遠ざかっていこうとする痛みを、必死で引き止めるのに、全ては緩やかな波に攫われていく。
 痛覚を失っているのだとわかって、どうしようもなく恐怖した。死ねない、死ねない、まだ、死ねない。瓦礫の中で爪を立てる。砂にまみれた空気を吸う。焼け付くような腹から息を吐き出す。まだ動く、まだ、戦える。
 片腕で体を引きずり、芋虫のように這いつくばって地面を進む。ざらざらと固い地面に、動く端から肌が破れていくようだった。けれど、その痛みさえ、ひどく鈍い。
 全身が麻痺し始めているのだとわかって、声にならない悲鳴を上げた。
(まだだ!まだ駄目だ!オレはっ───!)
 死ぬわけにはいかない。死ねない。まだ駄目だ。生き延びなくては。生きて、生きて、生きて、いつか必ず、きみに、平和を ───



地に落ちて死ぬ



 死が、大きく口を開いて、自分を呑み込もうとしているのがわかった。
 死という大蛇の前で、悟飯は力無く横たわる獲物のようだった。だが!だが!
(こんなはずじゃなかった!)
 二体ともは無理でも、少なくとも一体は倒せるはずだった。その勝算があったからこそ、自分は戦いを選んだのだ。ただ激情に駆られてここにきたわけではない。今さら、殺される人々に心を痛めて、彼らを救うためだけに戦いにきたわけでない。
 今まで、数え切れないほどの人を見殺しにしてきた。許されないほどの人を見捨ててきた。悲鳴を無視して、黒くくすぶる煙から目を逸らして、生にしがみついてきた。全ては勝利のために!
 人造人間を倒して、平和を取り戻すのだ。そのためだけに、その願いを叶えるためだけに、ボロクズのようになりながら足掻いて、惨めに這いつくばりながらも逃げて、生きて、生きて、卑しい乞食なんかよりもずっと卑しく命に執着してきた。死ねば全てが終わる。だから、生きることが全てだった。誰の命を見殺しにしても、この命を守ってきた!
(オレは、死ぬわけにはいかない)
 一体も倒せないで、死ぬわけにはいかない。自分が死ねば、無傷の人造人間たちがこの世界に残る。トランクスのいるこの世界に!
(守るんだ、守るんだ、オレは守ると誓ったんだ!オレは、君を、守ると─── )
 せめて一体でも倒せるならば、相打ちでも構わなかった。敵が一人でも減れば、トランクスの戦いはずいぶん楽になるはずだ。彼が戦士として成長するまでの時間も稼げるだろう。
 だが、一体とも倒せなければ、ただの無駄死にだ。
(逃げなくては)
 逃げなくては。手は、手はどこにいったんだ。まだ一本あるはずだ。
(オレの手はどこにいったんだ。まだもげてはいないはずなのに。どうして感覚がないんだ)
 すきま風のような呼吸音が聞こえる。逃げなくてはと、思った瞬間、喉が詰まってたまらず咳き込んだ。血が、口の端からこぼれ落ちる。アバラが折れたのか。内蔵が傷ついているのか。
(でも、逃げるんだ。逃げるんだ。だってオレは、トランクスに幸せになって欲しいんだ)
 結局自分は、父親のように、地球のためには戦えなかった。大きなもののためには戦えなかった。思えば自分はずっと、あの弟のような存在のためだけに戦っていた気がする。自分が守りたかったのはいつだって身近な人で、もので、母やブルマやトランクスのために、戦っていたのだ。
(幸せになって欲しいんだ)
 だから逃げなくては。トランクスの世界にこんな怪物を二体も残したまま死ぬわけにはいかない。だって、君には、幸せになって、幸せに笑って──── どうして、どうしてこの足は動かないんだ!
(待ってくれ、まだだ、まだ死ねない、オレは…っ)
 瓦礫の音がする。風が鳴っている。口の中には血と土の味が広がり、視界はゆっくりと狭くなる。命の終わりを告げるように、世界に影が落ちていく。死が、そこまできている。しょせんお前はここまでだったのだと、告げるように、優しく。苦しみも痛みも奪っていこうとする。
(……駄目だっ!オレは、オレは、まだ…!)
 戦えるから。君を一人にはしないから。こんな怪物を相手に、君一人で戦わせはしないから。オレは戦って、たたかって、きみに、未来を、平和な、トランクス、しあわせな ──── 。
(待って、くれ…、オレは…、まだ……)


 意識すら細切れに潰されていく中で、悟飯は最後の気力を振り絞って瞼を持ち上げた。命を繋ぎとめようとするように。愛しい誰かを探そうとするように。
 けれど、命の残り火を振り絞って開いた目は、人造人間の爪先を写して終わった。







(オレは、絶対にお前たちを許さない)

(オレは、誰よりオレを、許さない。無力なオレを、決して、許しはしない)