彼はただ、曖昧に頷いた。
 界王は、かける言葉も見つからないというように彼を見た。彼はそれに曖昧な笑みを返し、悲しみを瞳だけに映した。
 彼はもうずっと、長いこと、この終わりを知っていたような気がした。
 いや、事実、知っていたのだろう。彼は戦士だった。戦いを望み、戦いを喜び、戦闘は手段ではなく目的そのものだった。戦いの後の結末よりも戦いを!それこそが、彼の体に流れる、血よりも熱いものの叫びだった。
 誰よりも戦士である彼は、だから、誰よりも息子の敗北を予期していた。
 あの子は、たぶん、勝てない。
 力はある。潜在能力はあるのだ。だがそれを引き出す術を、誰も教えてやれない。ただがむしゃらに戦い、無惨な傷を負って、治ればまた戦いへ赴く。それではどんな強い力も引き出せまい。
 だが、それでも息子はよく戦った!誰よりも勇敢で、決して諦めなかった。彼はそれを誇りを持っていえる。
「ありがとう、界王さま。オラ、悟飯を迎えに行ってくるな」
 頭を撫でるには、大きくなってしまったけど、撫でればきっと昔のように笑ってくれるだろう。



冷たい土の中



 長い蛇の道の上空をまっすぐに飛んでいけば、見知った影が見えて、悟空はスピードをさらに上げた。横に並んで速度を合わせると、沈んだ声がいった。
「お前も聞いたのか」
 ああ、と頷いてから、悟空は笑顔を作った。
「でも、よく頑張っただろ?人造人間は倒せなかったけど、悟飯はよくやった。オラ、いっぱい褒めてやりてえよ」
 ピッコロは少し、笑ったようだった。
「ああ、そうだな。悟飯はよくやった」
 ほかにいえる言葉はないのだろう。悟空もわかっていたから、それ以上は何も言わなかった。
 天国に残っているのは、悟空とピッコロだけだ。ほかの仲間たちは皆、魂へ戻って、生まれ変わりの道へ進んだ。
 悟空は地球を救った功績により体を与えられ、あの世で修行を続けることを望んだ。そしてピッコロは、あの世に留まり続けるために、神と魂を一つに戻した。ピッコロのままでは、悟空のように体を持ってこの天国でも地獄でもない、天界と呼ばれる境目のような場所に留まり続けることはできなかったからだ。魂そのものの力が足りず、さらに、半身である神が輪廻の道へ進めば、否応なしにピッコロも引きずられる。
 どういうやりとりがあったのか、悟空は知らない。神様が何を思って、ピッコロに吸収されるような形で一つに戻ることを決めたのか、きっとピッコロ以外は誰も知らないのだろう。でも、ピッコロがどうしてもここに留まりたかった理由なら、悟空も知っている。
 最初で最後の弟子を、見守りたかったからだ。
 見守るといっても、あの世からこの世を見ることはできない。悟空にもピッコロにも、閻魔大王にさえ、この世の地球がどうなっているのかを見ることはできない。できるのは界王だけだ。けれど、宇宙を見守っている界王に、地球だけを見ていてくれと望むことはできない。だから結局、たまにもたらされる界王からの情報と、たまに訪れる占いババからの話だけで、この世の悟飯たちに思いを馳せることしかできなかった。
 できないとわかっていて、ピッコロは留まることを選んだ。

 面白いことに、悟飯の誕生日などピッコロの方がよくわかっていて、毎年どこからともなくバースディケーキを持ってきていた。あのピッコロがケーキを運んでくるだけでも悟空は面食らうが、それ以上に、この四季の移り変わりも曜日の感覚もない天界で、よく誕生日が計算できるものだと感心する。
 本当は、来年も、再来年も、仏頂面でケーキを運んでくるピッコロと、誕生日を祝いたかったけれど。あの子がヨボヨボのじいちゃんになって、大往生を遂げてこちらに来るまで、そうやって誕生日を祝いたかったけれど。
(でも、過ぎちまったことはしょうがねえ)
 今度は三人で、バースディケーキを食べればいい。あるいは、今度こそ天国へ進むだろうピッコロと、一緒に行く悟飯を見送って、一人でケーキを平らげるのも悪くないだろう。



 審判の門が近くなったところで、悟空は蛇の道に降り立った。つづいてピッコロもおりてくる。
「なんか、ドキドキすんなあ」
「なんで貴様がドキドキするんだ」
 そういうピッコロの声だって、少し固い。久しぶりの再会なのだから、ワクワクというよりドキドキしてしまうのも仕方ないだろう。ドキドキしながら歩いていくと、ワイシャツ姿の青鬼がこちらに気付いた。
「あー!孫悟空さん!それに神コロさんも!」
「ピッコロだ」
「いいじゃねえか、神コロさまでも」
「いいわけあるか!貴様が変な名前を付けるから、天界中に広まってしまったんだぞ。どう責任を取るつもりだ、ああ?」
 底冷えのする声で凄まれて、悟空は「わりいわりい」と頭をかいた。
「い、いけませんよ!お二人とも、ここは審判の門なんですから!一度審判を受けた人が、そう簡単に来てはいけません!」
「なんだよ、そんなこと今までいわなかったじゃねえか」
「きょ、今日から規則が厳しくなったんです!わかったら帰ってください!」
「え〜。今回だけ大目に見てくれよ、なっ?オラの子供が来てるんだよ〜、だから今回だけ!」
「駄目です!絶対に駄目です!とにかく今日は帰って─── 」
 くださいと、青鬼が言い終える前に、審判の門の中で気が爆発した。
 悟空はとっさに身構えた。ピッコロが瞬時に臨戦態勢に入ったのを気配の端で感じる。凄まじい気だった。無数の刃をはらんだような怒りの気に、蛇の道までが揺れる。
「なんて、淀んだ気だ─── 」
 ピッコロが呟くのに、悟空も無言で頷いた。そうだ、淀んでいる。重く激しいが、今まで戦ったどの敵よりも、気の流れが悪い。地球を呑み込めるほどの威力を持ちながら、どこにも流れていかない。
 まるで、苦痛にのたうち回る、無数の蛇のような気だった。どこにも行けずに、ただ暴発だけを繰り返すような。
「ああ、まただ…」
 青鬼が呻くように呟くのを聞きながら、悟空は再び空へ上がった。そして真っ直ぐに審判の門の中、気の持ち主を目指した。
 だから、悟空は聞こえなかったのだ。
 諦めた顔をした青鬼が、それでも悔しそうに、苦しそうに、口にした言葉を。
「だめです。だめなんです。あなたたちだけは行ってはいけない ──── ああでも、あなたたちにしか止められないんでしょう」
 なんてひどい、と青鬼は呟いた。