真実など誰が知ろう。
「馬鹿が」
吐き捨てるように坂本にそういったのは、親友ではなくサングラスの男だった。
「…かもな」
「かもじゃねえ。大馬鹿だ」
「なら死んでもなおらねえな」
「坂本」
咎める目で、男は坂本を見る。
傷だらけの友人を。体も心も、限界だと悲鳴をあげているのに、他人にすらわかるほど血を流しているのに。
それでもそこに立ちつづける人を。
「これでもう何度目だ」
「さあ?」
「学習能力のねえ男だな」
「いうなって」
切れた唇を男は撫でる。坂本がひどく困った顔をしたのに、口の端をあげて笑う。唇の傷も、腫れた頬も、痣だらけの体も、全てはただ一人のせいで、ためで。
「いい加減、諦めたらどうだ」
「それが出来たら苦労しねえよ」
坂本は苦笑する。痛みに満ちた体でなお笑う。
その笑みはいっそ残酷だと思いながら、男はいう。
「いっそ、逃げるか?」
「はあ?」
「手と手を取って駆け落ちでもするか」
「……だれが?」
「俺とお前が」
「正気に戻れ」
呆れたように、坂本は指を振り払う。
「そんなに、葛西さんをとめたいのか」
「──── ああ」
前田にすら勝ち、誰にもとめられなくなった葛西はそれでも敵を探す。
そのたびに坂本は前を塞ぐ。そのたびに病院送りにされて、ああこれでもう何度目だろうかと男は思った。
正道館のアタマの親友の座を捨てて、それで坂本が得たものはなんだ。
傷と傷と傷と、消えない傷と癒えない傷と。
「もうやめろ。葛西さんは、もう、好きにさせればいいじゃねえか。難しく考えすぎなんだよお前は」
「…俺だってわかんねえよ」
ふと、坂本がいう。
「どうすりゃあいいのか、なにが正しいのか、どの選択が一番よかったのか、わかんねえことばっかだ」
「ならもうやめろ!やめちまえ…っ!葛西さんに歯向かって、お前にいったいなにが残る!」
消えない傷、癒えない傷。傷と傷と傷の中でなお穏やかに笑う友人。
そんなものが見たいんじゃない。
「けど、俺が葛西を大事だっつう感情は、曲げねえですむだろ?」
「……本物のバカだな」
「悪ぃ。けどもう、これしかねえんだ」
「…せめて、怪我人の間は大人しくしてろ」
「えーとー……」
「しなかったら殺す」
「努力します……」
見限れといっても、聞かないことはわかっている。せめてもの嫌味に、深々と溜め息をついた。
それでも。
どれほど坂本が葛西を大事だといおうと、とめたいのだといおうと、このままでいいはずがない。これ以上、この友人を傷だらけにさせておくつもりは、西島にはさらさらなかった。
この不毛な関係を終わらせる唯一の方法。
葛西に切らせればいい。
煽れば必ずのってくるだろう。真実も見抜けずに。そうして葛西が坂本を切れば。
迷惑だといわれてなおそばにいられる人間はそういない。
「西島?どーした?」
「別に?」
終わらせる。
あとから気づいたところで遅い。プライドと引換えに絶対の信頼を失う、それが代償だ。
「じゃあな、大人しくしてろよ。抜け出してくるんじゃねーぞ」
「信用ねえなあ…」
「当たり前だ。いっそベッドに縛り付けてやりたいくれえだぜ」
「病院は好きじゃねえんだよ」
「ガキ」
うううと唸る坂本に苦笑して、椅子から立ち上がる。
「ありがとな」
背にかけられた言葉に、首を振るしかできなかった。
今からやろうとしていることは、ひどく残酷なことだ。わかっている。
一時の傷ですむ保証などない。
それでも。わかっていても。このままにはして置けない。
同じことを、葛西の前に立つ前の坂本が言ったなと思い出して苦笑する。
正しさなど誰が知ろう。
真実など誰が知ろう。
それでも心は決まる。真実も正しさもいらない。これでも葛西がプライドを守ろうとするなら、彼はもう二度と得られないものを失うだけだ。
そして坂本は。
わかっている。
こんなことを喜ぶような男でないことはよくわかっている。
それでも、前の傷も治らないうちにまた新しい傷を増やして、病院のベッドで死んだように眠る姿を見るよりはマシだ。