「度は入っておらぬのか?視界がまるで変わらぬな」



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「父上」
 息子は密やかに現れ、衣擦れの音さえ立てず膝をついた。その頬は強張り、目には一片の色も浮かんでいない。ああと、彼は胸の内で呻いた。
「兄上が見つかりました」
 長く行方を追っていた人をようやく捜し当てたというのに、知盛の声には歓喜の欠片もない。それどころか、あらゆる感情をそぎ落とし、残滓で固めたかのようなこの平坦さ。
 私の邸までおいでくださいと続けられて、清盛は無言で頷いた。
 源氏の手に落ちたと、報せを受けたときから、覚悟はしていた。



「悪いな、清盛。迷惑かけちまった」
「なにをいうか。そなたが無事でなによりだ」
 久方ぶりに戻ってきた我が子は、白かった。なぜこのように白いのだろうと瞬き、彼は笑った。笑うしかなかった。重盛が白いのは、体中、余すところなく包帯が巻かれているからだ。首にも、手首にも、指先にも、僅かに覗く鎖骨の上までも白く覆われている。白くないのは頬と瞳だけだ。額までもが白く塗りつぶされている。
 皆殺しだ。彼は笑み続けた。少なくとも、帰ってきたばかりの我が子の前では、揺らいではならない。
「もはや何も心配はいらぬ。ゆるりと休むがいい」
「ああ」
 我が子は安堵したように笑った。そしてかすかに疲労の混じった息を吐く。彼は慌てて、体を起こしている息子にいった。
「よい、楽にせよ」
 いいながら、息子が布団の中に戻る手伝いをしようと手を伸ばした。真白くなってしまった我が子は、寝そべることすらひと苦労であろうと思ったからだ。だが、次の瞬間、鋭い制止の声が上がった。
「父上……っ!そのようなことは、他の者にやらせますので」
 何をいうと、叱責の声を上げようとして気づいた。
 かすかに触れた指の先で、重盛の体は、はっきりと硬直していた。眼には隠しても隠しきれぬほどの恐怖が浮かび、歯は固く食いしばられている。白く巻かれた指先だけが、密やかに震えていた。それを見たとき、彼は、最愛の息子が、渾身の力で悲鳴を耐えていることを悟らざるを得なかった。
 彼はちらと知盛を見た。もう一人の息子は、やはり一切の表情を消したまま、こちらを見ていた。その眼差しだけで、彼には十分だった。
「重盛」
 皆殺しだ。それでも彼は微笑んだ。
「我はもう行かねばならぬが、よく養生するのだぞ。欲しいものがあれば何なりと言うがいい。遠慮なぞするでないぞ」
 まだ息子たちが幼かった頃のように、彼は語りかけた。重盛はゆっくりと瞬いて、ほっとしたように頷いた。



「知盛」
「はい」
「あれに害を与えた者どもを探し出せ。一人残らず我の前に連れて来い。あぁ、くれぐれも、殺してはならぬ。わかっておるな?」
 御意とひざまずいた息子は、おそらくとうに網を張っているのだろう。清盛は庭に視線を移して、ふと、己の頬を撫でた。
 しばらくは、一切の微笑みを作れそうにない。
 少なくとも、源氏の血でこの世を赤く塗り潰すまでは。



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清盛BADEND(還内府様陵辱END)