お兄ちゃん。
ある日、坂本が切羽詰った顔でいった。
「実は、俺、今まで黙ってたけど」
(なんだなんだなんだ、ほかに好きなやつができたとかいう話じゃねえだろうな!?ゆるさねえぞそんなん、んなことになったら)
「兄貴がいるんだ」
「お前を殺して俺も死ぬ!」
「・・・・・は?」
「兄貴?」
そんなこんなで日曜日。葛西の頭の中には三百六十五歩のマーチと結婚行進曲が交互に流れていた(何故・・・・)
(息子さんを僕にください!・・いや弟さんか、いきなりじゃまずいか、いやいや最初が肝心だ・・・・)
それよりまず日本国憲法を思い出せ。
(一度やってみたかったんだよなあ・・・・)
葛西は密かにウットリしている。先日初めて知った坂本のお兄さんに、今日初めて会うのだ。付き合い始めてはや三年、やっぱりご家族に挨拶は欠かしてはならない!と一人熱く考えていた。それよりも常識を思い出したほうがいい。息子が彼氏を連れてきて喜ぶ親はそういない。
がしかし、幸いにというか、坂本は昔から両親と絶縁状態だった。葛西がどんなに家族へのご挨拶を夢見ようと、相手が(幸運にも)いなかった。
今までは。
『お兄さんにご挨拶をする!』といきり立つ葛西に坂本は非常に嫌がったが、葛西の決意は無駄に固かった。
「なあ、やっぱりやめねえか・・・・?」
「なにいってんだ!ここまで来て引き下がれるか!」
タイマンか何かと勘違いしてるんじゃねえか、おまえという心のツッコミを賢明にも坂本は呟かなかった。
「安心しろって!お前のお兄さんに一言挨拶するだけだからよ」
目をらんらんと輝かせて言うセリフではない。
坂本は心底ため息をついた。なんで今まで黙っていたかを少しは考えやがれ、あわせたくねえからに決まってんだろうがボケ、などと内心思っていても口には出さない。
別に、葛西が男だからとか頭が金色だからとか目つきも態度も悪いからだとかスーツを着るとヤクザにしか見えないからだとか、そういう一般的な理由ではない。
そうではなくて、もっと単純で、それでいてエベレストより高いワケがあるのだ。
「なあ、やっぱり・・・・・」
やめねえかという前に、ベルが鳴った。
ぴんぽーん。
「ま、待て葛西!俺が出るから!!止まれストップー!!」
「初めまして!!」
尋常でないすばやさでにこやかにドアを開けた葛西は、だがすぐに顔をしかめた。
「・・・鬼塚ァ?部屋間違えてんぞ、ボケ」
「・・・テメェこそなんでここにいる」
「・・・だーかーらーやめようっつったのに・・・・・・」
がっくりと呟いた坂本は心底泣きそうだった。
「どういうことだ、博之」
「なに呼び捨てにしてんだテメェ」
「・・・・・・あのな、葛西。この人がお前が会いたがってたお兄さんだよ。兄貴、で、コイツが兄貴の会いたがってた相手・・・・・」
「鬼塚じゃねえか!」
「葛西じゃねえか!」
「だから会わせたくなかったんだ・・・・・・」
坂本の心底疲れきった声は、勃発した殴りあいの音に消された。
初めて会った恋人のお兄さんは、その昔自分がアバラ七本折った相手でした、キャービックリィー。
なんていっている場合ではない。
「・・・・・お兄さん!」
意を決して呼んだ瞬間にコップの水を頭からかけられた。
挨拶どころか明確な殺意が生まれた。
「テメェみてえなクズにんな呼ばれ方される理由はねえな」
「兄貴!」
やはり殺るべきか。
しかしクズ加減は鬼塚もどっこいどっこいだ。坂本だって頭一個分程度の差だろう。
「博之、俺はな、お前にあれこれいえるような真っ当な生き方はしてねえし、んな資格もねえ。お前が男と付き合おうが誰と付き合おうがかまわねえと思ってる。けどな、コレだけはやめとけ」
「兄貴、あのな」
「いいから、お兄ちゃんの言うとおりにしなさい!あんな野良犬のことは今日で忘れるんだ!いいな!!」
お兄ちゃんてガラかアンタが、と言ってしまえれば人生どんなに楽だろう。
坂本はなんだか旅に出たくなった。
しかし鬼塚は鬼気迫る顔で自分を見てくる。ここで頷かなければ一生呪われるかもしれない。意外と手先に器用な兄の一番の得意は、手作りのワラ人形だということは二人だけの秘密だ。
しかしここで頷けば、葛西に一生のネタとしていびられることは確実だ。
ああ神様、俺がなにをしたっていうんですか・・・
坂本があっちの世界に逃避しかけたとき、葛西がいきなり爆弾を落とした。
「・・・・・弟さんを僕に下さい!」
「死ね」
鬼塚の返答はシンプルだった。坂本もちょっと葛西とのつきあいを後悔した。
しかしなぜか葛西の目はいきいきと輝いている。
「おい、葛西・・・・・?」
うかつに葛西に近づいてしまった坂本は、葛西の呟きを聞いてしまった。
「略奪愛か・・・・いい!いい!反対されていっそう燃え上がる禁断の愛!駆け落ちってのもありだよな・・・・・!!」
・・・・・・・いっそこの二人と縁を断ち切って新しくやり直せねえかなあ、人生・・・・・・
窓から見える、空の青さが目に染みた。
次回予告。
いきなり隣の部屋に引っ越してきた鬼塚!駆け落ちの荷造りをはじめる葛西!いっそ身売りでもしようかとオー人事に電話をかけそうになる坂本を止めることは出来るのか!?
こうご期待!
嘘ですごめんなさい続きません。これは一年くらい前に日記で書いたコネタなのですが、原稿続きでどう考えてもオンリー終わるまで更新できないし終わっても春コミ原稿が待ってるシー!、ということで使い回しです。
たぶん読んだ事のある方のほうが多いと思うのですが〜自分的にも好きなネタだったのでのっけてみました。