おじいちゃんは、すぐには答えなかった。
 観察するようにじっくりとボクを眺め、床に開いたままの大穴に目をやり、ふうと短い息を吐き出した。
 再びボクへ視線を戻したときには、その眼は戦場にいるかのように鋭かった。
「だれに、くだらねぇことを吹き込まれやがった」
 おじいちゃんにとっては、真実、くだらないことなのだろう。それはわかっている。
 だけど、ボクには、どうしても受け入れがたいことなんだ。



甘い生活8



「ターレスがきて…、全部、聞きました」
 おじいちゃんは眉間にぐっと皺を寄せ、痛みを感じるほど冷たい声でいった。
「あのクズが……。さっさと殺しとくべきだったな」
 ためらいのない声だった。もしここにターレスがいたら、とうに殺し合いが始まっていたかもしれない。おじいちゃんも、ターレスも、お互いにためらうことはないんだろう。純粋な戦闘民族だというのは、そういうことだ。地球人の母に育てられたボクの感覚とは、かけ離れている。それを悲しいとも、うらやましいとも思わないけれど、ときどき、本当にときどき、その果てしない距離に打ちのめされる。
「お前もお前だ、悟飯。ヤツのいうことなんざ、真に受けるなと何度もいっただろうが」
「でも、ほんとのことなんでしょう?」
 ボクはおじいちゃんの眼をじっと見上げていった。
「おじいちゃんがボクと結婚したのは、ボクにきていた、政略結婚の話を壊すためだ。そうですよね?」




 一つの星の話をしよう。
 惑星ベジータからはかなり離れた、地球を越えた遠く向こう、銀河の端に、とある星がある。
 その星は辺境に位置していたが、二つのことで有名だった。
 一つは、その星の住人が、生き物の概念からはかけ離れた姿をしていること。
 その星の住人は、つやつやの四方形であったり、つるつるの円形であったりして、眼も鼻も口も存在せず、一見したところまるで生き物には見えないのだ。しかし確かに生き物であり、一定のルールに基づいて意思疎通を行っているという。
 もう一つは、その四方形だったり円形だったりする彼らの、特有の能力についてだ。
 彼らは、金や宝石などの、一般的に資源と呼ばれる物全てを、創りだすことができる。その方法については、堅く秘密とされていて、彼ら以外の誰も知らないといわれているが、資源を産み出せるというのは事実だ。彼らは創りだした資源により富を得て、その富によって武力を借り受け、長い間独立を守ってきている。
 彼らが武力を借りる先は、その時々で違う。彼らは時勢に敏感で、常に最も有力な相手と手を組むと言われている。

 その彼らが、新たな同盟者として白羽の矢を立てたのが、戦闘民族サイヤ人だった。

 フリーザの支配下から抜けてというもの、惑星ベジータの産業はもっぱら傭兵業であったから、兵力のレンタルはいつでも行われている。だが彼らは、期限のあるレンタルではなく、力の一部を買い入れる事を望んだ。
 すなわち、戦士たちの頂点に立つというスーパーサイヤ人を一人、結婚という形で、彼らの元に留めたいと。
 その代償として、彼らが提示したのは、金銭ではなく、資源そのものだった。彼らの治める星のひとつで、豊富な資源が手付かずのまま眠っている星を、まるごと譲り渡すというのが、掲示された条件だった。

『いかに有能な王妃とはいえ、この話を一蹴することはできなかったんだろう。いや、有能だからかね?ただの戦闘バカなら、資源など気に留めないだろうからな。だが王妃は、実務においては王宮の誰よりも切れる女だ。惑星ベジータの未来を考えれば、受けるべき話ではないかと迷って、その隙を突かれたんだろうぜ』
 お前を目障りに思っている連中にとっては、空から降ってきた幸運のような話だからなと、ターレスは笑った。明らかな侮蔑を、その眼にうつして。
『……それは、ブルマさんが迷うのも、無理ないよ……』
 この星が傭兵業ばかりを推しているのは、戦いを好むその民族性が一番の理由ではあるけれど、二番目には、資源が乏しいからという理由がくる。正確にいえば、乏しいどころか、ゼロに等しい。先の事を考えて、どこかで資源を確保しておきたいと考えるのは当然のことだ。それが、武力制圧ではなく、穏便に手に入るならなおいい。
『へえ?なら、婿入りしてやるか?最新の宇宙船でも何年かかるか知れないほど遠く、円形だの四角形だのが生活している星で、飼い殺しのまま大人しく暮らすか?死ぬまで一生?』
『それは……。でも、トランクスくんや悟天にさせるわけにはいかないだろ。必要なら、ボクが……』
『 ─── お前は、本当に、オレを不快にさせるのが得意だな、悟飯。全神経を、下からヤスリで逆撫でされたような、実にイイ気分だ。お前をこの手で絞め殺せないのが、残念でならないぜ』
 深淵のような暗い眼でそういって、だが、とターレスは軽い声で続けた。
『オレは順序はわきまえているからな、ここはバーダックのヤツに譲ってやるさ。お前を一番に躾けるのは、アイツの役目だろう?』




 名前だけ、建前だけだろうと、おじいちゃんが結婚したのは、ボクを政略結婚に使える駒ではなくするためだ。いかにサイヤ人にとって、結婚が意味のない名ばかりのものだろうと、対外的にはそれは通用しない。惑星ベジータでは重婚すら認められているけれど、他の政府に向かって、重婚でもいいですかなんて言えるわけがない。そしてボクが使えないとなれば、お父さんやベジータさんは論外だろうし、トランクスくんや悟天では幼すぎる。
 何より、この話を進めたい人たちにとって重要なのは、もしも反逆した時に抑えられる人間のいないスーパーサイヤ人 ─── つまりボクを遠くに追いやることであって、王家の跡取りや危険度の低い悟天を、政略結婚に使おうとは思わないだろう。ボクが駄目なら、この話自体が立ち消えになる。
 だからおじいちゃんは急いでいたのだ。強引でも無理やりでも、ボクと結婚しておく必要があった。この政略結婚話は、ボクが適齢の独身であるということが大前提だから。それを壊してしまえば、ブルマさんが悩む必要も、ベジータさんがボクを排除したい人たちと争う必要もなく、この話は終わりだ。

 むちゃくちゃだ。そんなの、むちゃくちゃです、おじいちゃん。

 体の中が、きゅうと引き絞られるような気がした。胸の奥が、どろどろに溶けて熱かった。こんなむちゃくちゃなやり方で、事情を全部ボクの眼から覆い隠したまま、あの人はボクを守ってくれていたのだ。何ひとつ、ボクに背負わせることなく、無言のまま、ボクの前に立っていた。ボクに対するあらゆる害意を、その背で跳ね除けてくれていた。
 まるで、あのときのようだと思った。ボクがターレスを殺しかけたときのようだと。
 そう思って、ボクはダメだと悟った。おじいちゃんの優しさが好きだ。何もいわずに守り抜こうとする、その誇り高さも強さも全部好きだ。この人の何もかも全てを敬愛している。だけどダメだ、これはダメだ。ボクは受け入れられない。ボクはもう幼い子供じゃないのだから、いつまでもあなたの庇護下にいていいはずがない。
 あなたのことが好きです。ボクを守ろうとしてくれるその心も、すごく好きです。尊敬してます。
 だけど、ボクがかつて願ったことは、あなたの助けになることであって、あなたの足枷になることじゃない。








 新婚さんのお約束(?)その6:訳有り婚の事情説明。