朱の光の場所



 迎えにくるよと、幼い子は言った。



 日の傾いてきた人気の無い公園で、神谷は一人ぼんやりと、ブランコに座っていた。
 夏の予選は始まっている。だが膝の負傷は良くなる兆しもない。
 無理もないなと一人ため息をつく。膝にいい事なんて何にもしていない、これからも出来ないだろう。
 10番は不在で、主将は負傷中。問題ばかりが山積みで自然ため息が出そうになったとき。
 唐突に声がかかった。
「ため息つくと、幸せが逃げるぜ」
 笑いを含んだ声に驚いて振り返れば、見知った顔があった。
「草薙さん・・・・・」
 それは、ここにいるはずのない天才GKだった。


「どうして、ここに・・・・」
「会いに来たに決まってるじゃん」
「草薙さんが、俺に、ですか?」
 驚きの顔のまま問えば、嫌そーな顔をされた。
「来ちゃ悪いかよ」
「いえ、そんな。でも草薙さんが俺に、なんのようですか?」
 立ち上がって尋ねれば、ジト目で見つめられる。
 けれどかまわず、言った。
「用が無いなら、すいません、あの、練習がありますから・・・」
 笑顔で会釈して立ち去ろうとすれば、叫ぶような声が引きとめた。
「悪かったよ!そんなに怒るなよ、篤司!!」
「・・・・・・・・・・・・・怒るな、だとぉ!?」
 神谷はぴたりと足と止めて、勢いよく振り返った。
「散々人を振り回しといて、ある日突然いなくなった奴がよくそんな事いえるなあ、京悟!!」
「だーかーら、悪かったって」
 昔と変わらない懲りない顔で謝られて、神谷は怒るに怒れずぐったりとした。


「それで、俺になんのようですか、草薙さん」
 ニッコリ笑顔で聞いてやれば、なかなかの攻撃力だったらしい。
 うらめしい顔で見られる。めったに見せないスマイルだったというのに、失礼なことだ。
「草薙さん、はやめて・・・頼むから」
「ケッ、知るか」
「可愛げのねえ・・・・」
 ぼそりと呟かれた言葉は、神谷のささくれ立った神経にクリティカルヒット。
「小学123年と6ヵ月も人を引きずりまわして、めちゃくちゃな常識を幼かった俺に植え付けて、唐突にいなくなりやがったのは誰だ!!?京悟のせいで俺の社会復帰は遅れまくって、中学三年間つぶれたんだぞ!俺の青春を返しやがれえ!!」
 首根っこを掴む勢いで神谷がまくし立てる。
「だから、悪かったって。それにおまえだって結構ひどかったじゃん。俺かなり傷ついたよ?」
「なにが」
「決勝の前日に会ったとき!初対面ですって顔しちゃってさあ。何だお前とか言うし、シューズのほうに気を取られてたし。俺はすぐわかったのになあ」
「俺だって忘れたかったけど、すぐわかったわ!あんなのわざとに決まってんだろ」
 忘れたかった。本当にむかついてたから、忘れてやったはずだった。
 なのに会えば、京悟だと、心より先に体が反応した。
 それを思えば少しくらいの嫌がらせは許されるだろう。
「なんだ、篤司も俺に会いたかったのか」
「ちが」
 最後まで言い切るまえに、言葉は封じられた。
 昔と何一つ変わらない優しい声音に。
「俺も会いたかった、篤司」
 ああもう、どうしろっていうんだ。
 普段は人を喰った笑いしか浮かべない男の優しい笑みというのは、かなり卑怯だと思う。



 鮮やかな夕日が、公園を紅く染めていた。
 京悟の手招きにしぶしぶブランコに座ると、頭の上にぽんと手が置かれる。
「すげえ久しぶりだな、こうやって篤司の頭さわんのも」
「誰のせいだよ・・・・」
「俺だろ」
 傲慢なまでに、彼は言い切った。
 声はどこまでも甘くて、まるで反省も後悔もしていないようだったけれど、それでも、神谷はわかっていた。
 京悟が自分を許していないことを、神谷だけはわかってしまっていて。それは今も昔も変わる事は無く。
 だから、「もういいよ」なんてことは言ってやらないけどそれでも。
 後ろに立つ男の腕をぎゅっと掴んでやる。言葉では伝えられないけど、その温度が「会いたかった」と教えるから。
 やがて体温が混ざり合って、互いの温度が落ち着くまで、神谷はずっとその腕を握り締めていた。


「サッカーうまくなったな」
「当たり前だろ」
 夕暮れの公園でブランコに乗る男というのは結構変じゃないか、と思ったりもしたのだけど、後ろに立っている京悟がその場所を気に入ってしまったらしく動かないので、神谷も仕方なくそのままでいた。
 特に会話は無い。途切れ途切れ、思いついて話すだけだ。
 それでも神谷は心地よかったし、相手が満足していることも知っていた。
 昔から、こうだった。神谷は京悟の体温がそこにあれば良かったし、京悟は神谷触れれば安心できた。
 その京悟はさっきからなにやら神谷の髪の毛で遊んでいる。
 経験からいって、こういうときはなにを言っても無駄なことを知っている神谷は、その指のなすがままになっていた。
 それに、こういう感触は嫌いじゃない。
 長い指が髪を梳く、くすぐったいような気持ちいいような、柔らかな感触。
 くせのない黒髪が、京悟の長い指に絡め取られる。時折、からかうように首筋まで伸びてくる指がくすぐったくて、神谷は笑いながらその手を掴んだ。
「やめろって」
 止めても聞かない。面白がっているのが気配でわかる。
 首筋に触れようとする手を掴んで止めると、今度はその手を取られた。指と指を絡ませて、すっかり冷たくなっていた神谷の手に体温を与える。
 幼い日が戻ってきたような、柔らかな侵食だった。

「膝、痛めたんだって?」
「たいしたことねーよ」
 即答すれば、頭の上で苦笑するのがわかる。
「なんだよ」
「いや、相変わらずだなと思って」
 そう言うところは小さな頃からちぃっとも変わっていないと男は笑う。
「どーせ俺は、意地っ張りでわがままなワンマン男だよ」
「・・・・・なに言ってんだ?」
 うなずかれると思っていた言葉に薄茶色の髪の男は笑うのをやめて、低い声で答えた。
 絶対の自信と傲慢な声で告げる。
「篤司は優しいだろう?優しすぎるくらい、優しいよお前は。」
 朱く染まった公園で、その声も同じ色に染めて、男は言った。
 京悟は、けして正直な男ではなく平気で嘘をつくけれど。
 けれど彼にとって真実であることを偽られるのは、決して許さない男だから。
「誰が言ったかしらねえけど、俺のほうが正しい。篤司は優しいよ。優しすぎて困るくらいな」
 低い声で言い切られて顔が赤くなる。
「もう少し、照れとか恥とか持てよ京悟は!」
 振り向いてブランコの上に立ち上がり、同じ目線の高さで神谷は叫んだ。
「だいたい、今日は何の用が会って静岡まで来たんだ!?イタリアはどーした!」
 いつもの身長差をゼロにして問いただすと、猫のような目の男の青緑がかった目の色が深くなった気がした。
 視線が、同じ高さで絡みあう。深いところまで入ってくるような目にわずかに神谷がたじろいだぐと、夕暮れの暗闇と同じ色に、京悟は笑った。
「俺がいなくなる前の日にした約束、覚えてるか?」
「前の日・・・?」
 言われて、奥のほうに眠っている記憶を揺さぶり起こす。


 あの日。
 夕暮れの、今と同じ色の公園。
 何も知らなかった。笑顔。
 泥だらけの服。擦り傷。
 笑み。
 幼い京悟の、笑み。
 擦り傷、朱の光、
 笑み、優しい声、約束 ────────!


「あっ・・・・・」
「思い出したか?」
「約束・・・・・あれか・・・・?」

 いつもどおりの顔で声で、幼い彼は言った。
『もしも俺が篤司の傍からいなくなっても、いつか必ず、絶対に、──────── って約束する』

「篤司」
 低く甘い声に引かれるように顔を上げれば、幼い日に突然いなくなった男が約束どおりにそこにいた。
「迎えに来たよ」
 約束通りに。


 それは眩暈がするほど甘く暗い誘い。
 迎えに来るといったあの日から、すべてはこの時の為に。


「そのうちチームのほうから正式にスカウトがいくから、夏が終わったらイタリアに来いよ」
 頷きそうになって、慌てて首を振る。
「行けるわけないだろ!夏が終わったって冬があるんだ。俺の進路を勝手に決めんなよ!」
「でも来るだろ?」
「行かねえって言ってんだろ!」
「来る」
「行かねえよ!」
 不毛な言い争いにピリオドをつけるために、神谷ははっきりと断った。
 だが、京悟は笑ったまま告げる。
「篤司は来るさ」
「だからいかねえって!ったく、京悟のその自信はどこからわいて来るんだよ?」
 その言葉に、長身の男は不敵なまでに笑う。
 そして神谷の頬をなでて揺れる視線を許さず掬い取ると、壮絶に笑んで言った。
「俺が世界で一番お前を愛してるから」
 言い切られて二の句が告げない神谷に、畳み掛ける。
「迎えに来ると約束しただろ?誰よりも俺が先約だぜ、篤司。俺の所に来い」
 強く深く全てを奪うように欲されて、神谷はただ息苦しさに喘いだ。




 昔とは、違うのだ。
 幼さしかなく、無邪気さが唯一の武器だった頃とは違う。
 今はもう、優しさすら力。甘い笑みこそが武器。
 力によって無理やり離された人は、その何倍もの力を手にして帰ってきた。

「篤司」

 優しい声も、甘い誘いも、もう昔とは違ってしまった。
 無償で与えられた温もりではなくなった。

「来いよ」

 けれどその眼も声も腕も指も何一つ、神谷を欲しないものは無いと。
 言葉で語られるまもなく、神谷はわかっていたのだ。
 自由で我儘で好き勝手に生きる、何の執着も持たない男が唯一欲するものが自分だと、今も昔も神谷はその体と心の全てで理解していた。
 わかっていて、傍にいた。
 傍に。
 どろどろに溶け合って、全てを与え合って、手を伸ばす必要もないほど近くに。
 いた。

 どうして今さら。

「篤司?」
「うるせえ!なんで・・・・突然そんな事言い出すなよ・・・・・」
「悪い」
「俺はもう帰る!」
 言って背を向ける。振り返らずに、そのままずんずんと歩く。

 なんだって今になって、こんな物を思い出させるのか。
 心の中で、猫のような目の男を盛大に罵った。
 こんな物を、こんな感情を、こんな時に思い出してどうする。

 何にも執着しない一つ年上の親友に抱いていた物はただ一つ。
 同情も哀れみも感じなかった。
 自分にしか執着しない男は、けれど、自分が拒めばあっさりとその心を潰すだろうとわかっていた。
 同情も哀れみも感じなかった。
 抱いていたものはただ一つ。


 恋の話も愛の意味も知らない。ただ俺は傍にいたかった。
 体温が感じられる傍に。

 こんな温もりなんて、思い出さなければよかった。


「篤司」
 引きとめる声に、少しだけ足を止めて振り返る。
 逆光でその表情はよく見えなかった。
 朱く染まった腕を組んだ長身が、告げる。
「愛してるよ」
 会わなければよかった。聞かなければよかった。でもその最後の声は甘くも優しくもなく、ただ真摯だった。



 もう一度歩き出す。今度は引きとめる声はなかった。
 そのうち来るスカウトを、断れないだろうと、わかっていた。朱の光に晒されながら、心はたった一人に囚われた。囚われてしまった。

 誰かが止めてくれればいいのに。でも誰の言葉もこの奥底までは届かないだろう。
 京悟の温度に絡め取られたこの奥底までは。

 







 朱の光の染み渡った場所で、迎えに来たよと、男は言った。





















 ・・・・・(脱兎)
 ごめんなさい、ごめんなさいいいい!!勝手に設定造りまくってみました、テヘ★(死)
 だだだだだってえ、いえ、京神で、京悟が暗躍してて、かつイタリア行きを納得の行くかたちで書いてみようとか無謀な野望をもった私が悪うございます(吐血)
 大月はじめ様、キリリクありがとうございました!!差し上げます!むしろ押し付けます!!返品は不可です!!!(爆死)
 で、でもですね、私にしては珍しく、リク内容から(そんなに)外れていないと思うんですけど(泣)設定が作りすぎなのはおいといて、プロポーズ紛いはちゃんとしてるし、何よりらぶくなったし!(書いてる私は楽しかったし/汗)
 駄目ですか、駄目ですね。ごめんなさい、はじめ様(切腹)