重なる手はなぜかいつも冷たかった。
それが自分の体温が上がっているせいなのか、そうではないのかを判断する余裕は、スネークにはない。そういう時はたいがい、いっぱいいっぱいになっているからだ。伝説の傭兵ともあろうものが──── というか、まず、30を過ぎた男としては、段ボール箱に入って埋まってしまいたいくらいに情けない状態なのだけれど、そういう後悔ができるのもまず、ことが終わってからだ。おかげさまでスネークは、二重三重の意味で落ち込むのだが、それさえもしばしばあの眼に奪われていた。
(──── そう、この眼に)
奪う眼だ。生暖かい息づかいも、重なる体の重さも、自分の名を呼ぶ声さえも、奪う意志に満ちている。氷のような手をしているのに、覗いた目にははっきりと炎が見える。鉄のような炎が。固く、鋭く、(ああ彼は本当に刀のような人なのだ)と。見たことはないが、刀を作るために鉄を溶かせば多分こんな色をしているのだろう。そして火花を舞わせながら鍛え上げれば、きっとこんな男になるのだろう。
「スネーク」
そんな風に呼ぶのは本当に勘弁してほしい、と思う。
「考え事をしているなんて、ずいぶん余裕じゃないか」
ああ、くそ。自分が今なにを考えているか教えてやろうか。
(あんたのその笑顔は怖すぎるんだよっ!)
どこまでも甘く、うっすらと浮かぶ、あるかなしかの微笑。スネークの知るかぎりこの笑みで落ちなかった女は ─── 怖ろしいことに男も─── まずいない。そんなある意味最終兵器な怖ろしい微笑だ。けれどスネークは、彼の表情と心情が全く連結していないことを嫌というほど知っていて、今、彼の背後で揺らめくオーラが不機嫌ですと語っていることも、見たくもないのに見えてしまっていた。
「フォックスっ…」
そして狐は優しく笑う。
「なあ、スネーク。教えていなかったかもしれないが、俺は、よそ見をされるのが大嫌いなんだ」
灰色の狐と固まった蛇の関係
グレイ・フォックスは、戦場の人間だ。
自分のような中途半端な兵士とは違う。彼は、誰に雇われても、どの戦場にいても、ためらいなく戦える。戦争を美化する気などさらさらなく、自分は恐らく一生嫌悪しながら戦い続けるだろうが、そういったこととは別の場所で、フォックスの立ち方は見事だと思う。
彼は誇りを持って戦える人間だ。どこかでそれを唾棄しながらも、フォックスはその誇りを持って立ち上がる。スネークは戦いにそれほどの価値を持てない。持てないからいつも迷う。だがフォックスは、戦うことに、戦う人生に、生きる価値を見いだせる男だ。戦場で生まれた彼は、戦場で生きて、戦場に帰る。戦場こそが彼の家なのだと、スネークはうっすらと思う。
(……だから、こういう、なんの仕事もなくて平和なときは暇なんだよな!)
わかっているんだ、とスネークは恨みがましい気持ちで思った。
(外じゃ雪なんか降ってて、出かけるのも面倒で、だが本もあらかた読み尽くしてそろそろ運動がしたいと思っていて、そこにのこのこと俺がやってきて!)
あんたに呼び出されたんだがな!と、スネークは頭の中で狐の形をした雪人形にむけてAKをぶっ放した。
(だからってなにも俺相手に運動することはないだろうがっ!!30過ぎてるんだぞ!自分でいうのもなんだがおっさんだぞ!あんたのその外見ならいくらだって女が釣れるだろうが!商売の女なら雪の中だって来てくれるし、金さえ出せばいくらだってサービスしてくれるじゃないかー!!)
スネークの頭の中で、狐の形をした雪人形にCQCが決まった。
いくら暇つぶし、一時の戯れといっても、こんなむさい男を抱いてなにが楽しいのだろう。スネークとて軍生活は長いから、そういうものは結構しょっちゅう見てきたし、そういう意味で絡まれたことも両手の指でも足りないほどある(そのたびに相手が胃液を吐くまでどつき回してきたが)。しかしスネークはやはり女性がよかったし、それも年下のちょっと勝ち気で勢いのいい女の子がタイプだった。なのに気づけば自分がちょっと勝ち気で勢いのいい年下の男になっているではないか。なんて怖ろしい事実だ。
(おまけに俺がサービスされてどうするんだ…っ!)
なんかもう段ボール箱に入りたい。閉じ籠もったまま三日くらい過ごしたい。
「面白い顔だな、スネーク。さっきから一人で百面相しているが、なにがそんなに楽しいんだ?」
「これが楽しそうに見えるか……っ!!」
思わず上体を起こして怒鳴りつけて、スネークはすぐに後悔した。
フォックスは笑っている。上機嫌に笑っている。そう、笑っているのに、笑っているこの瞬間でさえ、その眼を見れば息もできなくなる。
(──── 奪われる)
最後の一息まで、この男に奪われる。フォックスはそういう男だ。そういう風にしかスネークを抱かない。ひとかけらも与えることなく、根こそぎ奪っていく。
(いいんだ。それは別にいい。あんたがそういう人だと知っていて俺は)
なぜならフォックスは戦場の人間だ。戦場では奪うか奪われるかしかない。そして全てを得るか全てを失うかだ。だからフォックスはいつだって容赦なく、スネークのなにもかもを奪おうとする。思考も、理性も、感情さえも、スネークにスネークをひとかけらも残さずに、喰い尽くそうとする。
これがグレイ・フォックスでさえなければ、スネークは迷わず殴り倒し骨の一、二本は貰った上すまきにして風俗街に転がしてやるところだが、グレイ・フォックスである以上そんな真似はできなかった。
ただ、いつも思うことは。
「暇つぶしなら、もっと、ほかに、楽しめることがあるだろう…!」
「楽しめること?例えば?」
「だから、せっかく野戦キャンプでもジャングルでもない場所にいるんだから、女を買いに行くとかだな!いやあんたなら買わなくても相手には困らないだろうが、とにかく女を相手にしてくれ。俺をからかって遊ぶのは、あんたの趣味の中でも最低の悪趣味だと思うんだが!」
言いつのった蛇に返ってきたのは、実に冷ややかな視線だった。
「…スネーク」
視線と同じ、いやそれ以上に、名を呼ぶ声は冷たかった。スネークはこれほど段ボール箱が恋しく感じられたときはなかった。あの薄暗い箱の中に入って、茶色い壁が吹き荒れるブリザードを遮ってくれないものだろうかと願ったが、幸薄い傭兵の願いは当然のように叶えられなかった。
「まったくお前は…、なにもわかっていないな」
彼は不機嫌に、そのくせ優雅に、スネークの指に指を絡めさせた。
「これが暇つぶしだと?一時の戯れだと?」
「いやっ、そのっ…フォックス!!」
その眼でのぞき込まれれば、スネークに抵抗はできないと、わかっているだろうに。
(あんたは卑怯だ…っ)
卑怯で、傲慢で、容赦がない。スネークの中の美しいものから、汚濁の底までも喰らいつくそうとする。
「お前はわかっていない。これは狩りだ、スネーク。狐の狩りなんだよ」
声は低く、暗く、這うように響いた。
「お前は俺より弱くて、俺より強い。だから俺は全力で戦っている。お前を狩り尽くすためにな。いやなら逃げろ。お前は獲物だ。俺を狩ることはできないが、逃げることはできる。逃げて、俺を飢えで殺すといい。そうすればお前の勝ちだ」
スネークは、息をのんで、息を吐いた。フォックスの目から目を逸らすことはできない。多分一生、自分から逸らすことなどできないのだろう。目の前のこの男はそれをわかっていて、スネークがどれほど彼に弱いかを知っていて、知っているその顔で逃げろと言ってのけるのだ。
「──── だから、あんたは卑怯だというんだ…!」
何度あんたに降参して見せれば気が済むのかと、そう吐き出した蛇に返ってきたものはやはり、奪いつくすようなキスだった。
MGSで最初に書くのはリキスネかオタスネだと思っていたのに、気づけばフォスネが…!
フォックス兄さんはスネークで遊ぶのがライフワークだといいと思います。