それは海の上を走る列車。
それは希望の船。
Devil Framingo −海列車−
海列車造りをようやく手伝い始めた弟弟子は、それでも暇を見てはバトルフランキー号を作るのをやめなかった。
「いい加減にしやがれ、バカンキー!!」
海王類に追いかけられながら廃船島に戻ってくる弟を見るのも、これで何度目になるだろう。アイスバーグはこめかみを引きつらせて、拳を振り下ろした。
「こんなもん作ってる暇があったら、海列車にネジの一本でもはめてこい!」
「いってーな!ぼんぼん人の頭殴るんじゃねえよ!バカになったらどうすんだ!」
「お前がそれ以上バカになるか、アホ」
冷ややかに言えば、フランキーが下から殴りかかってきた。びょんと飛び跳ねて顎を狙ってくる様子は、まるでカエルのようだと思いながら、アイスバーグは一歩足を退くだけでフランキーの拳をかわした。そしてカエルが着地に失敗して態勢を崩したので、拳骨をもう一発落としておくことにした。
「この卑怯モン!」
手足の長さがものをいう場合、フランキーに勝ち目はない。頭をさすりながら喚く弟を、アイスバーグは鼻で笑った。
「お前がちびなんだろ」
「俺はこれから成長期なんだよ!見てろよ、今にトムさんくらいでっかくなってやるからな!」
フランキーがごくごく真剣な顔で叫んだので、アイスバーグは言い返す気力もなくして口を閉じた。トムさん並みにでかくなってお前を見下ろしてやる!と叫ぶ弟に、軍手をとったほうの手でげんなりと顔を覆う。
(なれるわけねェだろ。どうしてコイツはこんなにアホなんだ…?)
トムさんは魚人である。フランキーがどれほど頑張ったところで、あの大きさにはなれない。種族が違うのだから、フランキーの言うことはカエルが鯨になりたがるようなものだ。アイスバーグは軽く息をついて、空色の髪をした弟弟子を見下ろした。
「お前、今は海列車造りに集中しろよ」
「海列車、海列車って……ほんとにあれが好きだよな」
鉄くずの上に座り込んだフランキーが、呆れた声でいう。アイスバーグは小さく首を傾げた。
「ンマー、そうか?」
「そうだよ。海列車造ってる時は、怪我しても笑ってるしよ。あれ作り始めてからお前、機嫌が良すぎて気味が悪ィ」
「最後の一言が余計だけど、まァ、そうかもしれねェな…」
海列車の造りかけの胴体部分が、離れた高台に見える。アイスバーグは空を見上げるように、その姿を見上げた。太陽の光を受けて、夜色の列車はきらきらと輝いている。
あれは希望の船だ。
大切な人の免罪と、ウォーターセブンの交易という、二つの命があの海列車にかかっている。
(トムさんの言うとおり、あの船はきっとこの街の希望になる)
アイスバーグは海列車を造れることが嬉しかった。油と海水にまみれながら、熱した鉄で火傷を負いながら、ただただ楽しかった。先が果てしなく長いことも、何十、何百回と試行錯誤を繰り返さなければならないだろうことも充分に理解しながら、それでも未来は輝いていた。
海列車のために鉄を溶かしているときに、ふと思うのだ。この鉄はいつか誰かを支えるだろう、と。切り出した木板に隅々までヤスリをかけながら、ふと思うのだ。この板はいつか誰かを笑わせるだろう、と。そう思うと、曇り空の下でもぱあっと日が差しているような気持ちになる。何も出来ないことへの苛立ちが体中に溜まっていたけれど、今ではその思いが逆に、体を奮い立たせる力になっている。
(おれ達は、未来を作ってるんだ)
四人と一匹で力を合わせて、この島の未来を作っている。そう感じられるとき、アイスバーグは誇らしくて幸せで、何だってできるような気持ちになる。それはまるで、日干しした布団に潜ったときのようだった。太陽の匂いのする布団をぎゅっと握りしめて真っ白な明日を思い浮かべれば、心臓は早足に歩き出して、血液は体中でスローダンスを踊る。そんな心地のよい感覚に似ていた。
できない事が世の中には溢れていると、アイスバーグは幼い日に既に知っていたけれど、それでも信じたい気持ちになるのだ。
海列車を見つめたまま黙り込んでいると、フランキーがあぐらをかいたままいった。
「心配すんなよ。いざとなりゃバトルフランキー号があるだろ」
「…なに?」
「もうちっと改良すれば、海王類にも負けねェ船になる」
今度は何を言い出すのかと思って下を向けば、フランキーは前を見据えたまま、力強くいった。
「もし期限に間に合わなくて、トムさんを死刑にしようっつうなら、こんな島出ちまえばいいさ。バトルフランキー号に乗って、海の船大工になろうぜ。グランドラインを回りながら船の修理を請け負うんだ。海賊どもが溢れてるからな、仕事にはこまんねーよ」
そこまでいって、フランキーはがしがしと頭を掻いた。
「ま、トムさんができるっていってるんだから、余計な心配だけどな。いや、俺は心配してねえけどな!おめェが余計な心配してんだろ、バカバーグ!」
勝手に怒り出したフランキーは、鉄くずの上でぴょんと立ち上がると両脇を締めて手を握りこんだ。いつでもかかってきやがれ、といわんばかりの弟弟子を、アイスバーグはしばし無言で凝視した。
込み上げてくるものがあった。それは胸の奥から納得とともに込み上げてきて、喉を出るとゆっくりとした笑い声になった。
くっ、くっ、くっと、体を曲げてアイスバーグは笑った。わかったと思った。見当外れの気遣いを見せる弟を笑いながら、アイスバーグは理解していた。唐突でありながら、すんなりとその事実を受け入れていた。わずかな寂しさが、水滴のように胸に落ちた。
フランキーは、いつかこの島を出て行くだろう。
それは予想でありながら確信だった。自分たちは同じ仕事を糧としながら、その関わり方がまるで違っていた。違っていることに、いま気づいた。
(おれは中を見て、お前は外を見てる)
アイスバーグにとって、未来は常にウォーターセブンとともにあった。魚が陸で暮らそうとしないように、アイスバーグはこの島以外での生活を考えた事はなかった。たとえほかの街で何不自由ない生活を保証されたとしても、アイスバーグはこの島を選ぶだろう。どれほどこの島の将来を悲観した時でも、ここを出て行こうとは考えもしなかった。
けれどフランキーは違う。この島を出て行けばいいと、アイスバーグが考えもしなかった事を簡単に口にする弟は、いつだって海を見ていた。
外を知っている弟弟子は、いつか外に帰っていくのだろう。海の広さを知っている弟は、いつか海へと乗り出していくのだろう。自分たちはこんなところまで正反対で、生きる場所までが違っていた。
いつか、はっきりと道が別れる日が来るだろう。
笑いを収めたアイスバーグは、気味悪げにこちらを見る弟弟子の頭を軽くこづいた。そしてまた、穏やかに微笑んだ。
(ンマー……いいさ。バカンキーの作った船なんかすぐがたがくるにきまってるから、そのうち帰ってくるだろ。そんときはトムさんとおれで修理してやるよ)
そしてまた、海に出て行けばいい。ウォーターセブンは動かないから。
自分はここで、この街とともに生きる。この街がもう一度歓声を取り戻す日を、ここで見るだろう。そして、また海王類に追いかけながら弟弟子が戻ってきたら、思い切り高値で修理をしてやろう。
アイスバーグは両手を空に突き出して、全身でぐっと伸びをした。
「よし、休憩は終わりだ!行くぞバカンキー」
「バカンキーっていうな、アホバーグ!」
兄弟な二人が好きです。