橿原宮の一角、日当たりの良い宰相室の中で、三人の男が青ざめていた。
「う、嘘だろぉ!なんちゅう真似をするんだよ、遠夜」
「さ、サザキ殿!遠夜にだけ責を負わせるのはいかがなものかと!元を正せばサザキ殿が遠夜にぶつかったからでは…!」
「それはお前が俺の羽に触るからだろーが、布都彦!なにが悲しくて、野郎なんかに羽を撫でられなきゃならねーんだ。そうだ、元を正せばお前が悪い!」
「も、申し訳ございません!かくなる上は、腹を切ってお詫びを!」
「……切るな…!」
 今にも槍で器用に腹を掻っ捌きそうな布都彦を、遠夜が慌ててとめる。その後ろでは、サザキが頭を抱えてうずくまっていた。
 彼らの視線の先、磨きぬかれた床の上には、残骸と成り果てた土器が転がっていた。



柊いわく、この世の至宝



 ことの起こりは、数刻前に戻る。
 この日、王宮典医である遠夜は薬学所の件で、王宮警護筆頭である布都彦は来月の式典の件で、海賊もとい海を渡る商人であるサザキは輸入品の件でと、それぞれ別件で宰相である柊と話をする予定だった。
 しかし宰相である柊はことのほか忙しく、この日の御前会議が長引いたこともあって、別々の時間に予定していた彼らは、待たされ続ける内に必然的に顔をあわせることになった。
 すでに宰相室に通されていた三人は、非常に手持ち無沙汰であった。柊が忙しいことはわかる。平和になった中つ国の中で、柊は女王陛下の剣となり楯となって戦っている。多少待たされたからといって、文句をいうつもりはない。しかし、暇であった。
 そんなとき、延々と積まれた書簡の山を眺めるのにも飽きたサザキは、ふと、いびつな形の土器を見つけた。それは確かに土器であったが、用途の見えない形をしていた。「なあ、あれ、何だと思う?」とサザキが尋ねれば、布都彦は「盆栽を模した装飾品ではないでしょうか」ときっぱりと答えた。故郷で近所の老人が大切にしていた松の盆栽に良く似ておりますとも、付け加えた。
 しかし花一つ飾らない、機能性だけを追及したような宰相の机の上である。柊に盆栽の趣味があるとも聞いたことがない。サザキは散々首をひねって、あれは花瓶ではないかと思い至った。かろうじて一輪の花くらいなら飾れそうである。この部屋の飾りのなさを嘆いた姫が、花を飾ってほしいとねだったのかもしれない。形が変なのは柊が選んだからだ。自分の考えに満足したサザキは、ようやく遠夜に意見を求めた。
 なあ、あれ、何だと思う?布都彦と同じように尋ねられた遠夜は、透き通ったまなざしを不思議そうに開いて、ただひとこと「……神子…」とつぶやいた。
 後から思えば、このときの遠夜の発言をもっとよく追及しておくべきだったのだ。しかしサザキが聞き返すより早く、そしてようやく、部屋の主が戻ってきたため、サザキは当然のこととして柊に尋ねた。「なあ、これ、何に使うんだ?」と。

 その後に起こったことは、思い出したくもない。しかし容易に思い出せてしまう。

 柊は、まるで、蜂蜜の壷に砂糖をぶちまけたような甘ったるい顔をして、

「おや、さすがですね。もうそれに目をつけられましたか。ふふっ、やはり類稀なる宝というのは、どれほどひっそりと佇もうと、人の目を惹きつけずにはおれないものなのですね。ああ、ですが、いかに素晴らしいからといって、それに手を出そうなどと考えるのはおやめになったほうがよろしいかと。私も正直、自分の理性に自信がもてません。ついうっかり、日向の一族を滅ぼしてしまうかもしれませんので。なんといってもそれは、この世にただ一つの宝。──── はっ?宝の地図?…なにを愚かなことをおっしゃっているのです。とうとう老眼ですか。見ればわかるでしょう。それは湯呑みですよ」

 布都彦は驚愕した。松の盆栽にそっくりなこれで、わざわざ湯を飲むというのか、なんと不便な!と。
 サザキは呆れ半分に感心した。やっぱり柊の趣味はまともじゃねえなと。
 遠夜はただ不思議だった。どうやって湯を注ぐのだろう…と。
 しかし、真に恐ろしい話はここからだった。
 柊は言った。見たこともない、というか見たくもないような、うっとりとした顔で。

「それは、我が君が、初めて作った、土器なのですよ!あの夜空のごとく繊細にして、絹よりも滑らかな我が君の御手が、一生懸命お作りになられた、最初の作品なのです。それも私のために!ふっ…、思い出すだけで、胸が高鳴りやみません。『最初にできたのは、柊にあげるね』とおっしゃった、姫のあの麗しいお姿!出来上がったそれをいただいたときには、感激のあまり手が震えたものです。いいえ、今でも、それに触れるだけで私の心には喜びが満ち溢れ、恍惚がこの身を包みます。我が君が、この世に生を受けられて以来、初めてお作りになったその土器。そしてそれを、この世の至宝を、私が使わせていただくのです。これはまさに、二人の初めての共同作業といえましょう!」

 いやいやいやいや、いえねーよ。と、サザキは心の中で突っ込んだ。
 女王陛下の最近のご趣味が土器作りであることは、一部の間では有名な話だ。初めてそれを聞いたとき、親しい者たちは皆『風早アアアア!!!』と心の中で叫んだという。
 まだ女王と呼ぶことすらためらわれるような、瑞々しい若葉のような姫王である。眼差しは透き通り、足取りは羽のように軽やかだ。ここはせめて、女王陛下のご趣味は乗馬ですくらいにしておいていただきたい。琴を奏でることです、などだとなお可だ。土器作りなんて地味な趣味、民にはとうていいえない。
 いや、千尋ならそれでもウケるだろうが、こちらのほうが切なくなるのでやめてほしい。あの常世の皇子でさえ、『……せめて趣味は弓術にしたらどうだ』と嘆いたというではないか。
 喜んでいるのは親バカ姫バカな従者くらいだ。と、思っていたのだが。
 ここにも一人、いたらしい。『土器作り、いいじゃないですか』と至極ご満悦な顔で微笑んだ従者と同じレベルな宰相が。さすがは同門、変人ばっかりだ。

「我が君の華麗な指の一つ一つが、その土器を撫でたのかと思うと、私はもう…!ふふっ…、いやですね、何をいわせるのですか、あなたたちは」

 いや、何もいわせていない。むしろいわないで欲しい。

「ですが、我が君のすばらしさ、我が君がお作りになったその土器のすばらしさを語り伝えるのも、私の大事な役目です。ええ、星の一族ですから。このことはぜひ後世にも伝えねば。では、手始めにまず、あなたたちにお話しなくてはなりませんね──── 」

 それよりもまず宰相としてのお役目を果たすべきでは!?とか。
 うんマジで心の底から聞きたくねーから帰っていいか?とか。
 ………意味が、よく、わからない…簡単に、話して、くれ……とか。
 布都彦の真剣な意見も、サザキのうんざり顔も、遠夜の困惑も、いまや全てのレベルが5というかマックスになってしまったような宰相には通じなかったのである。

 延々と柊の『我が君は素晴らしいでショー』を見せられた三人は、それはそれはぐったりとし、道臣からの連絡によって柊が名残惜しそうに部屋を出て行った後でも、なかなか回復できなかった。
 だから、遠夜の全体回復すら効かなかった布都彦が、サザキの羽毛布団のようにふかふかな羽に癒しを求めてしまったのは、仕方のないことであったのだ。
 そして布都彦に羽を撫で回されたサザキが、ぎゃっと叫んで後ろに下がったのも、ちょうどそこに土器を見つめる遠夜がいたのも、サザキにぶつかられた遠夜が誤って土器を落としてしまったのも、そして土器がぐしゃりと割れてしまったことでさえ元の形を思えば──── 不可抗力であったのだ。


 しかし、そんな言い訳が、あの柊に通じるだろうか?


 三人の男たちは、風早の髪よりも深く青ざめて、割れてしまった元湯呑み、柊のいう所の『この世の至宝』を見つめた。







 -続く-