ブウとの戦いを終え、孫家の食卓にスーパー大食漢が一人増えた、うららかな春の日。
 緑と赤の色合いが美しい野菜炒めを、皿の端から頬張っていた悟飯は、ふと顔を上げた。隣を見れば父親も同じように、箸を止めている。
(なんだ?)
 悪意は感じない。邪悪さもない。どちらかといえば清浄で、高貴さすらある。だがしかし、なんだろう、この溢れんばかりのうごめきは。
 不思議な気の持ち主は、律儀に呼び鈴を鳴らした。
「あれ、誰だべな?ブルマさんか?」
「あ、いいですよ、お母さん。ボクが出ますから」
 箸を置いて席を立てば、途端に、止まっていた父親の手が猛スピードで動き始めた。悟飯が出るならいいや、という考えが透けて見えるようだ。
(まったく、もう…)
 押しつけられたのか、信頼されているのか。どちらにしろ戻ってきたときには皿の上はきれいになってしまっているだろう。やれやれと思いながら扉を開けると、そこには偉い神様が浮いていた。
「こんにちは、お久しぶりですね、孫悟飯さん」
「界王神さま!」
「こら〜、わしもおるぞ〜〜〜」
「あれ、界王神のじっちゃんじゃねえか。どうしたんだ?また悪い奴でもでたんか?」
 お茶碗を離さないまま父親が尋ねると、若い方の界王神は清浄な笑みを浮かべていった。
「いいえ、今日は、悟飯さんをスカウトにきたのですよ」



訪問販売お断り!



 界王神という説明を母親に納得したようには見えなかったが、『ブウとの戦いで悟飯や悟空を助けてくれた』という一言で彼女には十分だったらしい。ご馳走を用意するだ!と張り切って買い物に出かけた母親は、きちんとお客様用の湯飲みとお茶請けを用意していってくれた。悟飯はそれをお盆に載せると、コトンコトンと優しい音を立てて、木製のテーブルの上に置いた。
「それで、悟飯をスカウトしにきたって、どーいうことなんだ?やっぱり強いやつが現れたんじゃねぇのか?」
 目をきらきらと輝かせる父親を横目に見ながら、悟飯は困ったなあと思っていた。
(二週間後には中間試験があるのになあ)
 また休学しなくちゃいけないのかと憂鬱になっていると、界王神はあっさり首を振った。
「違いますよ。あなた方の手を借りるほどの連中は、今のところおりません。第一、そんなに、おそろしい連中ばかりいてもらっては困ります」
「じゃー、なんだよー?」
 ちぇっと言わんばかりに父親が尋ねれば、若き界王神は、気をぼうぼうと燃え立たせていった。
「悟飯さんに!ぜひ!界王神になって頂きたいのです!」
「はっ?」
「はー?」
「その昔、魔人ブウが現れる前は、わたしのほかに四人の界王神がいました…。ですが、ヤツとの戦いで、生き残ったのはわたし一人…、五人いた界王神はわたし一人になってしまったのです」
「でも、キビトさんがいましたよね?」
「ええ、キビトは各界王神に一人は付く、界王神の補佐役でしたから…。でも、そうですね、キビトがいたときはまだ良かった…、ポタラで合体してしまう前は、まだ!」
 界王神は言葉を詰まらせ、両手で顔を覆った。
「四つの界から飛び込んでくる揉め事も、キビトがいたときは、半分ずつ対処できました。でも今はわたし一人なのです!いくらわたしが界王神でも、この体は一つです。この手は二つしかないんです。なのに次から次へと、ろくでもない問題ばかり!どうしてどの界も問題を起こさずにいられないんですか!たまには落ち着いてお茶でも啜っていろといいたいですよ!もうしませんといった端から同じ問題は起こすは、二回三回言っても覚えないわ…!!このままではわたしは過労死です!!」
「界王神のじっちゃんがいるじゃねえか」
「あっ、ばか」
 老界王神が慌てて止めたが、父親の失言ははっきりと若い界王神の耳に入ってしまったらしい。
「何にもしてくれないんですよ!ご先祖様は!!いっつもいっつも下界を覗いてばかりで!!」
「じっちゃん〜、そりゃよくねえよ」
「ふんだ、結婚してから一銭も稼いだことのないおぬしに言われたくないわ」
 そんなの、ドングリの背比べもいいところだ。悟飯は界王神に深く同情した。父親を誰よりも尊敬している悟飯でさえ、悟空が家庭人としてどうかと聞かれたら、言葉に詰まる。ああいう夫になったら駄目だよなあとわかっているからだ。働かなくてしょっちゅう死んですぐ行方不明になって結婚記念日も修行しているような父親と、離婚しなかった母親は偉いと思う。
「ですから、ぜひ、悟飯さんに新しい界王神になって頂きたいのです!治めていただく地ももう考えてあるんですよ!西がいいですか?南がいいですか?北ではやはりやりにくいと思うのですが…」
「ちょ、ちょっと待ってください!ボク、できませんよ、そんなこと!ボクはまだ十七歳ですよ!?地球人は外見年齢と実際の年齢はほぼ同じなんですから!」
「大丈夫です。年齢など問題ではありません。これから経験を積んでいけばいいんです!大切なことは、界王神に必要な力と心を持っていることです。まさに悟飯さん、あなたのような人を私はずっと捜していたんですよ!」
「それなら、お父さんだっていいじゃないですか」
「え、オラか!?」
「強い敵と戦えますよ。ベジータさんは、まあ、駄目かもしれないけど、そうだ、ピッコロさん!ピッコロさんなんて元神様ですよ!あ、でも、そうするとなかなか会えなくなっちゃうのかな…」
「オラには会えなくていいのかよ」
「お父さんならどこでも生きていけます」
 でもピッコロさんは、お父さんと違って繊細な人だからと、悟飯が真顔で言うと、父親はひどくいやそうな顔をした。なんでこんなにピッコロ馬鹿に育ってしまったんだろうと言いたげな目をしているが、そんなの自分が死んだのが悪いのだ。
「確かに悟空さんは力は申し分ないのですが…、性格的に無責に…、いえ、大雑っ…、いえ、大らかですので!界王神には向いていないと思います。元地球の神である彼なら、まあ、性格的には問題ありませんが、少々力量不そ…、い、いえ、やはり地球にこそ必要な人物かと思いますので!」
「……脅すなよ、悟飯」
「脅してませんよ」
 ただちょっとむかっとしただけだ。
「とにかく!悟飯さん、あなた以上の適任者はいません!強く、礼儀正しく、賢く、慈悲深く!あなたはまさに界王神となるために生まれてきたのです!」
「いや、ボク、地球人ですから」
「問題ないな〜。地球人でも、界王神にしてやることはできるからな〜〜。魂の格を上げればいいだけだな〜。なんなら今すぐしてやろうか〜〜?」
「じょ、冗談じゃないですよ!お断りです!!」
 水晶玉を光らせた老界王神に、悟飯は慌てて両手を振った。顔の前でぶんぶんと交差させて、はっきりとお断り!と意志表示する。
「界王神になれば、不老不死の一歩手前くらいまで長生きできるな〜〜」
「普通の寿命でいいですから!」
「死んだ後も〜、もちろん体つきだな〜〜〜」
「ボクは別に、あの世でまで修行したくないから体いりません」
 隣で父親ががーんとなった。もしかして父親は、あの世で修行して強くなった自分と戦ってみたいとか思っていたのだろうか。だとしたらそちらの方がよほど悟飯にはショックだ。
 頑なに断る悟飯に、若き界王神の気がぐにゃりぐにゃりと波打った。なんというか、もう、目がヤバイ感じにつり上がっている。
「では ──── 、悟飯さん、こういうのはいかがでしょう。あなたが界王神になってくださるなら、悟空さんにあの世で体を与える。どうしてもならないというなら、体はなし!というのは」
 悟飯の方にぐぐっと身を乗り出して、界王神がいった。顔は穏やかに笑んでいるが、目が相当きている。
「……界王神さまがそんなこといって、いいんですか」
「わたしの過労死には代えられません」
 立派な脅迫者となってしまうくらいに、界王神はせっぱ詰まっているらしい。 
(どうしたものかなあ)
 界王神になるという選択肢は、初めから悟飯の中にはないのだが、こうもギリギリいっぱいな界王神さまを放っておくわけにもいかない。
(グレートサイヤマンとして、手助けするくらいならできるかな)
 地球には父親がいるし、勉強はどこででもできる。それこそ戦闘の合間でもできる自信が、悟飯にはある。昔からそうやって、修行と戦いの合間に勉強してきたのだから。
 考え込んだ悟飯の隣で、父親が妙にゆっくりとした口調で尋ねた。
「なあ、界王神のじっちゃん。オラよくわかんねえけど、それって脅迫じゃねえのか?」
「じゃねえのかっちゅーより、あからさまに脅迫だな〜〜」
「だよなあ?」
 納得したように頷いた父親が、次の瞬間なにもいわず急激に気を高めたので、悟飯の心臓はとまりそうになった。
「ど、どうしたんですか、お父さん!なんでスーパーサイヤ人になってるんですか?」
「脅迫はよくねえよ、界王神さま」
「そんなことをいっていいんですか、悟空さん。あの世でどうなるかわかっているんですか」
「界王神さま。ここでオラにぶっ飛ばされるのと、大人しくあっちに帰るのと、どっちがいい?」
 表面上はにこやかなまま、目が笑っていない二人が対峙した。片方は全ての界の頂点に立つ神で、片方は古き戦闘民族の生き残りにして宇宙最強。悟飯は声にならない悲鳴を上げた。
(おとーさん!)
 何もこんな時だけ怒らなくてもいいのに!と、頭を抱える。なんといっても相手は界王神だ。偉いのだ。ピッコロさんが敬意を払っちゃうくらい偉いのだ。とはいえ、父親が腹を立てるのも当然だと悟飯にはわかる。何事にも軽く、人や物に対する執着も薄い父親だが、無理やり何かを奪われるということは大嫌いだ。自然に失ってしまうとか、どうしようもない事とかは、軽く笑い飛ばして割り切れる人なのに、『無理やり』に『奪われる』ということに対しては激怒する。
 自分が攫われたときや、仲間が殺されたときのように。
「魂だけにするどころか、地獄に落とすことだってわたしには可能なんですよ」
「いま死んでおけば過労死の心配もなくなるんじゃねえか?オラ、あったまいー!」
 悟飯はふうと溜息を一つ付いて、軽くテーブルを叩いた。
「そこまでにしてください。あんまり物騒な口喧嘩しないでくださいよ、お父さん」
「オラだけか!?オラなんて地獄行きにされそうになったんだぞ!」
「お父さんなら地獄でも楽しくやれるから大丈夫です」
「なにが!?なにが大丈夫!?」
 ちょっぴり涙目になっている父親を見ないふりして、悟飯は界王神に向き直った。
「界王神にはなれませんけど、手伝うことならできますから、大変なときはいってください」
「悟飯さん…!す、すみません、わたしとしたことが…!界王神にあるまじきことを言ってしまいました…」
「いいんですよ。お仕事、大変そうですもんね」
 にこにこと、幼い頃からクリリンに癒し系と評されてきた笑みを向けると、界王神に両手をがしっと握られた。
「ありがとうございます!ではさっそく、界王神にふさわしい服装にいたしましょう!」
「え?」
 風が撫でていったような感触の後、悟飯の服装は、いつものカジュアルなものから、薄紫色の界王神衣装に替えられていた。
「な、なんですか、これ!!元に戻してくださいよ!!」
「よくお似合いですよ、悟飯さん!」
「いやですって!だってこれ、ちょっとダサイじゃないですか!」
「後ろにハンカチみてえなの付いてるしなー」
「それをいうならスカーフじゃろ。確かに似とるな〜」
 父親と老界王神の呑気な会話に、悟飯はますます慌てた。悟飯はあの格好良いグレートサイヤマンスーツで手伝う気でいたのだ。こんな格好悪い服装になるなんて聞いていない。
「伝統的なものですから、少し古く感じるかもしれませんが、あのグレートサイヤマンとか言う服装に比べれば全然問題ないでしょう」
「うむ。あんなだっさい格好に比べれば万倍マシじゃな」
「げ、ばか、だめだって、界王神さまも、界王神のじっちゃんも…!」
 隣で父親が妙に狼狽えているのがわかったが、悟飯の気はすでに膨れあがっていた。
(だっさい格好だっさい格好だっさい格好だっさい格好────!!!)
 許せない。絶対許せない。悟天とブルマさん以外褒めてくれなかったことを、ボクだってちょっとは気にしてたのに!! 

「界王神になんか、絶対、なるもんかーーー!!!」











 究極の力が暴発する前に、咄嗟に瞬間移動で二人の界王神を連れて逃げた悟空は、肩で息をしながら崩れ落ちたわが家をみた。
「……チチが出かけてて、良かったなあ…」
 でも帰ってきたら、なんて言おう。地球の存亡よりもずっと手に負えない問題に、悟空は思い切り逃げ出したくなった。