服従か死か。ではなく、服従と死を。






絶対的な優越だった。
裏切りの痛みが酷ければ酷いほど、信頼の深さを思い知るというものだ。彼の目はネズミを嬲る猫のように輝いていた。それはいっそ無邪気な残酷さだった。
標的であった男は目を見開いて驚愕をあらわにしている。それがまた深く彼を満足させた。信じられない、と語る目はいつ見ても美しい。かすかな望みを捨てきれずに苦しむ様子がありありと伝わってくるからだ。彼が張り巡らせたのは茨だった。逃れようともがけばもがくほど、棘は肉を傷つけて引き裂いていく。それと気づかせずに張り巡らせた茨の檻を持ち上げる瞬間が、彼はたまらなく好きだった。積み上げてきたもの全てをひっくり返す、その一瞬のために働いているといっても過言ではなかった。
だが標的はすぐに体勢を立て直してきた。少なくとも、そう見せかけることには成功していた。意思のこもった目は、標的自身の苦痛交じりの呼吸音すらかき消すほど気迫に満ちたものだった。彼は標的を踏みつけにした。もっともっと絶望して、悲痛に顔を歪ませてくれなくては、この5年間との清算が取れないというものだ。長い虚構の時間に見合うだけの苦痛を、標的は見せてくれるべきではないか。
彼は絶望させたかった。一片の曇りもない失意に、標的を落とし込みたかった。だが同時に、それがかなわない夢であることも知っていた。多少のものを奪ったところで、標的にはまだ、標的を慕うものたちがあり余っている。多くのものを、彼からすれば信じられないほど多くのものを持っている標的から、全てを奪うことなど彼には不可能だった。たとえ命を奪ったところで、その死体の上には悲嘆と哀惜の声が降り注ぐのだ。全てを失くすことなどこの標的にはありえないのだろう。
つまらない、と思った。急激に心が冷めていった。どれほど苦痛に陥れたところで、それが完璧でないならば、彼は満足できない。完璧でないならば、それは彼の勝利とはいえないのだから。
そう、勝利を望んでいた。今まで標的は一度も彼の期待に応えなかった。彼が望む言葉も、望む動揺も、望む弱さも標的は見せなかった。彼がどれほど甘い誘惑を差し出して見せても、標的は一度もそれを口にしようとはしなかった。それどころか手に取って眺めてくれることさえなかった。彼の期待は常に裏切られ、標的は一度も彼の思うままにはならなかった。今、このときまでは。

もし標的が甘い毒を選んでいたなら、彼は奴隷よりも優しい腕で標的を包み込んだだろう。不安も苦しみもない夢を標的に見せただろう。葉が垂れ下がり茎が折れるまで多量の蜜を与え続け、ついには根を腐らせても甘やかし続けただろう。そして楽園を見せたまま致死量の毒を盛っただろう。
だが、標的は最後まで彼の思い通りにはならなかった。標的は地を歩く足を捨てようとは決してしなかった。どれほど誘ってみても、前を見つめる眼を明け渡そうとはしなかった。あなたの代わりに歩き、あなたの代わりに世界を見ましょうと囁きかけても、標的は何一つ彼に差し出してはくれなかった。

だから、彼は勝たなくてはいけなかったのだ。
標的に勝利しなくては、彼の受けた屈辱は雪がれない。標的が彼に屈さなければ、彼は標的に屈したままだ。それは許しがたいことだった。
彼が並べ立てる推論に、標的の苦痛が膨らんでいくのがわかった。空気を介して伝わる感情の波が心地よく、彼は端からそれを貪った。苦痛、不安、恐怖、隠し切れない動揺!彼は密やかに喉を鳴らした。 そのうちに標的の名前も顔も忘れるだろうが、この味だけは忘れないだろうと思った。苦痛というものはいつ味わっても好ましいものだったが、今回のそれは、極上の味がした。待たされた甲斐があったかもしれないと、彼は胸の奥で笑った。喉を干上がらせていた飢えは消えて、濃厚な満足感が血液とともに彼の体をめぐった。それは至福の時だった。
ああ、と、彼は心の中でうめきにも似た吐息を吐き出した。


(この一瞬だけ、私はあなたを愛していました。この一瞬に、私はあなたを愛しつくしました。それではお別れです、アイスバーグさん)














 ルチアイ、です…!(逃走)
 「がっかりさせられた」というからには期待していたんだなと思ったのですが、あんなサドの国から来たような人が普通の期待をするとも思えず、いろいろ考えているうちにこんなことに。