「しかしこれは、なんとも無粋な……」



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「いくのか」
「……あなたには関係のないことですよ」
 つっけんどんに答えたのに、青年は近づいてきた。そのまま隣に座り込む。私は心底嫌そうな顔をしながら、意外に思った。青年は今まで、拒めばたいがいは引き下がっていたのだ。
 青年が拒絶すら越えて食い下がってきたのは、数回だけだ。私はその全てを覚えている。なぜなら、全てにおいて青年は私を怒鳴りつけたからだ。この私を。ときには手酷い言葉で私を罵り、私の腕を引いて離さなかった。お前は馬鹿か、など、青年にだけはいわれたくない言葉だ。私は欠片の一粒になってもこの恨みは忘れまい。死ぬな、など、すでに死んでいる私に対していう言葉ではない。あまりに愚かすぎるゆえ、私は一粒の砂になっても忘れられそうになくて困ったものである。
「惟盛」
 私は呼びかけを無視して、庭を眺め続けた。なんとも美しい春だ。咲き誇る薄紅も、芽吹いたばかりの深緑も、どれもが色鮮やかで心が躍る。私はほうっと、感嘆の吐息をこぼした。
「……惟盛」
 青年の無粋な声が、私の陶酔を打ち破って響く。つくづく相容れぬと、私は胸の内で吐き捨てる。青年が美を解する日は永遠に来ないに違いない。最近では、周りの者がこぞって青年に舞やら歌やらを教えているようだが、全てが無意味であろうと私は予言する。労力をどぶに捨てるようなものである。
 青年は庭を見ない。私の隣に座ったまま、長くうつむいている。
「……いくんだな」
 青年の声はかすかに震えていた。私はふかぶかと息を吐き出す。
「みっともない真似はおよしなさい」
 青年は答えない。無言で、息をこらえている。
「私はあなたなど認めませんが、一応曲がりなりにも平家一門に名を連ねるのでしたら、このような場所で恥を晒さないで頂きたいものです」
「いいだろ…っ、恥じゃ、ねえよ」
 恥であろう。このような開けた場所で、男子が涙を見せるなど。
 青年のきつく閉ざされた瞼から、僅かな隙間を通るようにして、しずくが零れ落ちる。青年の横顔を水滴が伝う。私は言葉を重ねた。
「みっともない真似はおやめなさい」
 不本意にも、二度目の言葉は甘く響いたようである。青年は僅かに顔を上げた。私はただ無言で、その顔立ちを眺めた。今となっては、誰の面影も見出せぬ。
 私は役目を終えた。それゆえ返るのだ。私はこれを二度目の死だとは思わない。死とはもっと恐ろしく、冷たく、残酷なものである。私はただ返るだけだ。時がくれば誰もが行く場所へ、帰るだけだ。
 ほろほろと、手の輪郭が光に変わる。私の全ては光の砂に変わっていく。時が来たのだ。私は満たされている。
「惟盛っ!」
 青年が声を荒げる。やはり無粋だ。こういう時くらい静かにできぬものであろうか。
 私は冷ややかに青年を睨みつけ、そして最後に、青年の頬に触れた。
「涙など、簡単に見せるものではありません」
 濡れた頬を拭ってやる。青年はかすかに微笑んだ。
「……悪い」
「まぁ、良いでしょう。あなたにはさんざん迷惑をかけられましたから、今さら一つ増えてもたいした違いはありません」
 青年が笑みをこぼす。私は続けた。
「せいぜい長生きをなさい。あなたのような人が来ては、うるさくてかないませんから」
「ああ……」
 頷き、笑んだ青年は、美しかった。やはり涙など無粋だ。私は最後なので、少しだけ微笑んでやった。
「そうやって笑っていなさい、有川将臣」
 別れである。だから、あなたの涙は私が持っていって差し上げる。




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惟盛GOODEND(浄化END)