捕らえたのか、捕らわれたのか。どちらでもかまわない。
 鎖ならば断ち切ろう。だけどこれは、蜘蛛の糸。








例えようのない階段を









(まいった)
 あいつはいつから気づいてた?
「おーい、ぶた猫ーでてこーい。ぶた猫ーたまーたまさーん」
 野良猫のうろつきそうな路地裏を歩きながら、あの目つきの悪い猫を探す。
 坂本は、気づいていた。
 いつからだ。あるいは、最初からか。気づいていて黙っていたのか。
(どうして)
 咎めるような声が、胸の内から出てくる。その一瞬後に、葛西は盛大に自分を罵った。
「馬鹿か俺は…」
 そんなの、坂本だって怖かったからに決まってる。



 あの猫も、自分も、あの家に住んでいいと言外にいわれ続けているのに、その言葉を聞くことができなかった。
 ずっと、聞こえない振りを通してきた。傍にいたい。でもいたくない。矛盾している事を知りながら、甘えつづけた。
(変わってねえな)
 全く嫌になる。嫌になるほど、自分は変わっていない。いつだってあの親友に甘えて、ずるずると問題を引き延ばしにする。
「ぶた猫ーでてきやがれー」

 笑えることに、自分は、あの猫の気持ちのほうがよくわかる。

 怖いのだ。
 あの家があまりに心地いいから、あの男の傍があまりに気持ちいいから、のめりこむことが怖い。失えなくなることが怖い。

 なにをなくそうが、自分の身一つあれば、生きていけると思っていたのに。

 あの男が必要不可欠なのだと認めてしまえば、失う恐怖に堪えられないだろう。
 あの家に住むことは、できなかった。いつ一人に戻っても平気だという保証を、頑なに後ろに守りつづけた。
「出てこいよ…」
 しゃがみこんで、息を吐く。だけど、なぜ。
(なんで俺は考えもしなかった)
 ほとんど無意識にとり続けた、自分にとって適度な距離。それがあの男を不安にさせるかどうかなんて、少し考えればわかることだったのに。


 坂本は、一度内に入れたものを疑わない。
(俺とは、多分、そこが決定的に違うんだろうな)
 あの男は信じつづける。それは半ば、盲目的だ。それがいいか悪いかの問題ではなく、そういう人間なのだ。どうしようもない。中学のころから、そんなところだけは変わらない。
 あの男は、たとえ明日地球が滅びるといわれても、変わらずに笑う人間だ。
 そういう馬鹿な男でなければ、とうに葛西は一人になっていた。


 ふいに、小さな音とともに、背中に何かが落ちてきた。
「ぐっ…!?」
 何かは、軽やかに葛西の背中を踏み台にして、コンクリートの地面に足をつけた。
「こんの、ぶた猫が…!」
 目つきの悪いたまさんは、うめいた葛西を鼻で笑った、ように見えた。
「……ちっ、今回は見逃してやる。帰るぞ」
 そういって手を伸ばすと、たまさんはさっと後退した。
「オイ、遊んでる暇はねえんだよ、ぶた猫」
 だがたまさんは、金色の眼をじっと葛西へ向けたまま、それ以上近づこうとも下がろうともしなかった。
「あのなァ…」
 やれやれと息を吐いて、葛西は苦く笑った。
 そうだな。
(確かに俺もこいつも野良だな)
 プライドが大事で、強さが大事で、けれど。
「坂本、心配してるぜ」
 金色の眼がわずかに揺らいだように見えたのは、気のせいだろうか。
「知ってたか?」
 自分の目も同じように、揺らいでいるのだろう。


 適切な距離。いつでも逃げ出せる距離。坂本がどれほど信じても。
(俺は信じなかった)
 なに一つ。信じようとする努力さえしなかった。
 自分は坂本とは違う。友人は裏切らないなんて、これっぽっちも思わない。それでも。
(おまえを信じることくらい、できてよかったのに)
 いつでも逃げ出せるように、いつでも一人に戻れるように、そんな準備ばかりしていた。
 坂本は気づいていないと高をくくっていた。あの男がそれを咎めるような事をいったことは、昨日まで一度もなかったから。


「知ってたか?」
 知らなかっただろう。
「あいつも、辛いんだぜ」
 知らなかっただろう。自分の逃げ道ばかり探していて、そんな思いに気づきもしなかっただろう。
 坂本だって寂しいし苦しいし怖いのだ。
 あんまり、あの男が笑ってばかりいるから。ああ、そんなことは言い訳だな。
 坂本だってしょっちゅう不機嫌になって、手は出るわ足は出るわ容赦なく顔面殴るわ、かと思ったら疲れたとかいって床で寝ていて踏んづけかけるわ、風呂で寝て溺れかけるわ、結構面倒な男なのだ。
(……けど、不安は見せなかったな)
 怒っても苛ついても落ち込んでも、不安は見せなかった。


「……帰ろうぜ」
 あの男が、待っているから。
 きっと目一杯不機嫌そうな顔をして、それで不安を押し殺して、待っているから。



 ゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
 後ろを振り返ろうとはしなかった。
 どうせ、ついてきている。
 どうせ、どれだけ逃げ場を探したって。



 もう離れられない。



























「おせえ!夕飯の時間には帰ってこいっつってんだろうが!あ、たまさーん!!」
「てめっ、なんだそのあからさまな違いはー!!」

























 えー、ラブラブに、ラブラブに…なったでしょうか…!(吐血)
 色気も何もなくてごめんなさいー!大変遅くなってしまった上に低蜜度になってしまってすみませんー!!(汗)
 こんなになってしまいましたが、5123番を踏んでくださった綾音様に捧げます。
 ありがとうございましたv