真夏の怪談
目いっぱい開けられた窓から生温い風が入ってくる。
「あちいなあ・・・」
「は?なにいってんだ、もう十一が・・・・・ゴフゥ」
腹を抱えてうずくまったリンを、葛西は上から不気味なほどのにこやかさで見下ろした。
「俺が暑いといったら暑い。俺が夏だといったら夏。リクを受けたのが半年近く前だなんてことをほざいたら殺す」
「げ、現実ネタはやめた方が・・・・・」
「わかったな」
わかったなって、それ疑問形ですらねえよ!!というリンの心の叫びは誰にも受け取られなかった。
いや、聞こえてはいた人間が二人いたが、どちらもいつものことなのであっさり無視した。
とにかく夏。今は夏。夏真っ盛り。
脳がとろける暑さとともに、薄手のシャツからのぞく筋肉とか肌とか乳首とかに、いろんな人種が心奪われる季節。
しかし古き伝統校といえば聞えはいいが要するにぼろいだけの正道館高校にクーラーなどという文明の利器があるはずもなく、昼近くになれば生徒だけでなく教師もへばっていた。
「ああくそ、あちい!!」
机にへばりついてうだっていた坂本は、とうとう叫んだ。
叫びながら勢いよくシャツを脱ごうとする、が、その腕を葛西が上から掴んだ。
「落ち着け、脱ぐな」
「だー!離せ!暑い!お前だって脱いでるだろうが!!」
女の目のない男子校で、恥じらいもなにもあったもんじゃない。
あまりの暑さに教室の半数以上が上半身裸になっていた。
「こんなところで裸体をさらすな!」
「裸体ゆーな、気色悪ィ!」
ぐぐぐっと腕に力を込めても、葛西に上から押さえつけられている状態では体勢的に不利だった。
「テメェ・・・・そんなに脱ぎてェのか・・・・・?」
「脱ぎてェわ、ボケ!暑いんだよ!!」
暑さで、よく考えて話すことは不可能だった。その上日本の暑さは、実にじめじめと気持ちを逆なでしてくれるので、坂本は珍しく切れていた。
そして葛西は、あまりの暑さにネジが緩んでいた(坂本談)
「よーくわかった。脱ぐのを諦めるか、脱げない体に今ここでされるか、好きなほうを選べ」
「昼間っから沸いてんじゃねえよ、このバカ西。やるかコラ」
正道館最後の良心も、暑さには勝てなかった。
とうとう臨戦体勢に入ってしまった二人を見て、リンが慌てて隣の男を突っついた。
「なんとかしろよ、西島」
リンも葛西も上半身裸で、坂本でさえ前を空けているこのくそ暑い日に、なぜか西島だけはシャツの第一ボタンまでとめていた。見ているこっちが暑くなる、というか、はっきりいって怖い。
この暑さで皆が腐乱している中、一人涼しげな顔でサングラス装備だ。人間じゃなさそうだ。
「なにか涼しくなる秘訣とか、あんだろ?とりあえずあいつらだけでいいから頭を冷やしてやらねーと、教室が破壊されちまう」
「涼しくっつったって・・・・・なんでお前らが寒くないのかがわからねえ」
憮然とした面持ちで、西島はいった。
「見えねえのか?後ろにいんのに」
瞬間、確かに教室は凍りついた。
「・・・・・・・い、今なんつった・・・・・?」
「だから、後ろに」
「う、わああああああああああああああ!!!!」
「なに見てんだおまえー!!」
すでに殴りあっていた葛西と坂本でさえ、のぞけって後ろを向いた。
だが当然、そこにはなにもいない。いや、見えない。
「う、嘘だろ!?嘘だよな!?嘘っていえー!!」
リンが半泣きで西島に縋りついたが、西島ははっきりと首を振った。
季節柄、後ろにいるといわれれば、一つしか思いつかない。
「ゆ・・・幽霊・・・・・?」
泣きの入った声でリンが尋ねると、今度はゆっくりと頷かれた。
現実は残酷。リンはあまりのショックに泣きじゃくりながらトイレに逃げ込んだ。
「トイレに逃げてどうする・・・・」
「本当に、見えんのか西島?」
「季節柄、多くなんだよ夏は。とり憑いてる訳じゃねえから安心しろよ、その辺漂ってるだけだ」
そんなことをいわれてもちっとも安心できない。
坂本はこわごわ後ろを向いて、それから親友の肩の上を見つめた。
「なんだよ?」
「お前なら水子がいてもおかしくねえのに、とり憑かれてねえなんて不思議な・・・」
「俺の避妊は完璧だ、ってなにいわすんだテメェは!犯されてえか!!」
再び臨戦体勢に入りそうになったときだった。
どこか遠くを見つめたまま、西島が呟いた。
「正道館七不思議だな」
「七不思議?そんなもんあったか?」
葛西の襟首を掴んだまま、坂本が首をかしげた。
学校にそういった怪談はつきものだが、正道館では聞いたことがなかった。珍しいといえば珍しいが、このぼろい校舎で怪談なんぞやられたら洒落にならない。殺人鬼より幽霊が怖い坂本は、実は密かに安堵していたのだ。
「アレか・・・・」
坂本のシャツの中に手を入れながら、実に嫌そうな顔をして答えたのは葛西だった。
「テメエ・・・どこ触ってやがる・・・!!!」
「え、乳首?」
「疑問形で返すんじゃねえ!この変態セクハラ野郎がー!!」
葛西の脳がほどよく溶けていた。暑さのせいかどうかは謎だが。
「正道館七不思議、その一。山ほど恨みをかってもとり憑かれない頭」
「はい?」
ぼそりと呟かれた言葉に、三角締めをしていた坂本の手が止まる。
「いでええええええ!!ギブギブ、坂本!」
「その二。ストレスを溜め込んでいるのに禿げない教頭」
とうとうと語りだす西島に坂本はあっけにとられ、葛西は嫌な顔をした。
正道館七不思議、葛西は知っていたが、その内容のひどさに忘れたかった代物である。
確かに、らしいといえばらしいのだが。
あまりにらしすぎて、外の奴らには絶対に知られたくない代物だ。
「その三。ロッカールームに現れる自殺霊」
「ロッカールーム・・・・?」
府に落ちない顔で坂本が繰り返した。
ロッカールームといえば聞えはいいが、正道館のアレは、ただのだだっぴろい広い部屋だ。ロッカーどころか、棚すらない。なにもないのだ。首吊り紐をかけるものすらない。
「どうやって死んだんだ・・・・・?」
「手首切ったんだと」
嫌そうな顔のまま葛西が答えた。
「わざわざあそこでか?」
「・・・・・片思いの相手の体操着に鼻血たらしてそれを隠そうとして手首切ったら、切り過ぎてあの世行き。だったよな?」
「正確には鼻血と精え」
「あああああああ!いうな!いわなくていい!!聞きたくねえ!!なんなんだそりゃあ!!」
坂本が叫びたくなる気持ちは良くわかった。葛西も、それをはじめて聞かされたときは思わず相手を殴り飛ばしていたくらいだ。ちなみに相手は三年で、自分は一年だった。そのとき以来、廊下ですれ違うたびに絡んでくるので一度徹底的にボコってやったら、それ以来姿を見なくなった。
それもある意味、怪談かもしれない。
「まだあと三つあるんだ、坂本」
「いうな!いわなくていい!むしろいわないで!」
フフフと邪悪な笑みを浮かべる西島に、坂本は、『もう十分涼しくなった、ありがとう!!』と叫んで逃げ出した。
「・・・・・あと三つか?」
七不思議には一つたりない。怪訝な顔をする葛西に、西島は軽く笑った。
「最後の一つは、そのときによって変わる。七つ目の怪談は、知られちゃならねえことだろ?」
七つ目を知ったものには呪いが降りかかる。そんな言葉遊びの影に隠された、都合の悪い本当のこと。
「今の七つ目は、さしずめ、誰かさんにだけ甘い頭かね」
「フン・・・・・そんなもん別に、不思議なことじゃねえだろ」
ぬけぬけと言い放つ葛西に、西島がなんともいえない顔をした。
「・・・・・幽霊がよりつかねえわけだ」
こんな夏真っ盛りの季節に平然と惚気られるような男にとり憑くような、度胸のある幽霊はいない。
その証拠に、西島の目から見ても、葛西の周りだけ幽霊が避けて通っていた。悪霊さえ避けて通る人間というのもどうかと思うが。
「まあ、いいか」
一言で済ませると、雲ひとつなく照りつける太陽が苦笑した。
お待たせいたしました。待たせたわりに、アレな代物になってしまってごめんなさいー!!
沸いているのは私の頭です・・・・
かなりへたれな話になってしまいましたが、加尋さんに捧げます。