神さまの友達


 今でこそ空を飛ぶのと同じくらい簡単にできるけど、最初にスーパーサイヤ人になろうとしたときは大変だったよ。何とかなれた後も、その状態を安定させるのがすごく難しかった。
 いつだったか、ボクにそういったのは、悟飯さんだった。
 その言葉を思い出せば、この状況も、なるべくしてなったとしかいえないのだろう。


 仮眠用の寝台に体を横たえ、ボクの膝に頭を乗せて、悟飯さんは深く息を吐き出した。
「少しは楽になりましたか?」
「ああ、だいぶ楽になった……。ありがとう、デンデ」
 悟飯さんの肩や腕をさすりながら、ボクはいいえと首を振った。

 悟飯さんが最初に神殿を訪れたのは、魔人ブウとの戦いが終わってから五日目の夜だった。悟飯さんは薄い星明りでもハッキリとわかるほど顔色が悪く、体はまるで、痙攣でも起こしているかのように震えていた。耐えているのだ、と、ボクは直感した。
 魔人ブウとの戦いのために、潜在能力のすべてを界王神さまに引き出してもらったことが、戦いが終わった後の悟飯さんには非常な負荷となっていた。悟空さんに修行をつけてもらって、スーパーサイヤ人へと登ったときでさえ、力を安定させるのはひと苦労だったのだ。セルを倒したあとは、戦いから遠ざかっていた悟飯さんが、いや悟飯さんの体が、急激なパワーアップについていけるはずがなかった。
 “揺れ”は、突然来るのだという。日常生活の中では、小さく抑えている気が、いきなり暴れだす。まるで体の中に、猛る龍が潜んでいるかのようだ。悟飯さんの意思など無視して、勝手に上昇し、暴発を繰り返し、突き破る勢いで力の解放を求めてくる。いつ起こるかは予測できず、治療薬もない。嵐が過ぎるのを、ただじっと待つしかない。
 それでも、その状況は、全て悟飯さんから聞いたものだ。ボク自身がその、猛る気を感じたことはない。なぜなら、悟飯さんが必死で、息絶え絶えになりながらも、“揺れ”を抑えつけて周囲に悟られないようにしているからだ。
 特に、悟空さんとピッコロさんにだけは、どんな事をしてでも知られたくないらしい。ムリヤリ戦わせたなんて思わせてしまうのは一度で十分だ、そう悟飯さんが呟いたことがある。ボクは、それについては色々思うところがあったけれど、言葉にはしなかった。それはきっと神様の役目ではないし、悟飯さんの友達としてのボクもいう必要を感じなかった。
 ボクはただ、悟飯さんがこっそりとやってくるたびに、こっそりと迎え入れて、こっそりと癒しの力を使った。ボクの力では悟飯さんの“揺れ”を安定させることはできないけれど、苦痛を取り除いたり、疲労を回復させることくらいはできるから。


 いくらか顔色のよくなった悟飯さんは、今度は別の理由でううと呻いた。
「もうダメだ。今度こそ終わった。オレはもうお終いだ」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫なもんか。オレの方からおしかけたのに、五分もしないうちに飛んで逃げたんだぞ。いくらピッコロさんだって、絶対気を悪くしてる。もうダメだ。次に会うときはきっと別れ話を切り出されるんだ」
 それにピッコロさんと五分も一緒にいられなかった、久しぶりに会えたのに。そう嘆く悟飯さんは、本当はいったいどちらを気にしているのかよくわからない。
 なので、ボクは悟飯さんの頭を撫でて、とりあえず繰り返し言った。
「大丈夫ですよ。ピッコロさんはそのくらいで気を悪くしたりしませんよ」
「もしそうだとしても、不審がられてることは間違いないだろ。ダメだ、終わった。オレはとうとうピッコロさんに嫌われたんだ」
「はいはい、そーですか」
 適当な返事を返してみたら、悟飯さんにぎっと睨まれた。
「そこは否定しろよ、デンデ」
「悟飯さんが自分でいったんでしょう」
「それでもそこは否定するところなの!ピッコロさんがボクを嫌うなんてありえない。このドラゴンボールを賭けてもいい」
 この、といって指し示されても、悟飯さんの手の中にドラゴンボールなんて当然のように存在しないのだけど。それでも自信満々に、悟飯さんがいう。口調が元に戻っているのは、こういう時(つまり自信があるとき)は、ちょっとだけ素に戻るというか、熱に浮かされた感覚が薄まるらしい。まあ、薄まるといっても、40度の熱が39.5度に下がったくらいの違いしかないのだけど。
 “揺れ”が起きているときの悟飯さんは、高熱に浮かされている病人と同じくらい言動が怪しい。いつもの穏やかで理性的な悟飯さんから、くだを巻く酔っ払いのような悟飯さんへと変身する。
 ボクはどちらの悟飯さんも好きだ。ちょっと理性が壊れてる悟飯さんも、なんだか可愛い。
「そうですよ、ピッコロさんが悟飯さんを嫌うなんてありえませんから、安心して休んでください」
「……けど、オレが重荷になってたらどうしよう、デンデ」
「悟飯さんを背負えないほど、ピッコロさんは華奢じゃありませんよ」
「でも、力がなかなか安定しないんだ。この先も、ずっとこうだったら、オレはどうしたらいいかな。ピッコロさんに知られたくないのに。あの人を傷つけなくないのに。知ってしまったら、ピッコロさんは絶対苦しむんだよ。デンデ、オレはどうしたらいいのかな」
「 ──── ……大丈夫ですよ」
 ボクは悟飯さんの、紅葉を敷き詰めた湖のような深い瞳を覗き込んで、言葉を続けた。
「もし揺れが長く続くようだったら、ピッコロさんにきちんと相談しましょう。きっとね、ピッコロさんも、悟飯さんが話してくれるのを待ってますよ。ピッコロさんはとても辛抱強い人だから、無理に聞き出そうとはしないだけで、本当は誰よりも、悟飯さんに頼って欲しいんですよ」
「………そうかな」
「そうです」
「言い切るね、デンデ」
 くすりと、悟飯さんが笑う。ボクはえっへんと胸を張った。
「だってボクは神様ですから。信じてください、悟飯さん。大丈夫ですよ」
 悟飯さんは静かに肩の力を抜いて、こくりと頷いた。

「信じるよ。デンデのいうことなら、信じてるよ」



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