西島の憂鬱
 


 その日、彼はいつものように朝から胃薬を飲んだ。
 彼の名は西島。某帝拳高校の奴らに勉三さんなどと呼ばれてから、正道館でもその不愉快なあだ名が出回ってしまっているが、サングラスをはずせばまともな、そこそこ整った顔立ちの男である。
 池袋では泣く子も黙る正道館の三年で、人望も厚い。けんかも強く、実質正道館の幹部といえる。

 しかし、その彼を悩ませる胃痛が、もう半年近く続いている。
 ストレスから来る胃痛。原因はわかりすぎるほどよくわかっている。
 そして、わかっていてもどうしようもないことというのは、世の中にはよくあるものだ。
 残り少なくなった薬瓶を見つめて、彼は深く、それはもう会社で嫌な上司に苛められているサラリーマンのごとく深くため息をついた。
(新しいやつを買ってこよう・・・・)
 すっかり薬局のおばちゃんとも顔なじみになった彼は、朝から憂鬱げにため息をついた。




 学校が嫌いなわけではない。
 授業など聞かないが、仲間と馬鹿やるのは楽しい。
 仲間に不満があるわけ・・・・・・でもない。一応。
 ただ、いたってまともな彼にとっては、正道館の頭とその親友が、しばしば胃痛の原因となってしまうだけで。

 葛西は、前田に負けてからは少し穏やかになった。
 いいことだ。
 坂本は、もともと気の良い男だ。
 いいことだ。

 彼らが、ピンでいてくれれば何の問題も無い・・・・・

 しかし、一日はまだ始まったばかりである。



 〜屋上編〜

「おい、寝るなよ。風邪引くぞ」
「・・・ん〜・・・・寝かせてくれ・・・・」
「ったく。昨日寝なかったのか」
「いや、寝たんだけど・・・遅くてさあ・・・・・」
 ここは屋上。例によってサボりだ。
 春真っ盛りのこの時期、昼間の屋上はぽかぽかしていて気持ちが良い。思わず眠くもなる。
 がしかし、西島は胃が痛かった。
 彼の目の前では、正道館の頭とその親友が仲良く寄り添って壁際に座っている。
 ちょっとくっつぎすぎな気もするが、そのくらいならかまわない。気にしない。
「坂本、寝るなって」
「・・う・・・ん〜・・・・・」
 葛西の声がやたらと甘ったるい。
 ほとんど眠りの世界に入ってしまったらしい坂本は、隣の男の肩にもたれかかっている。
 つまり葛西の肩に。
 いや、このくらいならまだ友達だ、と西島は必死に自分に言い聞かせた。
 醸し出す雰囲気が、まるきり恋人同士のそれな事は無視する。
 ただそう、ただの友達にしては葛西が。
(顔が甘すぎるんだぁぁぁぁ・・・・・・!!!)
 心の中で、声にならない叫びをあげる。
 もう少し何とかしてくれ、と本気で願う。
 前は四天王といっただけで人を蹴り飛ばしていたような男が、甘ったるい、チョコパフェに蜂蜜を塗って砂糖をふりかけその上からジャムを一瓶重ねたような甘ったるい顔で親友を見ているなんて、とても他校の奴らには見せられない。
 いや、本当なら仲間にだって見せられないはずだが、なんといってもここは正道館高校。
 古き伝統ある男子校。嫌な伝統も脈々と受け継がれてきた男子校。
 ほとんどの人間が一ヶ月もすれば毒されて、ゲイだろうがバイだろうが気にしなくなる。
 しかしだ。
 ほかの一般生徒ならいざ知らず、ある種教師よりも権力のあるトップまでそれなのはどうかと思う。
「おい、風邪引くぞ。・・・・しょーがねーなあ」
 そういって葛西は、自分にもたれかかって寝息を立てている坂本に自分のガクランをかけてやった。
 ・・・・何がしょうがないのか。
 可愛い女ならいざ知らず、いやこの際可愛くなくても女ならいい。だが、18にもなった男が屋上で寝たからといって風邪を引くのか、いや引いたとしてそれがどうした、肩にもたれかかる重みを全く苦にせず自分の服をかけて風邪を引かないようにし、どこかのバカップルのようにくっつきあってにやけた顔で坂本を見守りつつ髪を・・・・!髪をおおおおお!!
(撫でるなああああああ!!!)
 穏やかにそっと、葛西が坂本の髪を撫でている。
 胃が、きりきりと痛む。
 完璧だ。完璧にどこぞのバカップルだ。正道館の、他校の生徒に恐れられ、ヤクザでさえ一目置く正道館高校の頭とその親友が・・・・!!


    ちなみに屋上にいるのは三人だけではない。リンや、二年も何人かいる。
 だが皆慣れっこになってしまっていて、何の反応もしなかった。
 いつまでも慣れることの出来ない西島は、一人哀れだった。




 〜街中編〜

「あれ、坂本は?」
「遅れてくる。先行っててくれだと」
 リンと葛西の会話に、西島は本日初めて胃の痛みが消えるのを感じた。
 葛西も坂本も嫌いなわけではけしてない。一人でいてくれる限りは心穏やかでいられるのだ。
 見上げれば、あちこちに満開の桜が咲いている。
 もう春だなあと、心穏やかにサングラスをかけた彼は思った。
 彼らの放課後のコースは大体決まっている。今日もまた、喫茶店の途中にある駄菓子屋でリンが立ち止まった。
「西島、アイス買ってくれ」
「自分で買え」
「金がねえんだよ。ガリガリ君でいいから。半分やるからさ」
 ガリガリ君は60円。それも買えないほどなのか、と呆れつつ歯ブラシ頭を見やったとき。
「半分こか・・・・」
 隣で葛西が呟くのが聞こえた。
(まさかまさかまさか・・・・・・)
 買う気なのか。
 それも言い出したリンではなくこの場にいない男と分けて食うつもりなのか!?
 まさかまさか。でも葛西なら。
(やりかねねえええええ!!)
「か、葛西待て」
「おばちゃん、これ一つ」
 ・・・・・買ってしまった。制止の声も虚しく買いやがったこの野郎。
「なんか言ったか、西島?」
「・・・・いや・・・・」
 せめてリンと分けてくれたらどんなにいいだろう。でもそんなことがありえないことは、リンでさえわかっているようだった。
 胃のあたりを抑えつつ、西島が虚ろに笑ったとき。
「てめえ、どこ見てあるいてんだ!!」
「あーあ、肩の骨折れたかもなあ」
 ドスのきいた、というよりはただ怒鳴り散らすだけの声が響いた。
「なんだあ?」
 声のほうに目をやれば、なんだか人だかりが出来ている。
「・・・・・・」
「人にぶつかっておいてそれだけかぁ、なめてんじゃねえぞ!!」
「そうそ。それなりに誠意を見せてもらわねえとなあ」
 絡んでいるほうの叫び声だけがよく響いた。まだ若い声が、怒鳴り散らしている。
 人ごみの中から、黒いガクランが見えた。
「うぜぇ」
「あれどこのガクランだっけ?」
「あー、西工じゃねえの?確かあんなんだった気が・・・・」
 する、という前に、三人は一様に声を失った。
 ちらりと見えた、絡まれているほうの制服が、一度みれば忘れられない馴染み深い青のガクランだったからだ。
「オイオイ、絡まれてんのウチの奴かよ!?」
 リンが驚くのも無理はない。この界隈で正道館の制服に絡む馬鹿は普通いない。
「度胸あるな」
「ただの馬鹿だろ。それより誰が絡まれて・・・・・」
 遠目に見えた顔に、西島は取りかけていたアイスを落とした。
「坂本ォ!!?」
 何で、と思った瞬間隣に風が走る。
 はっとして見やれば、ついさっきまでそこにいた葛西の影も形もない。
「なんだ、てめえ!」
「引っ込んでろよ、怪我するぜェ?」
 ギクシャクと、首を回してまた騒ぎの中心部を見ると。
 いた。
(・・・・・・・・・嘘だ・・・・)
 さっきまで、確かにここにいたはずなのだ。
 どうやったら一瞬で人ごみを掻き分けてあそこまでいけるのか。
「さすがに坂本が絡むと速えなあ、葛西の奴」
「いや・・・・・速いっつーか・・・・・・」
 速い遅いの問題じゃなくて。
 人には出来ることと出来ないことが。
「常識を超えるよな」
「・・・・・・・・・・・・そうだな」
 もはや人間を超えている、とは思っていても口に出さなかった。
 生ぬるく笑う西島の前で、葛西の蹴りが見事に決まった。
 一撃で、葛西は黒のガクラン二人をカタした。
 手には青のビニールを持ったまま。

 
  
       
 〜喫茶店編〜

「ホント絡まれやすいよな、坂本は」
「なんでだろーなあ?」
「やっぱ髪型じゃねえ・・・・・」
 うかつな発言をした男は、葛西の絶対零度のまなざしを向けられた。
「だよな。俺もそりとか入れて」
「にあわねえよ」
 葛西の言葉に、店内が一斉にうなずく。
 世の中には想像したくも無いものがあるのだ。
「じゃ、せめて染めるとか」
「止めとけ」
「・・・・そういうけどな、俺だけだぞ、このガクラン着ててさえ馬鹿に絡まれんのは。ゼッテェ外見が悪いんだよ。弱く見えてるんだ!!」
「そんなこたねーよ。いーだろ別に、絡まれたって」
 そこで葛西は言葉を区切って、じっと坂本を見る。
 ・・・・・・胃が、痛え。
(見つめあうな、目で会話すんなぁぁぁぁ・・・・・・・)
 胃が痛すぎる。何とかしないと命にかかわる。
「そ、そーいや、今日はなにやってたんだ?居残りか?」
「ちがうちがう。ちょっと買いものに行ってたんだ」
 苦し紛れの話題転換がうまくいって、西島はほっと体の力を抜いた。
 ・・・・・のもつかの間。
「そーいや牛乳買ったか?切れてたぜ」
「え、マジで?」
「あと塩も確か切れかかってた」
「あー、買いに行こうと思ってたんだけどなあ」
(何で葛西がそんなことまで知ってるんだ・・・・・)
 坂本が一人暮らしなことは、西島も知っている。
 だが牛乳が切れたとか塩が切れそうだとかそんな台所事情まで知るわけがない。知ってたら変だ。
 自分のうちの台所でさえよく知らないのが普通の男子高生が、何で友人の家のそんなことまで知っているんだろうか・・・・・なんてことは、考えてはいけないのだ。これ以上の胃痛は命にかかわるから。
「ドレッシングはこないだのユズ味がうまかったよな」
「じゃあそれも買って、あとなんかあったかな」
「小さい鍋が安かったら買ってけよ。もうボロボロだろ」
「そーだな。それと醤油でいいか」
「おまえ・・・・重いのばっか買う気だろ」
「手伝ってくれるんだろ?」
 やれやれと、葛西がため息をつく。
 ・・・・・・・もはや、生ぬるく笑うしか西島が生き延びる道はなかった。
 見回せば、同じような顔がチラホラ見られる。
 ・・・・・別に、一緒にすんでいるわけではないのだ。葛西が入り浸っているだけだ。そう考えれば少しは気が楽に・・・・・ならねえよ。
(なんで・・・なんでだこんちくしょう!!)
 葛西の強さにほれ込んで、多少のことがあってもついていこうと決めたのに・・・・・!
 坂本だって、いいダチだと思っているのに・・・・・・!
 まだバカップルのほうがましだった。
 この会話は、まるで、まるで。
「なんか新婚家庭っつーより、熟年夫婦みたいですね」
 他意無く呟かれた山中の言葉は、西島の弱った胃にとどめをさした。







「おばちゃーん。これもう一瓶」
「またアンタかい。まだ若いのにねえ、不憫な子だね」

 薬局のおばちゃんの慰めが心に沁みる今日この頃だった。
   









 ・・・ごめん、西島・・・&西島ファンの皆様。
 ・・・・・ごめんなさい、加尋様(泣)

   リクエスト内容は、葛西坂本の周辺の人々による目撃談・二人がどういう風に見られているか、でしたのに、これじゃあ、
 バカップルに苦しめられる胃の弱い西島、の話だよ・・・・・(泣)
 ご期待に添えなかった自信はあります(死)
 ごめんなさい。でも差し上げます。
 キリリクありがとうございました!懲りずにまた踏んでやってください。