カチャリカチャリと、皿の擦れる音がする。
 葛西はテーブルの上に半ば突っ伏して、けれど眠る事はなくその音を聞いていた。
 男四人の共同生活、逃亡生活ともいうが、それには当然役割分担があった。生きていくには金が必要だ。そして生活能力──つまり炊事洗濯掃除等の諸々の家事を行う能力が必要だった。
 最初は四人とも金を稼ぎ家事も共同にしようという話で決まった。しかしそれがいかに非効率かつ無理難題だったかは、初めの一日でわかった。働いた後は誰も料理なんかしたくない。
 仕方ないので持ち回り制にしようということになった。しかしそれも、西島が料理当番となった日に改善を余儀なくされた。西島って武士っぽいよな、と坂本が笑っていったことがあったが、本当に武士だった。つまり料理をした事がない。包丁を握ったこともない。そんな男の初手料理が夕飯となった日には、光人のハンターを待つまでもなく全滅しかけた。

 そして試行錯誤の結果、料理当番となったのは、予想通り葛西の親友であった。



 昼食の片づけをする背中を眺めながら、葛西はあくびをかみ殺す。
 この街での金稼ぎの当番は主に西島とリンであったから、葛西は久しぶりの休みを味わっていた。
「なあ」
「ん?」
「腹減った」
「さっき食っただろ!?」
 葛西はふらりと立ち上がり、厚みのない背中に寄りかかった。
「あれとは違う食欲が…」
「寝言は寝ていえ。てか寝ろ。特別に昼寝してても起こさないでやるからその辺で寝てろ」
 葛西は答えず坂本の首筋に頭をうずめた。
 体質的に太らない坂本は筋肉がついてもなお細い。鎖骨が額にあたり、ごつりとした感触がある。もしかしたら骨太なのかもしれない。カルシウムはたくさんとっていそうだし。
 だけど骨だけ太くてもどうだろう。もっと全体的に肉をつけたほうがいい。でも筋肉隆々の坂本なんて想像つかない。
「葛西?」
 結局、出たものは、零れるような嘲笑だった。



 温かいものが怖いのです。離れていく事が怖いのです。厭われる事が怖いのです。離せないことが怖いのです。巻き込む事が怖いのです。
 怖いと思う事が怖いのです。

 いつかこの恐怖に耐え切れなくなったら。
 恐怖の元をなくしたほうが、いっそ楽だと思ってしまわないだろうか?




 くっついたままの葛西を引きずりながら、坂本は台所からテレビのある居間へ移動した。月単位で借りているこの部屋は、今までに住んだ中でも上等の部類に入るだろう。特に坂本は、居間と外を区切る大きな窓が気にいっていた。だから葛西はこの部屋に決めた。
 危険ではないかと、西島が目だけで問いてきたのは無視した。
 何かで償いをしたかったのかもしれないと思う。鬼塚達との再会は、いつかありえる事でありながら予定外のことだった。ハンターも闇人も大勢いるのだからとたかをくくっていた。そして現実を突きつけられれば、坂本にまた一つ傷を増やし終わった。
 償いなどといったら坂本は怒るだろう。怒って欲しいけれど怒って欲しくない。
 自分はいつも矛盾している。
 窓の外には建設途中で放り出されたビルの残骸と、青く澄んだ空が対照を成して広がっていた。
「花見でも行くか?」
「…は?」
「花見。そろそろ桜も咲いてるんじゃねえ?酒と饅頭でも持っていくか?」
 唐突な提案に頭はろくに働かず、反射的な言葉だけが出た。
「饅頭かよ」
「じゃあスルメ」
 甘いものがあまり得意でない葛西に、坂本が次のおつまみを提案する。坂本の顔が青空に綻んでいるのをちらりと確認して、葛西は相変わらず坂本に張り付いたままわずかに頷く事で同意を示した。

 用意をするといって離れていってしまった体温が、葛西には少し苦しい。自分がやけに弱っている事を感じた。疲れが出たのかもしれない。
 鬼塚達と会ってから、もう三ヶ月以上立っていることにさえ、今朝まで気づかずにいた。どうかしている。
 今さら坂本が離れていくはずがないのに。
 怪我は治る。痛みは捨てられる。どうしようもないのは、どうにも手に負えないのはここだ。
「葛西」
 振り向けば、五枚入り百円のスルメを手にした坂本が、呆れ顔でスルメを棚の中に戻していた。
「どうした?」
「どーしたじゃねえだろ、バカ」
 坂本が近づいてくる。いっそ逃げてしまえばいいと思った。いっそ彼が逃げてくれたら。
 くつくつと嫌な笑いがせり上がる。
 追わずにはいられないくせに、逃げてくれたらとはよくいう。
「葛西」
「なんだよ?」
「おまえが馬鹿やったら、俺がきっちり殴ってやるから」
 だから、と坂本はいった。
「信じろよ」




 たぶん、聞き間違いではなくて。
 それは、安心しろよと、葛西には聞こえた。
 聞き間違いではなくて。
 坂本はたぶん、そういいたかったのだ。




 胸の奥がひどく苦く、それでいて吐き出した息は甘かった。

















 弱っている葛西とアニマル(坂本)セラピー、だったらいいな(笑)

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