私はいつも、不安だった。



下弦



 柊といると、いつも不安だったの。いつも怖かったの。
 風早といるときのような安心を、あなたに感じたことはないわ。そういえば、きっとあなたは、大げさな身振り手振りで嘆くのでしょう。大仰な言葉で悲しむ振りをするんでしょう。
 初めて会ったときから、あなたはそうだった。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか、わからないことばかり言ってた。
 わからせない言葉ばかり、選んでいた。
 私はいつだって、あなたのことなんかちっともわからなかった。あなたといて、恋のときめきのような、甘い高揚感を持ったことなんか一度もないんだから。そういう意味でなら、あなたといるときより、アシュヴィンと居るときのほうがずっとドキドキしたわ。
 あなたといて、安心できたことなんてない。甘酸っぱい想いに浸ったことなんてない。
 あなたといると、いつも不安だった。
 あなたの目の奥の奥、心の天秤よりも深い場所に、暗い影が見えた。あなたは隠しているつもりだったんでしょう、柊。優しい笑みと甘い言葉で隠して、最後まで、上手に隠し通して見せるつもりだったんでしょう。
 でも私は、知っていたの。最初から知っていたの。あなたの目の奥の奥、そこに絶望の影がしっかりと根付いていることを、知っていたの。だってそれは私にも覚えのあるものだったから。風早が居てくれなかったら、きっと私の目の奥の奥にも根を張って、いつか私を覚めない眠りへと誘ったんでしょう。
 知っていたの。たぶん、だから、あなたの手をとったの。
 百の微笑みより、千の甘い囁きより、あなたのその深い悲しみが、私にとってのすべてだった。
 なんとか温めたくて。あなたに纏わりついている気配を、何とか断ち切りたくて。あなたが好きだとか特別だとか、そういう風に思ったことはなかった。ただ、誰よりもあなたが不安だった。

 それでも、傍にいれば守れるかと思ったの。あなたは、誰よりも強く、みんなや狭井君を超えるほどの強い思いで、私が王位につくことを望んでた。不思議とそれは、国のためでも民のためでもなく、もちろんあなた自身のためでもなく、ただ私のために、私が王になることを願っているみたいだった。
 それでもよかった。私にとって、王になることとみんなを守ることは同じことだったから、あなたの望みが他の仲間やあなた自身を切り捨てた上にあるものでも、私がその分補えばいいんだと思ってた。
 そう、あなたが、あなたの命を捨ててでも私を王にしたいのだといっても、王として私は、それは駄目よってちゃんといってみせる。あなたが何を切り捨てようとしても、あなたの望みが私を王にすることなら、私はあなたを止められるでしょう。


 守りたかったの。
 王になれば、みんなを、あなたを、きっと守れると思っていたの。





 ──── ああ、なのに。
 私は最後まで、あなたを温めることができなかった。
 あなたに纏わりついていた気配を、断ち切ることができなかった。
 あなたは、私は、とうとう、不安を現実に変えてしまった。

(ひいらぎ、わたしはあなたをうしなってしまった)

 なのに、なんてひどいのだろう。
 今になって気づくなんて。今になって気づかせるなんて。ずっと嘘をついていたくせに。ずっとその大きな手で、私の目を覆っていたくせに。
 ずっと、私に、気づかないでくれと願っていたくせに。

 あなたは、最後の最後で気づかせた。

 私は、美しい未来と引き換えにしても、あなたを失いたくないんだと。
 王位なんかいらない。あなたを守れないなら意味がない。どれほど美しい花が咲こうと、緑豊かな大地が戻ってこようと、あなたがいないなら意味がない…!
 ねえ、柊。──── 知らなかったでしょう?
 知らなくて、知ってくれないまま、逝ってしまったんでしょう。
 私がこんなにも悲しくなることを。あなたを想って気が狂いそうなほど苦しくなることを。あなたのいない世界で、息一つまともにできなくて、涙が、壊れたみたいに流れることを。

 あなたを想うと不安でたまらなくなったのは、あなたをこんなにもなくしたくなかったから。
 あなたの凍えた眼差しに心が痛んだのは、誰よりもあなたに幸せであってほしかったから。

 柊。いえなかった。でもあなたはきっと知っていた。そして最後に私に気づかせた。
 ひどい人。最後の最後で、私に忘れてほしくないと、そういうの?
 忘れられるはずもないのに。最初から、忘れられるはずがなかったのに。

 だってこんなにもあなたを、愛している。








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