでも一つの星を支配できる程度には人口がある。そんな中で、たった5人しかいないスーパーサイヤ人になれるサイヤ人は、普通に暮らすだけでもややこしかったりするんだよね。もともと別格の王家であるベジータさんやトランクスくんはともかく、本来下級戦士であるお父さんに、混血のボクと悟天は、何もせずのんびり暮らしているだけでも、気づいたらトラブルに巻き込まれていたりするのだ。
特にボクは、微妙なことが重なってるからなあ……。
おとうさんは、なんといってもサイヤ人の中で初めて伝説を体現化した人なので、存在自体が伝説みたいになっている。ボクたち親子を危険視する人でさえ、お父さんが前に出ると一斉に黙り込むくらいだ。最初の衝撃は相当強く、誰の胸にも鮮やかに残っているらしい。アイツは教祖にでもなったのか、と、昔おじいちゃんがいった言葉がすべてを物語っていると思う。
悟天は悟天で、スーパーサイヤ人になれると発覚した時期がよかった。トランクスくんと対決ゴッコとやらで遊んでいるとき、つまりトランクスくんがスーパーサイヤ人になれると発覚したのと同時だったので、悟天の危険人物度は、王家の祝い事で半減された。さらに悟天自身がトランクスくんに懐いていることもあって、かなり相殺されたと思う。
ボクは、年齢が近くてスーパーサイヤ人になれる相手が、いないからなあ。おまけにボクがスーパーサイヤ人になったとき、お父さんは『悟飯はいつかオラを超える』とか何とかいったらしい。ボクが直接聞いたわけではないんだけど、ラディッツ伯父さんが額に青筋を浮かべて『どうしてあの愚弟は、いらん事ばかりいってこっちの苦労を増やすんだッ!』と怒っていた……。
おかげで王議会では、お父さんにはベジータさんが、悟天にはトランクスくんが抑えになるけれど、ボクが反逆したらいったい誰が抑えられるのかという議題が、真剣に話し合われちゃったりするらしい。あの…、そもそも反逆する気なんてないんですけど…、というボクの意見が聞き入れられるはずもなく……。
ついでにボクは戦闘が好きではなく、軍人よりも役人タイプであり、そちらの将来を見込まれてもいるので、この歳になっても仕事を請け負ったことがない。
仕事というのは傭兵業のことだ。お父さんがフリーザを倒し、惑星ベジータが独立国になってから、この国の資源といえばもっぱら兵力であり、サイヤ人の9割方がこの職についている。惑星ベジータ自体が巨大な傭兵団であり、王家はその斡旋をしているといってもいい。サイヤ人は戦闘力が高ければ子供でもどんどん戦場へ行きたがるし、低くともある程度の年齢になれば隊の一員として戦いに出るのが普通だ。
だから、スーパーサイヤ人になれて、なおかつ16歳にもなって仕事を一度もしたことがないボクは、この国の常識でいえばありえない存在というか、理解しがたい存在になってしまっている……。(ちなみにお父さんもめったに仕事を請けないが、お父さんの場合は、『強いヤツじゃねえとワクワクしねえ』の一言で周囲を黙らせた)
だから、ボクは、一度仕事を請けたほうがいいんじゃないかと、前からいっているんだよね。依頼の中には、要人警護のような比較的平和で、ボクでも務まりそうなものもあるのだけど、「そんなことは気にしなくていいから今は勉強に集中してちょうだい」とブルマさんは譲らない。
たしかにこの国は、軍部ばかりが拡大して、すごくバランスの悪いことになっているので、一人でもサイヤ人の官吏を増やしたいというブルマさんの気持ちもわかる。「トランクスが成人するまでには、悟飯くんにあたしの仕事を全部任せるつもりだからよろしくね!」といわれると、傭兵してる時間はないな…!という気持ちにもなる。いまブルマさんが抱えている仕事の量といったら……それはそれはすごいんだ……。
ただ、純粋なサイヤ人の偉い人たちには、スーパーサイヤ人になれるのに官吏志望だなんて、何か謀略があるのではと疑念を抱かせるらしく、ボクを前線に出させるべきという意見はひんぱんに上がっている(そのたびにベジータさんに苦労をかけていて、申し訳ないと思うのだが、謝ったりしたらぶっ飛ばされるのだろう)
今回のことも、要するに、いつものこれなんじゃないかとボクは思っていたのだ。
結婚なんて理由をつけて、おじいちゃんがボクをこの家に引っ張ってきたのは、スーパーサイヤ人であるお父さんの傍にいるより、一戦士であるおじいちゃんの傍にいたほうが、騒ぎを鎮めやすいという理由からなのではないかと。
だから、それまでの間 ── 今までの経験からいって、長くてもせいぜいひと月程度 ── でこの居候生活は終わってしまうんだろうと、思っていたのだけど。
……違うのか?ほかにどんな理由が?どうしてボクにここまで隠すんだ?
お父さんは、連絡を取れていないといった。なら、おじいちゃんは、何を考えているんだろう。
……ボクは、いつまでここにいていいのかな。
新婚さんのお約束(?)その4:ちょっとすれ違い。
ヴィジホンは銀英伝から。壁にはめ込まれてるでっかいテレビ電話みたいなものです。