最後の恋
「よかったんスか…?」
ニヤニヤと、クルルが、全力で人の神経を逆なでしようとしているような笑みを浮かべて、尋ねてくる。
「なんの話だ」
「ケロロロボ、壊しちゃってさァ…」
よかったスか…?と、重ねて問われて、俺はつい口をへの字に曲げた。
「よかったもなにも、あの時点では破壊するしかなかっただろう」
「そーかネェ…?」
含みのある声だ。鈍いと、幼馴染からさんざんいわれている俺でもわかる。
ギロリと目を向ければ、相変わらず何を考えているのかわからない、忌々しいメガネが、くっくっくと笑った。
「放っておいても、よかったんじゃないすか…。あの隊長なら、あっという間に任務完了できたデショ」
「あれはケロロではない。何者かにのってられていたのだから、この小隊の隊長ではなかった。俺は臨時指揮官として、正当な命令系統の復旧を最優先事項としたまでだ。なにか問題があるか」
クルルは、ん〜と呟きながら、指先でペンをくるくると回す。俺はすでに居心地が悪くなってきていて、一刻も早くこのラボからでて行きたかった。この男と口で争ったところで、勝ち目はないのだ。負けるとわかっている勝負を挑むほど酔狂ではないし、早くケロロや夏美たちのいる地上へ戻りたい。
だが、クルルは珍しく、会話を続けるつもりのようだった。
「隊長をのっとったアレ、古代ケロン軍の“支配者プログラム”は、まァ、名前のまんまで、どんなマヌケにも超一流の支配能力を持たせてくれるシステムなんだが…。イロイロ問題点があるっつうんで、今じゃだーれも使ってねぇ。……ただし」
回し続けていたペンをぴたりと止めて、ペン先を俺のほうに向ける。嫌な感じだ。ペンやハサミの先はひとに向けちゃいけませんと、幼年学校で教わらなかったのか。
「使用禁止は、されてねぇんだぜ…?く〜っくっくっく、俺がいいたいことがわかるかい、先輩」
「わかるか。禁止されてないからなんだというんだ」
「鈍いねェ…。禁止されてないってことは、一般の武器と変わらねぇってことダロ…。アンタが銃を使うように、隊長はプログラムを使った。そして、地球制圧に成功。コレは立派な、隊長の手柄だぜぇ…?」
ぐっと眉間にしわを寄せて、俺はクルルを見つめる。だがその表情はいつまでたっても変わらず、「な〜んてな、冗談だ…」などといい出す気配はない。俺は大きく息を吐き出した。
「くだらん」
「そうかい?」
「任務とは、己の力で行うべきものだ。そんなものに頼って任務を果たしても、必ずどこかでしっぺ返しをくらう。…少なくとも、俺はそう思う」
だんだんと弱くなってしまう語気に比例するかのように、徐々にクルルの顔から感情がなくなっていく。いつもの嫌味な笑いが、顔の上に貼り付けただけものに変わる。
なにやら、ひどく気まずい。
武器を磨かなくては…と口の中でモゴモゴいいながら、そろりと踵を返す。一歩、二歩、と、足を忍ばせて扉へ向かった。まるで敵陣を偵察に来ているかのようだ。理不尽だと思うが、この理不尽さをどこにぶつけていいのかわからない。やはり、データを取りにいってくる事こそがお主の任務である!などと訳のわからないことを主張した緑提灯だろうか。奴をどつくべきか。
そろそろと草木を掻き分け、小動物をやり過ごし、あと一歩で地雷原を抜ける ─── つまりドアノブに手が届きそうになったとき、突然、けたたましい笑い声がラボ中に響き渡った。
「ク〜ックックックック、アンタ本気でそんなことをいってるんですか……、先輩?」
いつものことではあるが、タママならともかく、貴様に先輩と呼ばれる筋合いはない。しかしそう告げてしまうのも何だか気が引けるので、俺は黙って振り返った。
「な〜んて甘いことをいってるのかねぇ、このオッサンは。銃もプログラムも変わんねぇだろ。どっちも同じ武器っスよ…?武器を使って侵略して、なにが悪いんデスカ…?あぁ、笑えるゼェ」
そういってクルルは、冷ややかな、まるで敵を見るような冷たい眼で俺を眺めて、笑った。
「アンタは、いったい何時になったら、その欺瞞に気づくのかねぇ……」
欺瞞とは、なんのことだ。
そういいかけて、俺は口をつぐんだ。たぶん、コイツのいっていることは今回の件についてではない。それもあるだろうが、それだけではない。
恐らく、俺たちの侵略活動全てを指して、笑っているのだ。
なぜ今さらいうのか。なぜこんなにも唐突に指摘するのか。そう思わないでもなかったが、これは俺の身勝手な憤りだろう。クルルは意外と溜め込むところがあるから、以前から考えていて、耐え切れなくなったのかもしれない。
夏美のこと、冬樹のこと。桃華のこと、小雪のこと。それに、睦実のこと。
侵略活動の全てにおける嘘を、クルルは嫌気がさしてきて、壊したいと望んでいるのだろうか。
「……貴様がそんなに仕事熱心だとは知らなかったな」
「仕事熱心?ダレが?」
クルルの口調は、普段のふざけたものに戻っていた。だが、先ほどの氷のような鋭さを、俺が忘れることはないだろう。
クルルの指摘通り、確かに欺瞞だ。成すべきこととその結果から、全力で目をそむけている。仕事をしろとケロロを叱りながら、ヤツが動く気がないことに心の隅で安堵している。俺は、アイツに甘えているのだ。
深く息を吸った。体中に力を込めるように。
わかっている。いつか、全ての報いを受けるときがくるだろう。大きなしっぺ返しをくらう瞬間が訪れるだろう。わかっている。わかっているのだ。俺は深く息を吸う。手を強く握り締める。
わかっていて俺は、この日常を続けることを望むのだから、本当はもう、答えが出ているのかもしれない。
俺はクルルを見つめて、ひと言ひと言、かみ締めるようにいった。
「いつか俺は、俺が選んだことの責任を果たす。その時がくれば、明確な答えを出す。それがどんな結果になるとしてもだ。だが、お前は…、お前の好きにすればいい。付き合いきれないと思うのなら、無理をするな。俺は…、お前を道連れにする気はない」
「……くくっ…、道連れねェ…。まァ、そんなもんになる気はサラサラないけどォ…?でも、誰か、いざとなったら、自爆ボタンを押せるヤツが必要でしょ」
「バカをいうな」
いきなり何をいい出すんだ、コイツは。
嫌になったのかと思えば、とんでもないことをいう。自爆ボタンだと?それこそ、ありえない話だ。その時がきたとしても、俺は、隊員連中くらいは守ってみせる。それに、ポコペン人たちも。
もしや、ふざけているのかと思って睨みつければ、クルルは小さく首をすくめた。
「いやいや…、マジな話っスよ。必要でしょ…?」
俺はまじまじとクルルを見つめる。何を考えているのか、さっぱりわからない。いつもそうだが、こんなときでも相変わらず、わからない。眼鏡の奥の眼差しは、いつ見ても、他人に心を読み取られることを嫌っている。
それでも普段より、わずかに淀んでいるように見えるのは、俺の錯覚か。
ふざけているのか、本気なのか。耐え難いのか、付き合うつもりなのか。
俺には測れない。そもそも頭のつくりがコイツと俺では違うのだ。コイツの真意を俺が見通せる日など、永遠に来ないに違いない。腹立たしい話だ。
相手の真意がわからない以上、俺にいえる事は一つしかなかった。
「いいか、はっきりいっておくぞ、クルル」
びしっと指差して、俺はきっぱりといった。
「いつかそのときが来るとしても、俺を裁くのはお前ではない。お前の任務ではないし、お前が責任を感じる必要もない。俺を裁くのは、お前じゃないんだ」
俺がいえる事は一つ、俺の真意だけだ。
それをクルルがどう思ったかはわからない。しばらく待ったが、クルルからの返答はなかった。
薄ら笑いを顔に貼り付けたまま、ただ、沈黙だけが答えだった。
「く〜っくっくっくっく…」
一人、配線で狭苦しいラボの天井を見上げて、クルルは笑った。
──── ああ、本当に、酷い。何もかもが、酷すぎる。
いつもいつも、無意識に境界線を引かれる。左手で友愛を示しながら、右手でこちらを切り裂いてくる。大丈夫だと、助けを求めないことで、常に自分を除外する。
こんなのだったら、隊長の方がずっといい。ギブ&テイク。フィフティーフィフティー。わかりやすくて、心が騒がない。
いや、わかりやすさだったらあの男が一番だろうが、あんなどうにもならないわかりやすさなど、憎らしいだけだ。
「いつかその日が来ても〜、俺には関係ないぜぇ〜、クークックックック……」
どうしようもなく笑いが零れる。何度問いを繰り返しても、同じ結論が出るのだ。あの男は変わらない。怒らせても、苛立たせても、落ち込ませても、傷つけても、変わらない。どうしようもない。
あの男は変わらない。この手に縋りはしない。
「好きにしろ、か…。アァ、上等だ、好きにしてやろーじゃねェか」
助けるも、助けないも、この心一つ。
いっそ裏切ればいい、そんな夢想もする。だが夢はあくまでも夢だ。現実にはならないとわかっているから楽しめる。いつか、その時が来ても、指先一つ動かさないで見守る。そんな夢を、舌の上で転がして、その一方でどうにもならない自分に軽く絶望する。
全ての欺瞞が幕を引くときが来ても、この心だけは永遠に終わりを迎えないのだろう。あの男が気づかない限り、最後の嘘は残り続ける。
そしてあの男は、決して気づかない。クルルはくくっと笑った。気づかない相手を選んだのは、他でもないこの自分なのだから、どうしようもない。
「だけど、あのオッサンも酷いなァ…。なんて、酷い」
酷い人だ、と囁いて、クルルは笑った。
思いのほか、その響きが気に入ったからだ。
ケロロロボの回の、「なんか解ったら報告する?」「しろ!」の会話に萌えて書いたんですが…なんでこんなに暗く…!次は、次はラブくいきます…!