「なんでテメェがそこで飯食ってんだ!!?」
 戦いすんで、日が暮れて。昼過ぎになってようやく起きだした葛西の目に飛び込んできたのは、本来まだ入院中のはずの鬼塚である。
「おはよ、飯食うか?」
「食う。ってそーじゃなくて!なんで鬼塚がうちで飯くってんだよ!?」
 葛西は思い切り人を指差して騒いだが、坂本の態度はあっさりしていた。
「いいじゃねえか。減るもんじゃねえし」
「へるわ!食費が減る!食料が減る!!」
「そんなたいしたもんは作っちゃいねえよ。いつも四人分作ってんだ。一人増えたってかわんねえだろ」
「変わるって!!おまえいつも食費がってうるさいじゃねえか!!」
 喉を嗄らして葛西は力説したが、坂本はあっさりと無視して鍋に向かった。
 こうなると葛西はしぶしぶ席につくしかない。台所を制すものが一家(?)を制すのだ。
「よォ。ずいぶん遅いお目覚めだな」
「何しに来やがった」
「飯食いに」
「食うな!ひとんちで食うな!一人寂しくコンビニ弁当でも食ってろ!」
 葛西の怒鳴り声に鬼塚はフッと小馬鹿にした笑みを浮かべていった。
「心の狭い奴」
「殺すぞてめー」
 空腹も手伝ってあっさりとキれそうになった葛西の前に、しかしいいタイミングでご飯が置かれた。空腹には誰も勝てないのだ。
 湯気がホカホカとたつ白いご飯と味噌汁を前に、坂本はなにげない口調でいった。
「しばらくコイツうちでメシ食うって」
「なんだとォ!?」
 葛西は思わず手にした茶碗を落っことしそうになった。
 その弾みで食器からこぼれた白米が肌に直にくっついて、顔をしかめる。ほんのり赤くなった部分を舐めながら、平然としている坂本に問いただした。
「ふざけんじゃねえぞ、なんでコイツにメシ食わせてやんなきゃならねーんだ!!」
「んー?食費はあとで貰うさ、仕方ねえだろ金がねえっつうんだから」
「金がねえ!?なに騙されてんだおまえは。ホストだぞ?巻き上げた金がたっぷりしまいこんであるに決まってんだろうが!」
 テーブルを叩きつけて怒鳴る葛西に、冷静な声がいった。
「ねえんだな、それが」
 どこか面白がっているような響きさえ感じられる鬼塚に、一息吐いて向き合う。
「貯金残高」
「通帳もカードもどっかいったし、俺、貯金てしょうにあわねえんだわ」
 軽い口調の鬼塚に頭を押さえた。頭痛がする。
 言っていることが嘘ではないとわかるからだ。確かにこの男は、金を溜めることができるタイプではないだろう。それは紙一重で浪費とはちがい、執着がないのだ。目に見えるものに触れるものに愉しみをもてない。
 わかる。この男は自分と嫌になるほど似ているから。
「店はどうした、給料前借りでもなんでも」
「首になった」
「・・・・・・・アホか」 
 腹の底から出た声は呻き声に近い。平然としている鬼塚と、こちらも平然としている坂本を交互に睨みつけて、茶碗を持ち直した。
 もうなにも言う気にならない。というか、親友が一度決めたことを容易く翻さないことはよーく承知している上に、いい年して髪を赤く染めている隣のバカがとことん我儘なタチであることも理解できてしまうので、いう気になれない。
 もくもくと食事をはじめた葛西の傍らで、鬼塚と坂本はいやに陽気な会話を交わしている。
「マジすげーな坂本、これもすげえうめえよ」
「フ、話がわかるな鬼塚!それは結構自信作なんだぜ!!」
「やっぱなー。こっちもメチャクチャ上手いし、おまえ料理人でも十分食っていけるぜ」
 なにげない口調で捧げられる褒め言葉に、坂本は嬉しそうに笑った。
「鬼塚はいい奴だなあ。好きなもんとかあるか?今度作ってやるよ」
 上機嫌で言われた言葉に、葛西の箸を持つ手がプルプルと震える。
(ホストの手口にはまってんじゃねえよ!!!)
 なにせ天下のサービス業だ。人の機嫌をとることなどお手の物だろう。
 お世辞に決まってんだろ目を覚ませといってやりたいが、いえない。そんな恐ろしいことを言った暁には、毎食大嫌いなものが出てくるに違いない。そしてそれを残した日にはその日から飯抜きだ。
「俺はあんまこってりしたのは好きじゃねえんだよなー。肉より野菜派だから野菜がいいな」
「野菜かあ・・・・・・・・うーん・・・」
「却下」
 少し困った顔の坂本の斜め前から、低い声で葛西が呟いた。
「ああ?作るのはおまえじゃねえだろ」
「俺が駄目だといったら駄目なんだよ。いいか鬼塚、覚えとけ、ここの家主は坂本じゃなくてこの俺だ」
「コイツ野菜が嫌いなんだよ、いい年して」
 坂本があっさりとばらした。葛西の凄みも何もあったもんではない。
「マジで!?ピーマン食えねえの!?」
「ピーマンもニンジンも大根も駄目、かろうじてキュウリとトマトは食えるんだけど」
「へえええええ!!!」
「てめ坂本!よけいなことベラベラしゃべんじゃねえ!!」
 しかし葛西の怒鳴り声など慣れっこの親友は、そ知らぬ振りで茶を入れている。そして鬼塚はいいことを聞いたといわんばかりに目を輝かせていた。
「ちっ、さっさと帰りやがれ!」
 その言葉を捨て台詞に、結局葛西は食後のお茶も飲まずに自室にこもってしまった。





「いいのか?」
「腹が減ったらでてくるさ」
 猫じゃねえんだからと、鬼塚は苦笑した。
「葛西は俺が嫌いだろ?」
 半ば独り言に近い問いかけに、坂本はゆるく目を細めた。
 食器を拭く手は休めずに、テーブルのほうに体を開いて、逆に尋ねた。
「どうしてそう思う?」
 目は面白がっていたが声は静かだった。
 どうして、と本気で聞いているのだろうか。この一つ年下の男は。
 気づかないはずがないと思うのは自惚れが過ぎたのか、いや。
「気づいて、いるだろ?」
「なにを?」
 坂本は答えない。穏やかな顔の男は、葛西よりずっとやりにくかった。
 ここで無駄に争うつもりもなく、渋々と自分からいった。
「俺と、葛西は似すぎてる」
 葛西の苛立ちなら、手にとるようにわかる。
 あの男は弱さを見る、醜さを見る、汚いところばかりが目につくのは自分と同じだからだ。
 同じだ。葛西の弱さが眼について、正直言ってたまらない。目の前から消えろといいたくなる。差があるとすれば、その苛立ちを表に出すか出さないか、それだけだ。
「鬼塚も案外鈍いな」
「どういう意味だ」
「ただ嫌いな奴を助けるほど、あいつがいい奴に見えるか?」
 病室でのことを言われているのだと、すぐにわかった。
 確かに意外だった。助けられたことよりむしろ、葛西の纏っている怒りが。
 顔も声もひどく冷静なくせに、激怒しているように見えた。
「お前だってそうだろ?葛西の顔を見るのもいやだと思ってるくせに、うちに飯を食いに来たじゃねえか」
「金がなかっただけだ」
 即座に言い返せば、坂本がにっこりと笑った。
「誤魔化すなよ」
 この男の笑顔は一番理解できない。
「単純に嫌いなだけなら、おまえも葛西も一歩も近づきゃしねえよ。そんなとこまでよく似てる」
「似すぎてんだよ。苛々する」
「そりゃお前らみてえなのが何人もいたらこの世の終わりだけどな。いいじゃねえか、ダチになっちまえば」
 本当に、心の底からこの男がわからない。
 暢気な顔で鍋を磨きながらいう台詞だろうかそれが。自分と葛西が殺しあうことはありえてもダチになることなど未来永劫ありえない。
 他人を食いつぶしながら生きる姿の醜さを、あの男はありありと見せつけるから。
 そんなものをみせるなと、いまさら後悔などしないと、選択に幾度やり直しが聞いても同じ道を選ぶと、そこまで心は決まっていながらありありと見せ付けられるその醜さに心が揺れる。
 許せない。そんな生き方をする葛西が許せない。まるで自分だから、酷似したそこから浮き出る汚れが同じ色をしているから。
 消してしまいたくなる。
「似てるけどな」
 沈んでいく思考を、柔らかな声が遮った。
「でも二人とも、自分で思っているよりはずっと、相手のことが好きなんじぇねえかと俺は思うんだけどな」
 その声の柔らかさに、唐突に理解した。
 坂本は、違う。この男を理解することはきっと一生できないだろうけれど、それでいい。
 だからこそこの男にだけは、嫌悪も憎しみも持たずにすむのだから。






「入るぜ」
「入るな」
 返ってきた言葉は無視して、部屋の中に座り込む。
「まだいたのかてめえは。メシ食ったなら出て行きやがれ」
「飯は食っていいわけだ」
 冷やかすようにいえば、葛西がなんともいえない顔でいった。
「台所は坂本のテリトリーだからな」
「なるほど。・・・変わってんな、アイツ」
 一度深く息を吐き出して、葛西は鬼塚に向き直った。
「否定が嫌いなんだ、アイツは。おまえとは違ってな」
「お互い様だろ」
 その言葉に、葛西は口の端で笑った。
 そう、これだ。この感覚。坂本に比べれば、葛西は何十倍も理解しやすい。考えるまでもない、今きっと、目の前の気に入らない存在をどうやって消そうかと考えている。
(本当に、お互い様だな・・・・・)
 そこにいるだけで、視界にわずかでも入ることだけで耐えがたい相手というのはいるものだ。普通はそれでもなんとかやりくりするところを、どうしようもなく我儘な自分達にはそれができない。
 坂本には理解できないだろう。これが好意の感情では絶対にありえない。叩き潰したいだけだ、この居るだけで感情を逆撫でする相手を。最大限の傷を与えて。痛みにのた打ち回って視界から消えればいい。
 そう思って、鬼塚はふと嫣然と笑った。
「もう一回やろうぜ?」
 誘いの言葉は具体的でなかったけれど、葛西にだけは通じる。
 葛西は一瞬だけドアへ目を向けて、それからデスクに向かった。
(そうだよなあ・・・・・・)
 知らず笑いがこみ上げる。そうだ、きっと。
 会わないことが最大のそして唯一の、セーフティだった。
 弾はすでに充填されている。その銃の、セーフティもとうとう外されてしまった。
 ならあとは、引き金を引くだけだ。
「遺言を先に聞いてやろうか?」
「死ぬのはお前だろ?葛西」
 重量のあるその塊。だが葛西の掌にあってはまるで玩具のようだった。
 入れる弾丸は一つ。そうして、どちらかが死んで終わる。
 目障りな相手を消すにはまどろっこしい方法だ。わかりながらも、それがふさわしいと思った。
 天運に任せて。どちらが死ぬにしろもう苛立つことはない。
 葛西は笑っていた。
 その銃を手にしたときも、弾を込めたときも、ゆっくりと手を上に持ち上げる瞬間まで笑っていた。
 ただその銃をこめかみに当てた時だけ、静かだった。ひどく、静かな顔だった。





 その瞬間、なにかが崩れる音がした。











 お前がいなくなれば俺は楽になれるだろうと、その瞬間まで信じていたのに。




















『でも二人とも、自分で思っているよりはずっと、相手のことが好きなんじぇねえかと俺は思うんだけどな』


























 最後の主張、この三人はノーマルです。ノーマルなんです!