──── その瞬間。
どうしてでしょうか。
なぜわかったのでしょう。

彼らは双子の兄弟でした。
けれど、お互いの声も思い出せないほど、遠い昔に生きる場所を分けられた二人でした。
一人は伝説の傭兵の息子として育てられ、一人はただの孤児として施設に預けられました。
一人は父親に疎まれながら育ち、一人は埋められない寂しさを抱きながら育ちました。
その日は二人の誕生日で、二人はあてもなく町へ繰り出し、そしてあてもなく帰るはずでした。

けれど、街中ですれ違った二人は──── そう、すれ違っただけだというのに二人は──── まるで時間がとまったかのように見つめあいました。
それはまるで、お互いに一目惚れをしているかのように見えたことでしょう。
けれど、二人の胸に急激に湧き上がってきたのは、ただただ、狂おしいほどの懐かしさでした。
もしかしたら、愛しさだったのかもしれません。

二人は、家を出ました。
一人は父親のいる家を捨て、一人はこっそりと施設を抜け出して、そうして二人は二人で暮らし始めました。



おとぎ話



始め、働き口のなかった二人は、軍隊に入りました。
数年すると、父親を超えるほどの名声が二人の名前に付きました。
けれどある日、二人はあっさりと軍隊を辞めました。
惜しむ人や引き止める人に向かって、一人の青年はこういいました。
「後のことなど、俺の知ったことか。自分たちで何とかするんだな。俺は、この弱っちい兄弟の面倒を見るので手一杯だ」
弱っちいと指差されたもう一人は、さすがにむっとした顔をしましたが、何も言い返しませんでした。
彼には、兄弟が軍を辞めるのは自分のせいだという負い目があったのです。

二人は伝説の傭兵の息子でした。
二人の身体能力は素晴らしいものでした。
二人の頭脳は申し分のないものでした。
けれど、彼は、どうしても任務を割り切ることができませんでした。
だからといって、簡単に嫌だということもできませんでした。それは、いろんなものを否定することでした。彼にとっては、彼自身の罪を忘れることでもありました。
だから、彼は、何も言いませんでした。
楽しいとも、辛いともいわず、ただ皮肉な物言いだけが唇に慣れました。
その一方で、彼の心は、どんどん暗いところへ落ちていくようでした。
そんなある日のことです。
朝、いつもどおりに二段ベッドの下から起き上がると、いきなり兄弟に頭を殴られました。
ペチンなどという可愛いものではありません。
鍛え抜かれた軍人の、本気の一撃でした。彼は火花が散るのを確かに見ましたし、しばらくは立ち上がることもできませんでした。
そして、床に倒れもがいている彼に向かって、兄弟はきっぱりと宣言したのです。
「狐狩りは今日で終わりだ。貴様の銃は俺が処分してやる。貴様はせいぜい、ダンボールで作ったオモチャでもいじっていろ。…必要なときは言え。俺が腕ごと貸してやる」
だからお前は銃を持つなと、兄弟は言いました。



軍を辞めた二人は、会社を立ち上げることにしました。
といっても、実際に働いたのは、ほとんど片方の青年だけでした。
彼が手伝おうとするたびに、青年は美しい瞳を、憎たらしいほど意地悪く細めて、彼を自室へと追いやったのです。

青年は、不安でした。
本当は、彼よりも、青年のほうがずっとずっと不安でした。
青年には彼しかいませんでした。
青年自身もおかしいと思いました。美しい女性と交際したこともありました。
けれど、青年の心を揺らすのは、いつだってただ一人、彼だけでした。
ほかの人では駄目でした。どうしてなのかは、青年にもわかりません。
ですが、あの時、あの誕生日の日、世界のすべてが憎くて怖くて凍え死にそうだったあの瞬間、青年の手を握ってくれたのは彼でした。
彼だけが、青年の悲しみを理解してくれる、ただひとりの人でした。
だから、彼はまだ気にしているようですが、彼のために軍隊を辞めたことは、青年にとって当然のことでした。
軍が何だというのか。青年は鼻で笑います。
そんなものに属さなくても、力さえあれば生きていけます。
そんなものより彼を優先するのは当然のことです。
彼は、青年よりずっと弱い生き物でした。
どうして彼はそんなことで苦しむのだろうと、不思議に思ったことも少なくありません。
ですが、青年は、そんな彼がなによりも大事でした。
だから、弱い彼を守るのは、青年の役目です。
弱い彼は、無理に働いたりしなくていいのです。ダンボールの部屋に一日中こもっていたってちっとも構いませんし、犬が好きだというなら何十頭でも飼えばいいと思います。
彼はただ、傍にいてくれればいいのです。
青年の傍に、ずっと居てくれれば、いなくならないでくれれば、それだけでいいのです。





それでも、いつか御伽噺は終わるだろうと、二人とも思っていました。
幸福が長く続かないことに、二人とも慣れていました。
いつか、青年は自分の手の届かないところへ行ってしまうだろうと、彼はずっと思っていました。
いつか、彼は自分の隣から消えてしまうだろうと、青年はずっと思っていました。
けれど、不思議なことに、いつかはなかなかやってきませんでした。
お互い以外の友人ができても、お互い以外の相手と食事をすることがあっても、帰ってくるのはいつも同じ家でした。
いつも、片割れが明かりを灯す家に、もう一人は帰っていきました。

そしてある日、彼はふと微笑んで言いました。

「なあ、リキッド」

青年の美しい瞳には、彼の優しい微笑が写っていました。

「お前の老後は、俺が面倒見るのかな」

青年は、あからさまに嫌そうな顔をしました。

「ふん。なら貴様はすでに老後だな。俺が面倒を見てやっているのだから」

彼は、くつくつと笑って、違いないなと答えました。
それから彼は、初めての約束を青年に持ちかけました。
それはたぶん、二人が再会してから初めての約束でした。

「この礼はするさ。お前が疲れたら、俺が面倒を見てやるよ。なあ、構わないだろう、リキッド?」

青年は、少し言葉に詰まりました。
そして、かすかに震える声で答えました。

「……好きにしろ」





そうして、約束は、成立しました。
だから、御伽噺はここでおしまいです。
この先は、いつ消えるかもわからない物語ではありません。
約束を守るために、二人で生きていくお話です。
いつかに怯える癖は、二人ともなかなか抜けないでしょうけれど。
約束があれば、きっと二人は、幸せを求めて生きていけるでしょう。









 幸せなリキスネが書きたかったんですー!それだけです!