風早は、なぜか、腕いっぱいに藁を抱えている。あれだけあれば、何体のわら人形が作れるんだろう。千尋は考えて気が遠くなった。
 遠夜も遠夜で、小さな包みを大事そうに両手でくるんでいる。あの包みをぴらっと開けると、はらはらと黒髪が落ちてきちゃったりするんだろうか。千尋は考えて泣きたくなった。
(にしても、忍人さん!なんで髪をあげちゃったりするんですかー!!)
 まじないには縁のない不敗将軍に言っても、仕方ないのかもしれない。でも不用心すぎる!呪ってくださいといわんばかりじゃないか。
「千尋、どうしたんですか。そんなにぐったりした顔をして。柊、あなたまた何かやったんですね!?」
「なぜ私だと決め付けるのです、風早。今回の件に関しては、責任を取るべきは忍人ですよ」
 二人のくだらない言い争いは無視して、千尋はつかつかと風早に歩み寄った。そして、藁を抱いたままの風早の二の腕をがしっとつかむ。
「風早…、その藁はなに?」
「ああ、これはちょっと呪いに使うんですよ」
「風早まで!風早までのろいっていった!!そんな理科の実験に使うんですよみたいな言い方でいわないでよおお!!」
「ええ!?どうしたんです、千尋!?」
 二の腕をつかんだまま、千尋が泣きそうな顔でわめくと、風早はとても優しい顔をした。
「千尋…、すみません、俺としたことが…」
 そういって藁を下に置いた風早に、千尋は心から感激した。
(わかってくれたんだ!ううん、風早ならわかってくれると信じてた!どこかの左目と違って!)
 キラキラとした眼で見上げると、風早はそっと千尋の髪をなでて囁いた。
「呪いなんかじゃ、甘すぎますよね。少し、待っててください。今すぐこの剣で成敗してきますから」
 爽やかに、どこまでも爽やかに、風早は剣に手をかけて微笑んだ。
「違うー!!ダメ!成敗しちゃダメ!!」
「そうですよ、風早。一息に楽してどうするのです。じわじわと苦しめてからでなければ…」
「柊はもう黙ってて!!」
 心の拠りどころ、お兄さん(お父さん?)代わりの風早まで、あっちの世界の住人になってしまった。あとはもう、心の癒し、森の妖精さんを改心させるしかない。
「遠夜…、遠夜は、のろいなんてしないよね…?忍人さんと一緒に玄武を呼ぶ仲だものね?忍人さんのこと、大事よね?」
 遠夜は、少し間をおいてから、こっくりとうなずいた。
「…忍人は…、大事…」
「そうよね!?ああ、よかった。じゃあ、その包みを捨てちゃって」
「…でも、ワギモは、もっと大事…」
 はにかんだような、可愛らしい微笑みを浮かべて遠夜はいった。
 千尋は、がっくりと膝をついた。
(遠夜まで…!遠夜まで柊に毒されて…!)
 こんな頭が虹色の男を、宰相にしたのが間違いだったんだろうか。千尋は心の中でさめざめと涙を流した。
(こんな理由で呪いがかかってますなんて、忍人さんには絶対いえない…!)
 不審な顔でわら人形を手にしていた忍人を思い出し、千尋が途方に暮れたとき、低い、地を這うほどに低い声が響いた。
「お前たち、よくもふざけた真似を…!」
 びくりと肩を震わせて振り向けば、そこには予想通り、一番来て欲しくなかった将軍が仁王立ちしていた。
「忍人さん!」
「おや、誰かと思えば、覗き将軍ではないですか」
「駄目ですよ、柊。そんなあだ名をつけたら、千尋の名誉にかかわるでしょう」
 見当違いな方向に柊をたしなめる風早の隣で、千尋は見た。
 忍人の後ろに、陽炎のように揺らめき、キャンプファイヤーよりも激しく燃え盛る怒りの炎を。
「黙れ、柊!貴様のせいで、俺は昨日、いきなり笑いがとまらなくなったんだぞ!!軍の訓練中だというのにだ!何か病にかかったのではないかと、昨日からずっと案じていたのだが、貴様の呪いのせいだったとはな!!!」
「笑いがとまらなくなるって、どういう効用なんです、柊」
「だからいったでしょう。呪いは加減するのが難しいんですよ。しかし笑いがとまらなくなるとは…、そんな忍人はぜひ見てみたかったですね」
 それは確かに、と思ってしまって、千尋はぶんぶん頭を振った。柊に乗せられては、あまりに忍人が不憫だ。
「笑い茸でも食べたのではないかと、狗奴たちに散々心配されたんだ…。俺が笑い茸など食べると思うのか!?」
「忍人は所詮、育ちのいいお坊ちゃまですからねえ。そこらに生えている茸なんて、下々の食べ物にしか見えないのでしょう。ふっ、私なら、毒でも食してみせますよ、姫のために!」
「いや、忍人は結構うっかりしてるから、食べるんじゃないかな?千尋も、茸は危険ですから、食べる前に俺に相談してくださいね」
 ずれきった二人の答えに、不敗の将軍は、すらりと剣を抜いた。
「お前たちの考えはよくわかった…。この恥辱は、貴様らの血で雪いでやろう。うなれ、漆黒の刃!!」
「だっ、だめです忍人さーん!!こんな狭いところで二本も刀を振り回さないでくださいー!!」
 ただでさえ、柊が溜めている書類が山積みなのだ。喧嘩なんてもってのほかと、忍人の前に飛び出そうとしたが、それより早く風早たちが前を塞いだ。
「千尋、危ない、下がって!」
「…ワギモ、こっちへ…」
「姫はどうかお下がりください。あなたのお心を傷つけたものには、われわれが…」
 柊は、ふっと笑った。目だけが怪しいくらいに輝いている。
 風早はさわやかに微笑んだ。爽やかなまま剣を抜いている。
 遠夜は幼い笑みを浮かべた。手の中の大鎌は、臨戦態勢に入っている。
 三人は、声を揃えていった。
「正義の鉄槌を!!!」
 どの辺が正義なのか。千尋には全く、さっぱり、これっぽっちもわからなかった。



「星はめぐり、力、ふたたび我がもとへ」
「土は黄にして央の力!」
「癒しの歌よ…」
「次で勝敗を決する!」
「不幸な方は嫌いではありませんが幸運な男は嫌いなんですよ、忍人!!」
「千尋を守るのは俺の役目です!麒麟の加護を舐めないでくださいね!俺の姫の水浴びを覗くなんて、白龍が許しても俺が許さない!」
「蒼瞳を翳らせるのは…だめだ…」
「お前たち…!陛下のためを思っているのは遠夜だけじゃないか!!恥ずかしくないのか、そこの二人!いい歳した大人が、私情に走ってあげく呪いのわら人形作りか!!?」
「覗き将軍にいわれたくありませんね!」
「だから柊、そのあだ名は千尋の名誉に傷がつくからやめてください!せめて笑い茸将軍とかにしてくださいよ!」
「……よくわかった。うなれ、漆黒の刃…!」


 砕けた椅子。真っ二つになった机。太刀傷だらけの壁。竜巻が起こってもここまで荒れないだろうというくらいぐちゃぐちゃになった室内の中で、千尋は、ふるふると拳を震わせた。
(柊も、風早も、忍人さんもー!!)
 癒し専門の遠夜はいいとしても、いい歳した大人三人は許せない。このボロボロになった室内は、いったい誰が片付けると思っているのだ。
(どうせ柊は真面目に片付けないから、私と道臣さんで書類を拾い集めなきゃいけないのに!!)
 千尋は深く息を吸い込むと、腰に手を当てて怒鳴った。

「いい加減にしなさーい!!!」









 数時間後、罰として廊下掃除をさせられている宰相と、王補佐と、王宮典医と、虎狼将軍の姿に、通りがかった狭井君が、深い深いため息をついたのは、いうまでもない。


 -end-