少年が物心ついたとき、島はすでに閉ざされていた。
Devil Framingo −一丁の拳銃−
アクアラグナの浸水によって大地は海中に沈み、木材も鉄も、大地から得られるはずのものは全て失われた。島の住人に残されたものは、果ての見えない海だけだった。海からの恵みでかろうじて食料は得られたものの、それだけで生活できるはずがない。住人のほとんどが造船業を生業とし、それによって外貨を得ていたウォーターセブンにとって、交易船の行く手を阻む海は恵みではなくひたすらに脅威だった。
少年の父親もまた造船技師だった。腕のいい技師であったけれど、客の取り合いが表面化してきた街の中では彼は敗者だった。少なくとも彼と、彼の妻はそう思っていた。少年の父親は少年が幼い頃に職を失い、半年が過ぎても新しい職場を見つけることが出来ずにいた。
その日、何故そんなものが家にあったのか、少年は知らない。
日に日に貧しくなっていく食事と、反比例するかのように激しくなっていく言い争い。いや、正しくは言い争いではなかった。少年の父親はいつも、ただ黙って少年の母親の罵声を聞いていた。それがいっそう彼女の苛立ちを煽っているのだと、果たして彼は気づいていただろうか。
少年にはわからない。だが少年が気づいたときには、父親は一丁の拳銃を母親に向けていた。そして一瞬の静寂の後に、彼は引き金を引いた。少年の目の前で、少年の父親は殺人者となり、母親は命を奪われた者となった。言い争いは永遠にやんでしまった。
目の前で起こったことを理解できずに呆然としている少年に、少年の父親は頭を下げた。少年の記憶が確かならば、父親は小さく謝罪したのだった。無口な父親の、最後の言葉は少年への懺悔だった。そして少年の父親は、その銃を自らの頭に押し当てた。
護身用だったのだろうか。あとになってから少年はそう考えた。
船の修理のために海賊が訪れることも珍しくないこの島で、身を守るために買った銃だったのだろうか。少年には真相を知る術はなかったけれど、そうであって欲しいと思っていた。殺意があって購入したのでは、あまりに救われない話だろう。どちらにしろ真相がわからないならば、少しでも優しい考えに心を傾けていたかった。
一人になった少年は、海を見つめながら考えた。
いったい何が悪かったのだろう、と。
沈んだ島が悪いのか、アクア・ラグナが悪いのか。船を打ち砕くこの海が悪いのか、それとも父親を首にした造船所の男が悪いのか。
答えはでなかった。悪いと思えば何もかもが悪く、悪くないと思えば何もかもが悪くなかった。
それでも少年は考え続けた。悪かったものは何か。なぜいま自分は独りで、泣く事も出来ずにいるのか。
造船技師としての職を失った父親が悪いのか?─── いいや。
貧しさに心を荒ませた母親が悪いのか?─── いいや。
少年から両親を奪ったものは一丁の拳銃だった。手に収まるほどの小さな凶器が、少年から家族を奪い去った。
もしも銃がなければ。少年は思った。思わずにはいられなかった。
もしもあのとき銃がなければ、少なくともあの日一日は何も起こらなかったかもしれない。
もしかしたらその次の日も、何も起こらなかったかもしれない。
その次の日も、その次の次の日も、誰も死ななかったかもしれない。
全ては可能性だとわかっていた。取り戻せない可能性であると、少年は重々承知していた。
それでも、もしあのとき拳銃がなければ。
いつか、何かが変わったかもしれないのに。
少年は一丁の拳銃を憎んだ。
それは、少年の微かな未来と、未来への希望を無惨に打ち砕いたものだった。もしかしたらという言葉さえ、断ち切るものだった。
少年は希望を心から欲した。
拳銃によって打ち砕かれた未来しか、少年の目の前には残っていなかった。だがそれでも少年は未来を夢見ることをやめなかった。打ち砕かれてしまったからこそ、いっそう強く、少年はそれを握りしめた。打ち砕かれた欠片を握りしめて、少年は前を向いた。
未来の別名は希望といった。
諦めのうちに沈んでいく島の中で、少年はひたすらに前を見つめていた。
タイトルの『Devil Framingo』は天野月子さんの同タイトルの曲からです。