俺が女だったら、話はずっと簡単だったのに。
孤独の王
「カリファ!てめェ、ハレンチな格好で職場に来るんじゃねえって何度いったらわかるんだ!!」
またしても丈の短いスカートをはいて現場に現れたアイスバーグさんの秘書に、俺は作業の手をとめて叫んだ。
「まあ、落ち着いて」
カリファは真面目な顔のまま、俺に掌を向けてくる。どうどう、とでも言い出しそうだ。俺は馬じゃねェよと怒鳴ってやろうかと思ったが、そこは我慢した。俺も大人になったと思う。
だが注意すべき事はきっちりといわなくてはならない。会社のためにも、俺のためにも、カリファ自身のためにも。
「膝を出すな太ももを出すな!肌を露出させんじゃねェ!」
『うるさい、クルッポー』
「ああ!!?やんのか!?」
俺が皆の為を思っていっているというのに、隣で設計図を見ていた変人はぼそりと『うるさい』なんて呟きやがった。呟く、といっても十分に聞こえる大きさだったのだから、これは俺に喧嘩を売っていると見て間違いないだろう。俺がロープを手に取ると、少し離れたところからふうと呼吸音が聞こえた。アイスバーグさんだ。
「ンマー、おれはお前の教育をどっかで間違えたかなァ」
書類を片手に近づいてきたアイスバーグさんは、額に手を当てて、嘆くように目を伏せた。一見すると真剣そうだが、声がはっきりと笑っていたので、俺はゴキゴキと首を回してから答えた。
「野郎ばかりの仕事場でハレンチな格好の女がいたら、危ない目に遭うかもしれねェでしょう。俺がこんな気遣いができるのは、あなたの教育の賜物ですよ」
俺が平然とそういえば、アイスバーグさんは口を押さえて、ぶるぶると肩を震わせた。それじゃちっとも笑いを隠していることにはなりません。そう思ったが俺は何もいわず、小さく肩をすくめただけだった。
俺がこの世で一番好きなことを一つあげろといわれたら、それはまあ、この人の笑顔を見る事だと答えるしかないだろう。
俺はこの人が好きで、それがどういう類の想いなのかはっきりと言葉にすることは難しいのだが、あえていうならばこの人は俺が幸せにしたい唯一の人だ。この人の幸福のためにならなんだってしたいと思う。それは家族にも友人にも抱いたことのない感情で、この体の一番深いところを占めている。
俺はこの島で生まれ育った人間だから、最近移住してきたルッチやカリファよりは、アイスバーグさんのことを知っている。アイスバーグさんの昔のことも、直接尋ねたことはないけれど、だいたいのところは知っている。だから余計に、俺は考えてしまう。
俺が女だったら話はずっと簡単だったのに、と。
俺が女だったら、それでももちろんアイスバーグさんに弟子入りして一流の船大工になるが、同時にカリファに引けをとらないほどの美人になってみせる。努力も労力も惜しまず外見を磨いて、必ず、アイスバーグさんの隣に立っても恥ずかしくないほどのいい女になる。そしてアイスバーグさんと結婚して、子供を三人くらい産むだろう。アイスバーグさんが賑やかなほうが好きなら、もっと作ったっていい。あの人のために食事を作り、夜にはあの人に安らぎを与えて、朝にはあの人に活力を与える。昼間はもちろんともに働く。仕事の面では部下として役に立ちながら、家族としてもあの人を支えるのだ。最高だ。それに完璧じゃないか。
俺が女だったら、話はずっと簡単だった。
俺が女だったら、あの人の妻になって子供を作って、今よりもっとあの人の体を温めることができたのに。
たとえ体だけでもあの人を温かく感じさせることができたら、俺はどんなに幸福だろう。
遠くの作業場に呼ばれて去っていくあの人の後ろ姿を見ながら、俺は何となくいってみた。
「もし俺が女だったらどうする?」
『気味の悪いことをいうな、クルッポー』
ハト野郎は即座にいった。確かに妙な質問だが、気味が悪いはないだろう。いい女になると思わねェのか。
カリファは歩き出した足を止めて振り向くと、生真面目な目を少しだけ優しくして俺を見た。
「それはとても、素敵なことだと思うわ」
思いがけない返事に、俺は少しだけ笑った。さすがはアイスバーグさんの秘書だ。頭のいい女だよ。
「けど俺は、俺じゃなくてもいいんだがな」
「パウリー、セクハラよ」
カリファが眼鏡のレンズを光らせて笑ったので、俺はゆっくりと両手を広げてみせた。どうどう、ってわけじゃない。降参って意味だ。
だけど俺は、俺じゃなくても構わないんだ。カリファでもいいんだ。誰でもいいから、あの人の孤独をきつく抱きしめてやってくれないか。
パウリーは呼吸音だけでアイスバーグさんを識別できて、しかもそれが普通だと思ってるのです。そんなイメージです。