きみとお日様
例えば、である。
冬の寒い日に、それこそ雪が降り出しそうな天気の日に、やんなきゃならないことは全て済ませたら、ぬくぬくとコタツに入ってみかんでも食いながら正月を過ごしたいと思うのは、当然のことのはずだ。
日本人なら誰でもコタツと蜜柑。自分の発想は間違っていない。
それがどうして。こんな目にあわなきゃならないのか。
「スピード落とせ葛西!!」
「黙ってろ舌かむぞ!!」
「殺す気か!」
「売られたケンカは借金してでも買えってなァ!」
「いわねえよ!!」
今いったい何キロ出ているのか、見るのも恐ろしいスピードでバイクが走り抜けていく。
坂本は死にたくなかったので、恥も外聞も捨てて必死に葛西にしがみついていた。
乗るんじゃなかった乗るんじゃなかったという言葉だけが、お経のように頭の中をめぐっている。
上記のとおり、坂本は正月は寝て過ごすつもりだったのだ。
それがいきなり押しかけてきた馬鹿が、バイクに乗せてやるなどと言い出し、こっちが必死で嫌がっているのも気にも止めずに人を引き摺って、寒空のなか走り出してしまった。
「死ぬなら一人で死にやがれ!」
「ハハッ、ここで事故ったら新聞に載るな!!」
「その前に死ぬっちゅーの!!アホか!」
「お正月から心中死体がとか、新聞の隅に載るんだぜ」
「何で心中なんだァ!!事故死に決まってんだろ!少年AとBで載るんだよ!」
「事故死ィ?心中だ、絶対心中だ!!」
「事故だっつーの!」
「心中!!」
「事故!!」
論点のずれた言い争いをのせて、とうに百キロを越えたバイクはガンガン走る。
先を争っていたバイクの影も、だんだんと遠くなる。そもそもの原因はそのバイクが、二人乗りでノーヘルというまさに死ぬために走っているような葛西と坂本のほうを挑発してきて、葛西が簡単にキレたのだ。
葛西はゾクに興味がなかったので、群れて走ったり毎日走るということはなかったが、案外あっさりと相手のバイクを引き剥がした。呆気ねえなあというのが坂本の感想だったが、小学生のころから廃品寸前の単車を転がしていたような恐ろしい男と、スピードを競うこと自体そもそも間違っている気がしないでもない。
もっとも、坂本が知っているのは葛西のバイクだけである。坂本本人は金が無いし興味もあんま無いのでバイクには乗らないし、坂本を後ろに乗せて走るというのはいろんな意味で度胸のいることだったので、結局坂本が乗ったことがあるのは葛西の暴走バイクだけになる。
平然と恐ろしいスピードを出す男が基準となってしまっている坂本は、すでにその価値観が偏ってしまっているので、暴走族を見ても『うるせえ上に遅い』という感想しかもてなくなってしまっている。
いや葛西も普段はそんなに飛ばすほうではなく、むしろ安全運転らしい。らしいというのは、坂本は安全運転の葛西の後ろになど乗ったことが無いからだ。坂本が後ろに乗ると葛西は必ず飛ばす。葛西いわく、『お前を後ろに乗せると飛ばしたくなる』そうだが、坂本にとってはいい迷惑だ。
金と黒の頭を乗っけたバイクはブンブン進む。
「だーかーら、心中ってのはな!温泉とかで手首と手首を赤い糸で結んだまま睡眠薬を飲んで死ぬやつをいうんだよ!!」
坂本の知識もたいがい偏っている。
「ああ!?つまりなんだ、手首を結びゃあいいんだな!?」
「違うわボケ!!」
「今そういったじゃねえか!」
「手首だけ繋いでどーする!温泉がなきゃ駄目なんだよ温泉!!」
「ほんとかよ!?」
いや、嘘だろう。
どう考えても坂本の知識は偏っていたが、葛西は真面目な顔で考え込んだ。スピードは出したまま。
そして、つまり温泉の代わりになるようなものがあればいいんだなと結論付けた彼は、一気に方向転換をした。
「あっぶねえな!!殺す気か!?」
「海行くぞ!!」
「なんで!?」
「温泉のかわりになんだろ!」
ってそもそもどこにいく気だったんだお前てゆーか海を温泉にしてどーするするのか心中俺は嫌だぞ、と坂本の頭の中に葛西への文句がつらつらと浮かんだが、結局言ったのは別のことだった。
「糸がねえじゃねえか!!」
赤い糸がなければ心中じゃないと主張する坂本は、いったい何のテレビを見て育ったのかが気になるところである。
しかしそんな坂本のロマンも、葛西には通じなかった。
運転中のバイクから片手を離し、いきなりポケットから葛西が取り出したのは。
縄だった。
「これで結んどけ!!」
「ざけんなあ!!縄じゃねえか!てかなんでこんなもん持ってんだ!?」
「え、アオカン用」
「死ね!!!おまえだけ死ね!!」
いっそバイクから飛び降りてやろうかと思ったが、そんなことをしても死ぬのは自分だけなのでやめておく。
正月二日目の午前五時という、非常に微妙な時間帯が幸いしてか車の通りは少なかった。それでもバイクに乗ったまま話すには大声を出さなければで、なんだか喉が痛くなってきた坂本は、これで風邪を引いたら絶対に慰謝料をぶん取ってやると心に誓った。
なんだかんだと言い争っているうちに、名前も知らない海岸に着いた。
なにか飲みものーと思っても、葛西に引きずり出された身の上では財布など持っていない。
「喉が渇いたんですけどー」
「飲めば?」
といって指差されたのは、広大に広がる海原だった。
今度こそ坂本は、遠慮容赦なく葛西を殴り倒した。
「死ぬか?ああ?死にたいんだなお前?」
「待て待てストップ!!顔がこええよ坂本!!買ってやるから!!なにがいんだよ!?」
「ポカリ。でっかいの」
人のお金だと10円20円気にならなくなるのが不思議だ。いつもの缶のやつではなく、ペットボトルのポカリを買ってもらった坂本はやや機嫌を直した。
「あーあ、俺はまだぬくぬく寝てるはずだったのに」
「年よりくせえこと言ってんなよ。広大な自然でも見ろ」
言われてちらと目線を上げても、空はどんよりと曇っていて朝日が見れそうな天気でもない。灰色の空と薄暗い海に囲まれても、ちっとも気持ちよくならなかった。
「寒い・・・・・」
お日様を祈ってみても、ちっともでてきてくれそうにない。ああ布団が恋しい。砂浜に座り込んだ坂本は早くも帰りたくなっていたが、隣の男は微動だにしなかった。
空気が、纏っている気配があからさまに変だった。
坂本は素直に行動した。
突っ立っているその腕を思い切り引っ張って、思わずよろめいた葛西の体をさらに引っぱる。とうとう膝をついた金髪の男の胸倉を掴んで顔を引き寄せた。
吐く息は真白く、その白さが触れ合うほどに、顔を寄せる。
「なにしやがる・・・・」
「葛西」
吐く息が白い。
視界に入るものは互いしかなく、そうしていると世界に今たった二人きりのような気がした。
「どうした?」
ゆっくりと、水のようにゆっくりと坂本の声が響く。
まっすぐに見つめてくる目から視線を逸らして、葛西は口をつぐむ。
黙り込んだ葛西に坂本は苦笑して、ほんの一瞬だけキスをした。驚いた顔をする葛西に、また苦笑していった。
「俺はここにいる。忘れすぎだおまえは」
葛西になら、なにをやったっていいのだ。これが友情なのか愛情なのかはわからない。ただそこにある事実。情も理性もひっくるめて坂本は葛西が大事だった。
葛西になら、なにをやってもいいのだ。何故と聞かれても答えられないだろう。これはもう本能に近い。
何でよりによってこいつなんだと思わないことはなかったけれど、それでも葛西だった。何人人がいても、何十人何百人いてもきっと変わりはしないんだろう。たとえ神様がいても、それこそ夢のドラえもんがいても、それでも坂本は葛西を選んでしまうのだ。
なんでかなんて本人にもわからない。
それでも坂本は葛西を選ぶ。何百回繰り返しても、ただ一人の男を選ぶ。
だから葛西は大丈夫なんだと思うのは、自惚れすぎだろうか。
「もし・・・・・」
掠れた声で葛西が言った。
「もし俺が、一緒に死んでくれっつったらどうする?」
逸らした目を戻して、葛西はまっすぐに坂本を見やる。わずかな嘘もごまかしも、決して見逃さないようにと、底冷えする目で親友を見る。
その目を逸らすことなく見返して、坂本はうーんと考え込んで、困ったように言った。
「俺はお前が死ぬのはいやだなあ」
いっそう鋭くなる視線もまるで意に介さず、坂本はのんびりといった。
「そんときは、俺の命をやるから、それでなんとかしろよ。お前が死ななくていいように。俺はお前より先に死ぬほうがいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・アホか」
「んだとテメェ!人が真面目に考えてやってんのに!!」
「真面目に考えてどーしてそんな結論になるんだお前は!?アホか、アホだろう!お前の命で生き延びるなんざ冗談じゃねえぞ!!そもそも質問の意味を取り間違えてんだよお前は!」
「どこが間違ってんだよ!」
「どういうシチュエーションを考えた!?」
「・・・・・・借金取りに終われてあとはもう内臓を売るしかなくなって自殺しそうなおまえ?」
「アホかーーーーー!!!」
間近で叫ばれて坂本は耳を押さえた。耳の奥がキィーンとなって恨めしそうな目をする坂本に、なんだか疲れたような葛西が掴みかかる勢いでいった。
「いいか、そうじゃなくてな、借金取りに追われてるわけでもヤクザに追われてるわけでも女に結婚を迫られているわけでもなくて考えろ!!」
「・・・・じ、実は女だったとか!?」
なぜかとっても楽しそうに坂本が目を輝かせて聞いたが、そんなことがあるわけもなく。
「もっと普通のシチュエーションで考えろよ・・・・」
「普通のシチュエーションで死にたがる葛西ってのもなァ。どんなんだそれ」
真顔で聞き返されると、言い出した葛西もなんだか思い浮かばなくなっていく。
「とりあえず、なんか人生に疲れ果ててだな・・・・・」
「ああ、ないない」
「なんでだ!?あるかもしれねえだろ!?」
「ねえよ。俺がいるんだから」
あっさりと言い放った坂本を、葛西が呆然と凝視する。
吐く息は白く。
明ける世界はなお暗く。
目に映る世界こそが全て。
倣岸なまでに言い放つ、黒髪の親友がこそが唯一今、葛西の目の前にあった。
「俺が全身全霊でお前に惚れてんのに、人生に疲れ果てられてたまるかよ」
強い口調でなんの迷いもなく言い切ったその顔を、葛西は呆然見つめた。
そして、小さく笑った。
「・・・・・・・・なんか、凄えことを言われた気がすんな」
「そうか?」
なにかいったっけ?といつも通りの顔で首を傾げる坂本に、葛西はゆっくりと俯くと、やがて肩を震わせて笑った。
「おい」
「・・・いやっ・・・・わ、わりっ・・・・・くっ・・・・あのな、あのな坂本っ」
半眼で見つめる坂本に、葛西は必死で笑いを堪えながら、その肩をバシバシを叩いた。
「お前には負けたっ!アーハッハッ!!負けたぜ坂本っ!!すげえよおまえは!!最高だ、ハハッ!!」
笑い転げる葛西を、得体の知れないもののように坂本は見ていたが、だんだんとむかついてきたので一発殴ってみた。
しかし葛西の笑いの発作は止まらない。大丈夫かこいつと坂本が本格的に心配になってきたころようやく、葛西が涙目になりながらいった。
「知らなかったな、俺って意外と無敵だったんだなあ」
「いまさらかよ」
「ワリィワリィ。今気づいたから許してください」
「ってどこ触ってんだおまえは!!」
「まあまあ、固いこといわずに。いいじゃねえか正月なんだし」
「どこのオヤジだてめェ!!正月からアホなことすんじゃねえよ!!」
「正月、海、誰もいない二人きり、これでやんねえほうがアホだろうが!何のために縄があると思ってんだ!!」
「知るかァ!!」
押し倒されると逆転は難しい。一瞬、このままヤられるんじゃ!!と青くなった坂本だったが、海から急な突風が吹いてきた瞬間に葛西の腹に容赦ない蹴りをくれて、無事脱出した。
「日頃の行いがものをいったな」
晴れ晴れとした顔の坂本と、腹を抱えてうずくまる葛西。
この光景だけを見て葛西が正道館のアタマだと思う人はきっといないだろう。
「ほら、とっとと帰ろうぜ。寒いんだよ」
「・・・・・・・・・腹がいてェ」
「なんだ、くだしたんか?」
「ちげえ!!このバカ、手加減てものをしらねえのか!!」
「ああ?自業自得だろうが。バーカバーカ」
坂本も少し大人げがない。
「馬鹿って言うやつがバカなんだぞ!!」
「お前が先に言ったんだろうが!!」
「年賀状もくれなかったくせに!!」
うずくまったまま海のほうを見て叫んだ葛西に、今度は坂本が呆気に取られた。
「おまえ・・・・・まだそれ根に持ってたの?」
「まだとはなんだまだとは!!1年の計は元旦にありって言うんだぞ!!」
「そりゃいうけどさ・・・」
年賀状一枚をそこまで根に持つのもどうかと思う。まがりなりにも悪名高き正道館高校のトップが。
「坂本はくれなかったけどな!」
「だから、忘れてたんだっつったろ。金もなかったし。年賀状なんざわざわざ買いにいくのはめんどいんだぞ」
「ああそうかよ、結局おまえはその程度だよな!!俺のことなんざコタツの蜜柑より劣るもんな!!」
「そこまで言ってねえだろ!」
「いった。今いいました!!」
むーと睨みあう二人。はたからみると馬鹿馬鹿しい痴話ゲンカだったが、本人達は真剣だった。
「だいたい、大晦日も元旦もお前のうちにいただろうが!!年越しまで一緒にいてなんで年賀状なんざわざわざ書く必要があるんだよ!?」
「俺は書いた!!」
「それはお前が暇だったからだ!!」
「お前だってぐうたら寝てただけだろうが!!」
「寝るのが俺の生きがいなんだよ!!」
「アホか!!どこの仙人だ!」
息を切らせて怒鳴りあうほどのことではないが、本人達は真剣だった。
ものすごく真剣だった。
これが結婚した夫婦なら、実家に帰らせていただきます!と叫ぶほどに真剣だった。
まさに一触即発、鮮血の殴り合いまであと一歩というところで、お日様が昇った。
雲に隠れてはいたが、隙間から差す激しい光は確かに日の出だった。
「おお・・・・・」
「・・・・・・すげえな」
綺麗だった。
普段「景色なんざ食えない」とロマンの欠片もないことをいう坂本も、少し感動した。
光が差してようやく、世界が起きはじめた。そんな景色だった。
なんだか毒気を抜かれてしまった二人は、なんとなくお互いを見やって苦笑した。
「帰るか」
「おう」
砂を払って、バイクにまたがる。
なんだかんだいっても、坂本は葛西のバイクに乗るのは好きだった。というか、ほかの人の後ろには乗る気がしなかった。ほかの人間のバイクはなぜか事故りそうに思えて怖いのである。危険度でいったら葛西のほうがよっぽど高いのだが、それでも、事故らない人間というのはいるものだと坂本は思っている。葛西は多分、そういう人間なのだ。事故らない、だから乗る。坂本の考えはけっこうシンプルなのだ。
「あーやべえ」
「どした?まさか、道がわかんねえとか!?」
俺も覚えてねえ!!とあせる坂本に、違う違うと葛西はゆっくりと首を振った。
「ヤりたくなってきた」
「・・・はっ?」
「家までもたなかったら、悪ィな?」
悪いとは欠片も思っていない顔で、悠然と葛西が笑った。
「冗談、だろ・・・・?」
「まーラブホくれえあるんじゃねえ?」
「俺は降りるー!!降ろせえ!!!」
走り出したバイクの上で暴れるのはとても危険です。やめましょう。
「降りるったらおりるー!!」
走り出した暴走バイクが、とまる、わけもなく。
葛西のバイクはぶんぶん進む。
甘いのが書きたかったんです。角砂糖より、黒糖より、蜂蜜より甘く。
ああ、ちょっと満足。でも本当は、もっと薄暗い話になる予定だったんです。
それが、坂本がやたら強くって。キャラが勝手に動くというのは良くあることなんですが、私は暗いほうへ進みたいのよ!といっても坂本がどんどん進み、しまいには坂本に惚気られているよ私!ってマジで思いました・・・うあああ、坂本ってこんなに強かったんだ・・・・てかこの話の葛西は本当に攻めなのだろうか。いや攻めです。攻め。どんなによわよわに見えても葛西が攻めなんですって!!(笑)
あと二人がノーヘルなのはバイクの上で話をさせたかったからです。メット被ったまま話ができるかどうかわかんなかったもので。ノーヘルはとても危険です。葛西はいつもは被ってるタイプじゃないかなあ?