そして、私は目を開けた。
フェルナンとエドモン
初めに感じられたのは、深い虚脱感だけだった。指の一本も動かしたくないほど、疲れ果てていた。体の中身はすべてくりぬかれて、かわりに疲弊と諦念を詰め込まれているように思えた。
(終わったのだ)
半ば眠っている頭で、そう呟いた。終わったのだ。全ては、終わったのだと。
(終わったのだ…………なにが、だ?)
すうっと、血の気が引いていくのがわかった。巻き戻しのスイッチを押されたかのように、急激に記憶が蘇ってきた。全てはまだ、生々しいほどに鮮やかなままだった。硝煙の匂いも、血が流れ出ていく感覚も、冷えていく指先まで、はっきりと記憶していた。
「わたしは…」
呟いて、声が出ることに伯爵は驚愕した。何故だ?何故、この意識はまだある?何故、この体はまだある?
(私は死んだはずだ)
だが、伯爵が目を覚ましたのは日なたの匂いのするベッドの中で、ここがあの世であり、あまつさえ聖書が語る地獄であるというには、あまりに無理があった。どう悲観的に見たところで、ごく平凡な家の一室でしかなかったのだ。
(だが!だが、私は死んだのだ!)
そして、全ては幕を下ろしたはずであった。果たされたにせよ、果たされなかったにせよ、彼の苦しみの全ては、死という結末に抱かれて、終幕を迎えたはずであった。
(なのになぜ!どうして…!)
伯爵は上体を起こしたまま、両手で自分の頭を抱えた。耐えられぬ、と思った。どんな理由が自分を死なせなかったにしろ、生きろといわれることは恐怖だった。はぁっ、はぁっ、と荒い息を零しながら、伯爵はきつく目を閉じた。一瞬でもいいから、この現実から逃れられないものかと思った。
だが、叶わなかった。わかっていたことだった。彼の苦しみの全ては、彼の心にあるものだった。絶望も、憎しみも、罪悪感も、全て彼の体の内側にあるもので、それゆえ逃れられないのだ。そしてどれほどあがいてみたところで、希望や、愛情といった美しいものは、自分の心を形づくる絶望に勝てやしないのだということも、彼にはよくわかっていた。
(いっそ、今ここで舌を噛み切ってしまえば)
今度こそ、安息は訪れるのだろうか。伯爵は、夢見るような目をして思った。それは甘美な夢だった。してはならない理由など、どこにも存在しないように思えた。伯爵は、熱に浮かされた面持ちで、そっと舌を歯と歯の間に挟み込んだ。
だが、いざ噛み切ろうとしたとき、彼は誰かが自分をとめているのに気づいた。自分の体の中に、もう一つの意志があり、それが渾身の力で彼の口を押さえつけているのだった。
(そうか…、当然だな、死人を生き返らせることのできるものなど、他にいまい)
伯爵が、もう一つの意志に向かって呼びかけようとした、そのときだった。
勢いよくドアが開かれた。ひゅっと息をのむ音が聞こえ、一呼吸おいて、そこら中に響き渡るような大声がかつての自分の名前を呼んだ。
「エドモン!!!」
定番の生きてたネタです(笑)ベルッチオと再会するところまで書けたらいいなあ。